幼馴染達の嬉遊曲(ディヴェルティメント)。要注意! 甘味と恋バナはパンドラの箱を開く鍵。~終焉の謳い手~

柚月 ひなた

要注意! 甘味と恋バナはパンドラの箱を開く鍵

 エターク王国はを重んじる騎士の国。


 ゼノンはその国の皇太子である。


 王族は柘榴石ガーネットのようなあかい瞳と〝破壊の力〟と呼ばれる特別な力を、代々受け継いできた。


 ゼノンも、例にれずその特性を引き継いでおり、彼には同じ特性を持って生まれた従兄弟いとこがいる。


 現国王の王弟おうてい、グランベル公爵こうしゃくである叔父おじの息子——ルーカス・フォン・グランベル。


 若くして〝救国の英雄〟に祭り上げられ、国民があこれる騎士の青年だ。


 ゼノンとルーカスは幼少期を共に過ごして育った兄弟、もしくは幼馴染や友人と呼べる間柄で、彼らにはもう一人、共通の幼馴染おさななじみがいた。






 ——夕暮れ時。


 ゼノンが一日の職務を終えて、王城にある自室の扉を開けると、ある男がソファでくつろぐ姿があった。


「よっ、お邪魔してんぞー」


 乱雑に切り揃えられた燃えるような赤い髪に、切れ長で三白眼な黄褐色おうかしょくの瞳をしたその男——名はディーン。


 国の政治を総括する宰相さいしょうつとめる、アシュリー侯爵こうしゃくの息子で、軍に所属する騎士。


 彼こそが、ゼノンとルーカスの幼馴染だ。


皇太子こうたいし様は、相変わらず忙しそうだな」


 ディーンが日焼けした肌の影響でより白く見える歯をのぞかせて、肩をすくめた。


 そうした後に、持っていた菓子の包みを開けると口へ投げ入れ、咀嚼そしゃくした。


 ゼノンがテーブルの上へ視線を向けると、どこから持ち込んだのか、どれほどの時間そうしていたのか、空となった大量の菓子折り箱と包み紙が散乱している。


 ディーンが無類の甘い物好きなのは知っているが、軽く引く量だ。


 第三者が見たら、幼馴染と言えど傍若無人ぼうじゃくぶじんな言動をとがめる場面だろう。


 案の定、ゼノンの護衛に就いた二人の騎士が、物言ものいいたげにしている。


 だが、ゼノンにとっては別段珍しくもない光景であり、護衛の騎士達に〝ある指示〟を伝えると、彼らを外に残して部屋へ入った。


「ディーン。いつ帰って来たんだい?」

「少し前になー。ほれ、お土産みやげ


 ゼノンが対面のソファへ移動しながら問い掛ければ、ディーンが何かを投げて寄越よこした。


 受け取ろうとした手へ、狙いすましたように投げ入れられたそれは、箱だ。


 片手で持つには少し大きめの、白くて四角い箱。

 上部に〝ル・モンド〟のロゴがえがかれており、丁寧ていねいにリボン掛けの包装がされていた。


 ル・モンドはディーンが任務におもむいていた都市に店舗を構える老舗しにせの名店、知る人ぞ知る紅茶専門店の名だ。


 ゼノンはこういった方面に明るいが、特定の銘柄めいがらへの思い入れは正直ない。


 これを見て真っ先に思い浮かんだのは——救国の英雄と呼ばれる、従兄弟いとこの顔だ。


「ありがとう。これは、ルーカスが好きそうな品だね」

「だろ? あいつ酒はダメだからさ、帰って来た時にそれで一杯どうかなって。

 銀髪の歌姫と上手く行ったみたいだし、そこんとこも詳しく聞きながらなー」

「……何それ、私は聞いてないけど」


 銀髪の歌姫は、ルーカスがある任務のおりに保護した記憶喪失そうしつの女性。

 その正体は——さる国の要人だ。

 

 ルーカスが彼女へ想いを寄せていた事にはゼノンも気付いていた。


(というか、ルーカスは彼女の事となると周りが見えなくなるから、察していた人間は多い)


 しかし数日前、大部分の記憶を取り戻した彼女をともなって、任務のため遠方へ出向くルーカスに会った時、そんな話題は出なかった。

 

 仲が進展したなら、その時に一言あってもいいだろうに——と、ゼノンが眉をひそめてソファへ腰を下ろすと、ディーンが菓子をあさる手を止めて、豆鉄砲まめでっぽうらったような顔を浮かべている。


「知らなかったのか? てっきり知ってるもんだと。団員の前で盛大に告ったらしいし」


 ルーカスとディーンは同じ団に所属している。


 彼らの所属する特務部隊とくむぶたいは、戦時下には諜報ちょうほう活動もおこなうため、情報管理に厳しい統制がかれ、不用意に外部へ情報をらすへまはしない。


 今回の件は団長という立場にある、ルーカスの弱点と成り得るため尚更。


 易々やすやすと報告へ上がらなかった理屈は、ゼノンも理解出来た。


 だが、従兄弟いとこ、幼馴染——ひいては友人という立ち位置から見たらどうだろうか。


「私にそんな大事な話を秘密にするなんてね」

「あー、まあ……あっちも任務中だし、忙しいんだろ?」

「君には話したのに?」


 ディーンが押し黙って顔をらした。


 心底面白くない。


 私的事プライベートだけでなく仕事でも接する機会が多いのはわかるが、ディーンよりも自分の方がよほど近しい間柄、血縁けつえんであると言うのに。


 信用されていないのでは? と、疑ってしまいそうになるが、生真面目きまじめなルーカスの事だから、大事な任務中に私的な連絡はひかえているのだろう。


 ひとまず、ゼノンはそう結論付ける事にした。


 ——しかし、悪気がないとわかっていても、溜飲りゅういんは下がらない。


「今度会ったらじっくり、問いただす必要があるね」


 ゼノンはあしを組んで両手の指を組み合わせると、貼り付けた笑顔を浮かべた。


「……ルーカス、ご愁傷しゅうしょうさん」

「何か言ったかい?」

「いやぁ、別に」


 視線をらしたままのディーンが、から笑いをしている。


 これに関しては完全にルーカスが悪いだろうと、ゼノンは思った。


 ともあれ、救国の英雄と呼ばれるルーカスと彼女が恋仲になったのは、喜ばしい慶事けいじだ。


 色恋沙汰いろこいざたは誰もが興味をかれる話題であるし、婚約を告示こくじすれば国を挙げての一大イベントになる事間違いなし。


 身内としても、素直に嬉しい出来事だった。


「——でも、内心複雑だったりするか?

 妹の……カレンの事を思えばさ」


 笑みを消して真顔となったディーンが、探る様に黄褐色おうかっしょくの瞳でこちらを見据みすえた。


 カレンはゼノンの妹。

 ルーカスに想いを寄せており、一途な気持ちを伝えて晴れて婚約者となったが——彼が英雄と呼ばれるきっかけとなった戦で、亡くなっている。


 生きていれば、今ルーカスの隣にいるのは〝彼女〟ではなくカレン——。


 その死の悲劇には、ルーカスも長らく苦しんでいた。


 兄として、妹が成し得なかった事への未練や後悔はないのか、と。

 ディーンが言いたいのは、つまるところそういう事だろう。


 ゼノンは妹の事を今でも大切に想っている。


 あのような形で生涯しょうがいを終えてしまった事は、消える事のない痛みとなって心に傷を残したし、幸せになって欲しかったと思うが——。


「……カレンはもういない。死をいたんでとらわれるのは、おろかな行為こういだよ。

 それはあの子も望まないだろう。

 きっと、天国そらでルーカスの幸福しあわせを喜び、祝福しているよ」


 カレンは人をねたむよりも、幸せを願い、誰よりも高潔こうけつで優しい子だから、とゼノンは胸を張って微笑みを浮かべた。


「そうか。なら、ルーカスには幸せになってもらわないと困るな」


 ディーンがまぶたを伏せておもんばった後、テーブルの上へ残った菓子を手に取ると、口元をゆるませ歯を見せて笑った。


 この幼馴染は普段、飄々ひょうひょうとしているくせに時たま深いところをついてくる。


 厄介やっかいではあるが、それが面白くもきないところだ。






 ——それはそれとして。


 今回はディーンにしてやれた感が強い。


 何となく釈然しゃくぜんとしない気持ちになったゼノンは、ちょっとした意趣いしゅ返しをする事にした。


「ところで、ディーン。これで幼馴染の内、ひとり身は君だけになる訳だけど」

「よし! 土産みやげも渡したし帰るなー」


 話題を振るや即座にソファから立ち上がった幼馴染。

 だがゼノンは逃がさない。


 眼光するどく獲物を目でとらえると、足早に立ち去ろうとする背を追って、扉を開くため立ち止まったところでその肩に手を乗せた。


「そう言わずに。夕食の席を共にするとすでに伝えてあるから、ゆっくりして行くといい。

 君も侯爵こうしゃく家の長男なら、そろそろ身を固めないとね。

 相手に困っているなら、私が一肌ひとはだ脱ごうじゃないか。政略結婚も、悪くないものだよ?」


 ゼノン自身も、他国の王女と政略結婚であったが、その仲は良好。

 実体験だ。

 

 ディーンが自身のポリシーに従って独り身で居る事は重々承知しょうちしているが、彼の父親が気をんでいるのも確か。


 ——冗談半分だったがよくよく考えると今後のため、アシュリー侯爵に恩を売るのも悪くないと思えて来て、ゼノンはほくそ笑む。


「おいおい、お前、顔が本気マジだぞ!? 親友を売る気か!?」

「親友よりも有益ゆうえきであると踏めばね」


 一切の躊躇ちゅうちょなしに断言すれば、ディーンが頬を引きらせた。


「——この、人でなし! 腹黒王子!!」


 叫び声は扉を突き抜けて廊下に響き渡っており、数秒後、扉を開けて入って来た護衛の騎士達にディーンはお小言を言われる事になる。


 お土産の箱を届けに来ただけなのに、ディーンにとっては飛んだ災難、ゼノンにとっては愉快ゆかいな時間となるのであった。

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