第4話 彼女がバグっているのか、もしくは俺の方が?

 これは――


 今から開けられる扉の先に対し、高田紳人たかだ/しんとは心を震わせながらも息を飲んでいた。


 まさか、こんな店に入ることになるなんて――




「でも……意外と普通なのか……?」


 紳人は店屋の中に足を踏み込んでいた。


 入店してわかったのだが、意外な事に卑猥な商品は置かれてなかった。


 想定していたよりも普通と言った方が正しいだろうか。


「ね、大丈夫そうでしょ?」


 目の前に佇む藍沢花那あいざわ/かなんから言われた。


「そ、そうだな」


 紳人は胸を撫で下ろし、そこで一呼吸付いていた。


 店内では、今流行りのBGMがかけられており、怪しい雰囲気は殆ど感じさせないほどだ。


 外観と比べ、似て付かない現状に驚きながら、紳人は辺りを見渡す。


 入口近くには、週刊系の漫画雑誌や料理本のようなものが置かれてあった。


「いらっしゃいませー」


 店内の奥からは、男性店員らしき声が聞こえてきた。


「高田君はまだ、ここの中をちゃんと知らないでしょ」

「そ、そうだな。今日が初めてだからな」

「こっちに来て。私が案内してあげる」


 そう言われ、花那から腕を再び掴まれた後、奥へと進んでいく事になったのだ。




 二人は店内を歩くことになる。


 今のところ、卑猥な本は見当たらなかった。


 一般的な書店同様に、一般的な漫画や小説などが棚に置かれてあったのだ。


 なんだ、やっぱり、そういう店じゃないんだな。


 最初は彼女の反応を伺う限り、如何わしい店屋だと思っていたが、実はそんな事はないのだと、紳人はホッと胸を撫で下ろしていたのだ。


 エロい感じの本もあればよかったと、心の奥底では感じていたものの、それに関して口から出す事はしなかった。




「ねえ、ちょっといい?」


 彼女が足を止めた事で、紳人もとある本棚の前で立ち止まる。


「ん?」

「これを見て」


 そこで花那から一冊の雑誌を見せつけられたのだ。


「ん⁉」


 こ、これって⁉


 紳人はその雑誌を渡され、まじまじと表紙を見て驚き、一瞬、心臓が止まりかけていた。


「どうかなって。高田君って、そういうの好きでしょ?」

「え……いや、そうでもないけど。というか、やっぱり、そういう本も置いてあるのかよ」


 紳人はその雑誌から視線を逸らし、彼女に押し返すことにした。


「そうだよ。店屋の奥の方にしかないんだけどね。入口の方はカモフラージュ的な感じ」


 花那が見せてきた本というのが、世間でいうアダルト系の漫画の月刊誌だった。

 雑誌の表紙には、エッチな格好をした女の子が描かれている。

 女の子として大事なモノもすべて丁寧に表現されてあったのだ。


「見ないの?」

「い、いいよ」


 そもそも、女の子がいる前で、そんな卑猥なモノを見たくはない。

 嫌いではないけど、そういうのは一人で見たい派なのだ。


 一人で見たい派というか、皆そんなものだろう。


 それにしても、女の子としての羞恥心はないのか?


 もしや、俺の感覚がバグっているとか?


「そうだ、あっちに行こうよ」


 彼女はその卑猥な雑誌を元に戻すと、紳人を引き連れ、また別の本棚があるエリアへと向かおうとする。




「私、これを君と共有したいの」


 別の本棚前で立ち止まる。花那は棚から一冊の本を手にし、紳人の胸に押し当ててきたのは、普段から彼女が読んでいるであろう官能小説だった。


「その本、買ってみなよ」

「俺が?」

「うん」

「いいよ。活字慣れしてないし」

「だったら、なおさら読んでみなって」

「え……」


 紳人は拒否的な反応を示すものの、彼女から後押しされることになった。


「私の官能小説を見たんだから。あなたも官能小説を読みなさいよ。責任をとる一環として、私からの命令ね」

「そういう命令ってありかよ」


 購入を断ろうと必死になっていたが、その本の表紙に記された名前を見て、ハッとした。


 紳人はその官能小説の表紙をまじまじと食いつくように見る。


「購入する気になった?」

「……こ、これって、この作品の挿絵を担当している作家ってさ、俺が普段から読んでいる漫画家じゃんか!」

「そうなの? 偶然だね」


 尊敬している漫画家が、まさかの官能小説の挿絵を担当していたとは衝撃的だった。


「買うでしょ?」

「……あ、ああ、買う。この人が挿絵をしているなら見るよ」

「よかった。君が読んでくれるなら、これから一緒に官能小説の話題で話せるね」

「……え?」


 紳人は硬直し、冷静に考えた後――


「そういうのは求めていないから」

「なんで?」


 花那は疑問気な表情を見せ、誘惑するかのように右腕へと抱きついてくる。

 そして、彼女は買ってほしい的な視線を紳人に向けてきているのだ。


 花那の意味深な笑みを見て、彼女の狙いを実感するのだった。


 昨日も思っていたのだが、彼女のおっぱいは柔らかいと思う。

 それはそうと、紳人は官能小説を手にしたまま、彼女から強引に離れることにした。


 彼女のおっぱいばかりを堪能していたら、感覚がどうにかなってしまいそうだからだ。


「い、今から買ってくるから」

「そう来なくちゃね」


 彼女から背を押され、紳人は店内を移動する。


 レジカウンターで購入が終わると、その怪しい外観の店屋を後にし、裏路地からも出るのだった。






「今日はここまでね。高田君と少しでも過ごせて楽しかったし。その官能小説の感想を後で聞くから」

「本気でやるつもりか?」

「うん」


 花那は頷いていた。


「それと、街中で官能小説って言葉は言わないでくれ。変な目で見られるだろ」

「でも、私の官能小説を見たんだから、羞恥心は一緒に共有しないとね」

「は? 意味が分からないというか。そういうのは共有したくないんだけど」


 紳人は彼女の変態さが露呈し始めてきて、げんなりしていた。


 二人は街中のアーケード街の出入り口のところで別れる事になったのだ。






 とんでもない日々を過ごす中で、自身の感覚もバグってきていると思う。


 でも、これからはもっと過激になっていくと考えると、色々な意味合いで心苦しくなってくる。


 モヤモヤと考え込みながらも、紳人は自宅に到着するのだった。

 玄関扉を開け、ドッと疲れた状態で家の中に入る。


「おかえり!」


 玄関先で靴を脱いでいると、階段をかけおりてくる足音と可愛らしい感じの女の子の声が響く。


「お、おう、ただいま」

「お兄ちゃんって、この頃、遅く帰ってくるよね。何かあったの?」


 目の前に現れたのは中学生の妹――高田たかだりんだった。


 外に出る時は髪を結んだりしているのだが、家にいる今は肩までかかる髪をそのままにしている状態だった。


「い、いや、なんでもないよ」


 紳人は全力で苦笑いを浮かべ、返答していた。


「そうだ! それはそうと今から私の部屋に来てよ!」

「なんで?」


 紳人は今から自室のベッドで思いっきり横になり、全力で休憩したかった。


「いいから、お兄ちゃんには見せたいものがあるの!」

「見せたいものって?」

「それは来てからのお楽しみ!」


 中学二年生の妹は、夕暮れ時なのに元気よく話しかけてきて、紳人の腕を引っ張る。


 こうなったら、妹に手を付けられない。


 少しだけならいいかと思いながら、紳人は妹の誘いに乗ることにしたのだった。

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