第17話
「つまり、何ですか。うちの隊をやめると?」
「そこまでは言ってない。ただ、もう少し探索頻度を低くしてくれないかとお願いしてるんだ」
「話にならない。条件は最初から明らかにしていたでしょう」
探索者協会埼玉支部の一室。探索者に開放されている会議室に彼女たちはいた。
二つの長机を挟んで対面している男は渋面を作る。
「確かに週二度の探索に俺は了承したよ。だがね、往復でまる三日を二度とは聞いていなかった」
「最前線まで向かうのなら当然でしょう。物資の運搬も目的ですがそれだけでは探索とは言えない。本当なら前線での活動時間をもっと増やしたいくらいです」
「無謀だ。明らかに限度を超えている。一体誰がそんな無理を受け入れるってんだ」
「私にはできました。私たちには」
「……ああ、ああ。よくわかってるよ。風見さん、確かに君は優秀だ。あんな無茶でもやり通してきたんだろうさ。だが、周囲までいつまでもそうだとは限らない」
ぴくり、と紗良は眉を動かした。壁際、所在なさげに立つ二人の男女に目をやる。二人は彼女と目を合わせることはなかった。
「限界だ。限界なんだよ。俺は彼らより遅く加入した身で情けないけどね。少し話したらわかったよ。もうとっくに終わってる。今まで何もなかったのが奇跡だっただけで」
「言うほど、あなたたちに危険はなかったでしょう」
「最前線に留まり続ける。十分危険だったよ。ここはどこまでいっても平行線だろうね」
「そう……」
そして、紗良は背後に目をやった。
彼女の背中側の壁にはまた一人の男――まだ少年と呼べるだけの容姿をした探索者が立っていた。彼は目をつむり、彼女たちの会話に一切の興味を示していなかった。
紗良はため息をついた。
「つまり、うちの隊をやめたいと」
「だから、どうしてそうなる。俺たちは待遇改善を訴えているだけだ」
「『最前線で探索し続ける』。これがうちの活動方針です。そこを曲げるわけにはいきません」
「……誰も、彼女の真似はできない。君にだって」
「あなただって彼女を目指してうちに来たはずです」
紗良は平然と返した。怒るまでもない。慣れた反応だった。
「ああ、そうだよ。確かに彼女に憧れたさ。探索者なら誰だってそうだ。彼女の力になりたい、肩を並べたいと一度は夢見たよ」
無理だ、と男は言った。
「あんな風にはなれない」
「……そうですか」
やはり見飽きた姿ではあったが、わずかに紗良の声に陰りが宿った。
続く言葉がすぐ陰を打ち消した。
「だからやめるべきだ、君も。彼女を目指すのは」
「お断りします」
くだらない、という言葉を紗良は口の中で呑み込んだ。哀れんだからではなく、無駄だからだ。
「では、話は終わりですね。ちょうどギルドにいますし、脱退手続きは今日中に済ませてしまいましょう」
「待ってくれ、俺は」
立ち上がる男を紗良は凍りつくような目で見据えた。
「今日までありがとうございました。おつかれさまです」
「おつかれ風見さん」
「ええ。まぁそろそろかなとは思っていましたからね」
諸々の手続きを終え、穏便に三人のパーティーメンバーが脱退し、残った紗良たちは再び会議室に戻っていた。一人の男はまだ未練ある様子だったが、その未練はパーティーに残ること以外の部分にあったため黙殺された。
「今回はわりとよくあるパターンだったね。斑鳩さんに憧れてうち来て、あきらめてもうちょっと手頃な風見さんに乗り換えようとするやつ」
と、紗良と一つ席を空けてた椅子に座っていた少年が言った。
「あなたわかってたんなら多少助けていただけません? 結構面倒なんですけど」
「無理。僕が間に立って余計にこじれたこと何度かあったじゃん。結局、君の取り付く島もない絶対零度な視線が一番効くんだよね」
「なんですかそれ……」
紗良は眉根を寄せた。
客観的に見て、風見紗良という少女は人目を引く容貌をしていた。肩口まで伸びた緩やかに波打つ黒髪の下、意外な垂れ目を軸に非常に整っている。よく眉間にシワが寄るのが本人としては悩みどころだが、それさえ好むものもいるほどだ。
主観的に見ても、まぁそうなのだろう、と紗良は認めていた。
先ほど脱退を申し出た男はなんのかんのと理屈をつけていたが、最終的に紗良と離れたくないという意思がそこにあった。彼女はその感情自体をとやかく言うつもりはないが、どうと思ってもいなかった。
探索にとって無意味であるなら、考慮する必要はなかった。
「まぁこうなるとしばらく探索はお休みかな。新しいメンバー募集しないと」
「一度、彼女に断りを入れに行きます」
「同行しようか?」
「結構です。その間に面接を進めてくれると助かります」
「人を見る目ないんだけどなあ」
「探索者を見る目はあるでしょう。少しでも前線でやっていける人優先で」
「それが一番難しい」
「数を打つしかないところもありますからね」
ふう、と紗良はため息をついた。
その様子を見ながら、徹は「あ」と急に何かを思い出したような声を出した。
「そういえば、言うの忘れてたんだけど」
「……何ですか」
「警戒しなくてもうち関連のことじゃないよ。いや、言うの忘れてたっていうかまたかよって感じで置いといたんだけど」
「何ですか」
「うちも少し時間空くなと思ったら急にさ……ああ、やっぱそうだ」
徹はスマホを取り出し手慣れた様子で数秒操作すると、ひとりでうなずいた。
紗良の眉間にわずかに力がこもった。
「だから、何ですか」
「春日井、また帰ってないってさ」
「……は?」
「もうすぐ一月になるみたい。いつものコースだとあと一月はかかるよね。今度こそ出席日数ヤバいんじゃない」
探索者に学歴関係ないけどさ、と徹は笑った。
その横で、紗良は再び声を出した。
「はあああああああ?」
◇
などと、口が開放されていれば盛大に声が出ていたに違いない。
目の前の光景を信じたくないあまり、意識が一瞬遠くに飛んでいた。
「おう、今日もよろしくな先生」
すっかり顔を覚えてしまった新人探索者――コージがよくわからないことを言ってくる。その隣にはやはり見知った少年、キヨシがいる。
それはいい。よくないけど、いい。
「よ、よろしくお願いしまーす!」
「うう……怖い……」
「たしかに、なんか違う感じするねこのグール」
彼らの背後に、三人、全く知らない少女たちがいた。
『増えてる……』
なんで、どうして。
疑問は声にも念話にもならず、当然答えはなかった。
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