第2話 あんたの事は許さないんだからね!
昨日はとんでもないことの連続だった。
あの一件以降、幼馴染の
後で彼女に話しかけておこうと思う。
勘違いされたままではよくないからだ。
早いとこ、
昨日の出来事を振り返りながらも昼休み中。
これから、どうすればいいんだろ……。
紳人は右手に袋に入ったパンを持ち、左手で頭を抱え込んでいた。
告白しようにも、告白できる勇気がないのだ。
こんなだから、結果として恋人ができないのだろう。
そう思うと絶望感に襲われ、食事が喉を通らなくなっていた。
「ねえ、こんなところで何をしてるのかしら?」
「ん?」
食事をとっていると、紳人は何者かに声をかけられた。
手を止め、ベンチに座ったまま振り返ると、そこには一人の女の子が佇んでいたのだ。
その子は、ショートヘアな黒髪がよく似合う生徒会役員の副会長――
彼女は紳人の前までやってくる。
「時間があるなら、少し会話しない?」
「会話? 俺とですか?」
「そうよ」
来乃実は三年の上級生であり、生徒会役員らしくも、制服をちゃんと着こなし、なおかつ美少女然としていた。
それに、間近で見ると、彼女の胸はデカい。
付き合うなら、この人がいいかもしれないと、一瞬不埒な思いを馳せていた。
「それで、これから時間って大丈夫?」
彼女はベンチに座ったままの紳人に気さくに話しかけてくる。
「は、はい……」
「じゃあ、問題ないようね。ここで話すのもなんだし、別のところに行こっか」
「どこにですかね?」
「それは、生徒会室よ。今の時間は誰もいないの」
来乃実は自然体な笑みを浮かべ、手を差し伸べてくれた。
彼女から手を引っ張られ、ベンチから立ち上がる。
それから共に校舎の中へと向かって行き、階段を上って三階の生徒会室へと移動する事となったのだ。
誰もいない生徒会室に入り、そこで来乃実と二人っきりになる。
二人は隣同士でソファに座ることになった。
生徒会室に入るのは、入学してから初めてだと思う。
多少の緊張を感じている際、紳人は彼女から話しかけられる。
「早速本題だけど、生徒会役員になってくれないかな?」
「生徒会役員にですか?」
「ええ。興味はある?」
「興味……えっと、どうして俺にそんな提案を?」
もしやと思う。
これは好意を抱かれているから、誘われているのかもしれないと、勝手に解釈し始めていた。
「興味があるなら、私、なんでもしてあげるんだけどね」
来乃実は思わせぶりな口調で、紳人の右隣で話しかけてくる。
そんな彼女の態度に一瞬ドキッとしてしまうのだった。
「な、内容にもよりますけど。具体的に俺は何をすればいいんですかね?」
「簡単なことよ。私と一緒に行動するだけの仕事」
そう言って、彼女は紳人の近くに寄り添ってくる。
年上な彼女の良い香水の匂いを感じられ、なおさら緊張感が高まりつつあった。
「それに、どんな意味が?」
「私、三年だから、後数か月で辞めることになるんだけどね。その後継者作り的な」
思っていたのと違うが、結果として彼女と一緒に居られる時間が増える事には変わりはない。
誘ってくれるという事は――
彼女の方から好意を抱いてくれるのは、都合がいいと思った。
「その……俺に興味があるってことですかね?」
紳人は冗談半分で、浮かれた感情のまま、隣を見ることなく小声で口にした。
「そうね」
え?
これはまさかの――
「私ね。昔から高田君の――」
本当にそうなのか⁉
紳人は目を見開いて、隣にいる彼女の方を見やった。
「高田君の両親の事は知っていて、それで君とは仲良くなりたいなって。君の家柄的にお金持ちなんだよね?」
「え、は、はい……」
「君と仲良くなった暁には将来安泰でしょ? 私が君に生徒会役員としての仕事を教える。それで君は私と付き合う。お互いにウインウインな関係でしょ?」
紳人は絶句した。
彼女は紳人の事が好きとかではなく、ただの玉の輿に乗りたいだけだという事に。
「そ、そういう事なんですね」
「そうそう。それで、あなたとは良い関係になりたいし、生徒会役員としても協力してほしいの。役員としてだけじゃなくて、プライベートも一緒に過ごしたいなって」
そんな彼女は、紳人と向き合う姿勢になると、両手で右手を包み込むように触ってくる。
来乃実の目は輝いていた。
紳人は苦笑いを浮かべることしかできなかった。
まさかの恋愛対象じゃなくて、ただの都合のいい関係になりたかっただけらしい。
「ちょっと話したいことがあってここに来たんだけど!」
刹那――、二人だけの空間が崩れる。
その時、生徒会室の扉を開け、堂々とした立ち振る舞いで入ってきたのは、ジャージ姿の女の子だった。
どこかで見覚えのある姿をしていると思い、紳人がまじまじと、その子を見つめていると――
「あッ!」
「き、君は⁉」
紳人と、その彼女との視線は重なり、それからほぼ同時に声を上げる事となった。
「こ、この前の変態!」
「あ、あれには訳があって」
彼女からビシッと指さされ、不審者の如く罵られてしまったのだ。
その彼女は、長い髪をシュシュで縛ってポニーテイルしている同学年の
「どういうこと?」
右隣にいる来乃実が不思議そうに首を傾げていた。
「そ、それにはわけがあって」
「わけ?」
来乃実からジト目を向けられていた。
「あの時は間違って部屋に入ってしまったというか。そもそも、そこは更衣室でもなかったから。なんというか、アレは本当に不可抗力なんだ」
紳人は早口で言い訳染みたセリフを連発するのだが、余計に空気感が澱み始めてきていたのだ。
あの時、あの放課後。あの部屋で、紳人は彼女の着替え姿を目撃してしまったのだ。
しかも丁度、汗のかいた運動着を脱ぎ、ブラジャーが見える状況だった。
今振り返っても、タイミングが悪かったと思う。
「それと、副生徒会長! この人を何とかしてください!」
彼女は、二人がいるソファ近くまで来ると声を荒らげ、来乃実に言いつけていた。
「でも、あの時は許すって」
「けれど、やっぱり、あれはダメだから」
彼女は頬を紅潮させながら、紳人の事を睨んできた。
「な、なんで」
「というか、副生徒会長と二人っきりってのがさらに怪しいわね」
「あ、怪しくないから……」
紳人は誤解を解こうとするが、なおさら彼女から疑われていた。
「怪しくて変態なあんたがそんな事を言っても信用できるわけないじゃない!」
夏絆から正論のような言葉を投げつけられたのだった。
「まあ、簡単に言うと、紳人は変態って事ね」
来乃実は頷き、一人で勝手に納得しているようだった。
「それも悪くないかも」
「え?」
彼女のセリフに、紳人は反応する。
来乃実は腕組をし、今後の事を色々と考え込んだ顔を見せていた。
「変態っていうのは、特出した閃きをする人も多いって聞くし。あなたが将来成功したら、その才能も生かせそうね」
「ど、どういう理論ですか?」
「まあ、そういう事」
彼女は、紳人に変態という烙印を押し付け、なぜか、それをすんなりと受け入れていたのだ。
変わっているというか、彼女も色々と変態に近い何かを保有しているのかもしれない。
「な、なんのお咎めもなしですか?」
「まあ、今は様子見ね」
生徒会役員である彼女の対応に、夏絆は肩を落とし、呆れていた。
「それで、何か話が合って、ここに来たんじゃないの?」
来乃実は気分を入れ替えるために一度咳払いをし、ソファに座ったまま彼女の方へ改めて視線を向けていた。
「はい。陸上部の部費の件でお願いがあって、ここに来たんです。今年から減っているような気がしたので」
「でも、あなたの部活では去年何の実績も残せていないでしょ? そういう事。話は終わり。紳人も一旦ここでお話は終わりって事で。また、何か私の方から話しかけるかもしれないから。その時はよろしくね」
――と、彼女は紳人に笑みを浮かべ、その澱んでしまった空気感を気にする事なく、紳人と夏絆を生徒会室から廊下へ移動させるのだった。
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