アナザー討伐の日常、または、ワイバーンの狩猟シーズン
とみき ウィズ
第1話 ケース76-1
7月の初め。
午前中からご機嫌斜めの空が昼食を済ませたあたりからゴロゴロと不機嫌に唸りだし、遂にぽつぽつと水滴がランドクルーザーのフロントガラスに当たりだしたと思った途端に、土砂降りの雨になった。
かなりの時間誰も寄り付かなくなった荒れ果てた雑草だらけの駐車場に停めたランドクルーザー。
人家も無い山道の途中の駐車場にはランドクルーザーとレガシーが、2台の関係性を隠すようにそれぞれ離れたところに駐車している。
しかし、駐車場に停まっているのはランドクルーザーとレガシー以外は不法投棄されたのであろう年代物の軽の1ボックス車だけであった。
ランドクルーザーの後席に座る加奈がアイドルのような可愛らしい顔を歪めてぼやいた。
「あ~、これはきっと雨女ジンコのせいですよ~。
きっと今日討伐すると、皆ずぶ濡れで泥だらけになるですぅ~。」
「ごめんね加奈~。
私は水も滴る美人らしいから雨にも好かれるみたいだよ~。」
助手席でじっと双眼鏡を構えて山の中腹に屋根が突き出ている廃屋を観察しているジンコが双眼鏡を覗いたまま気の無い返事をした。
ジンコは自分で言うようにぱっと見には清楚な美人だ。
確かにジンコがワイバーンに加入してから、アナザー討伐の時は雨の日が多いが、これは季節による影響も大きいだろう。
後席で加奈の隣に座った真鈴がやれやれと思いながら膝に乗せた人形の頭を撫でた。
真鈴も切れ長の目を持つかなりの美人だ。
雨の中、ランドクルーザーで3人の美人がブッチョウ面で座っていた。
3人とも、濃い紺色の戦闘服を着ていた。
「2人とも贅沢言うんじゃないよ~。
でも、雨は厄介ね~。
はなちゃん、この雨を何とかできない?
音を遮る事が出来るんだから、雨も遮れるでしょ?」
真鈴が膝に抱いた人形に話しかけた。
かなり高級なビクスドール。
しかし、それはビクスドールにありがちな優雅な服を着せた姿では無く、テディベアの顔の部分を切り取ってビクスドールをその中に詰め込んで顔の部分からビクスドールの顔を出した珍妙な姿だった。
はなちゃんと呼ばれる人形が真鈴を見上げて手を上げた。
「真鈴、雨を遮る事は出来るじゃの。
しかしわらわは2つ同時の事が出来んから、音の壁を張る事は出来なくなるじゃの。」
この奇妙な姿のビクスドールを依り代にしている、1026年存在してきて、一時期は地元の農民たちから神と崇められた経験を持つ死霊、藤原はなが答えた。
もっとも7歳の時に屋敷に押し入ってきた夜盗に殺されたので、死霊を見える人には可愛らしい女の子に見えるらしい。
はなを含めて4人の女性達は窓から空を見上げてため息をついた。
相変わらず土砂降りの雨が降っている。
「でも、この雨じゃ奴らも狩りをしないかもね~犠牲者を連れてこないかも知れないよ。
今日はこのまま引き上げるかもね~。」
真鈴が呟くとジンコが双眼鏡から目を外し、ダッシュボードのナッツバーを齧った。
「あら、残念。
私はもっと経験積みたいんだけど…。」
22歳の加奈もジンコも普段は大学で法律を勉強している女子大生で週何日か『ひだまり』という喫茶店でアルバイトをしている。
加奈は『ひだまり』の社員だが、20歳。
この3人の中では一番年下だが、一番アナザー討伐の経験があるベテランだ。
加奈はワイバーンの人間メンバーで最強の戦闘力の持ち主だ。
『ひだまり』の客達は普段エロ可愛いメイド姿で接客している加奈のアナザー討伐の戦闘を見たら腰を抜かすだろう。
まぁそれはジンコも真鈴も同じ事だろう。
加奈が空を見上げてぼやいた。
「でも、今日は奴ら来ないかも知れないですぅ~。
今日やらないと加奈はもう参加できないですよ~。
『ひだまり』の定休日も今日で終わりですからね~。」
今日を逃せば、今狙いをつけているアナザー討伐には加奈、真鈴、ジンコは参加出来ないかも知れない。
「あ、偵察の四郎が戻って来たよ。」
ナッツバーを齧りながら双眼鏡を覗いていたジンコが言った。
見ると廃墟の屋根から1羽の黒いカラスが飛び立ち、離れて停まっているレガシーに飛んで行き屋根にとまった。
レガシーの窓が開いてカラスがその中に入ってまた窓が閉まった。
加奈達はじっとレガシーを見た。
やがてレガシーの助手席ドアが開き、一人の30代の男が手で雨から頭を庇いながらランドクルーザーに走って来た。
男も濃い紺色の戦闘服を着ていた。
男がランドクルーザーの運転席に乗り込んだ。
加奈が男に尋ねる。
「彩斗リーダー、どうだった~?
今日、討伐するですか~?」
彩斗と呼ばれた男はハンドルに掛けたタオルで顔を拭きながら答えた。
「今日、やるよ。
奴らの仲間が2匹、もうあの廃墟に待機しているし、偵察していた四郎が奴らの会話を聞いたけど残りの1匹が今夜犠牲者を連れてくることが決まったみたいだね。
もう皆インカムをつけた方が良いね。」
加奈がぼやいてインカムを付けた。
「あ~、またずぶぬれで泥だらけになるですよ~。」
真鈴がはなちゃんに人形用の雨がっぱを着せながら答えた。
「加奈、でも、雨で返り血が奇麗に流れるかも知れないわね。」
ジンコが答えた。
ランドクルーザーの4人は土砂降りの雨の中、インカムのヘッドセット、戦闘用のブーツや膝パッド肘パッドを着け、武器の点検を始めた。
レガシーのドアが開き、今度は黒い犬が出てくると、小走りに廃墟に向かって行った。
ケース76-2に続く。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます