第15話

 彼らの装備はまるで新品のように傷一つなかった。二日前の戦闘で破損したことの方が嘘だったかのようだ。

 これはいい。驚くことじゃない。そういう遺物がある。資源はもちろん消費するが、物品を複製できる機能を持った遺物をギルドが保有している。修繕も可能だ。

 信じがたいのは、たった二日で再びこの部屋を探し当てたことだった。調査系の呪文は万能じゃない。大体は距離と障害物に影響される。迷宮内ではよほど近づかなければ使えないはずだ。ましてや、若い彼がそれほど強力な呪文を育てているとは思えない。

 ……考えられるとしたら、一つだけ。


『アンカーか!』


 驚愕に念話が漏れる。内容がわかったわけでもあるまいに、二人の探索者が顔を歪めた。


「コージ、なんかあいつ怒ってるみたいだよ」

「へっ。どうせ俺らとこんな早く再会するとは思ってなかったんだろうぜ。あいにく、こっちはお前よりよっぽど賢いんだよ」

「呪文頼りを賢いっていうかなあ。便利だとは思うけど」


 見誤っていた。小柄な彼が調査系の呪文を有していることはわかっていたのに、あと一歩踏み込んで考えていなかった。

 アンカー。通称だ。使い手によって様々に名付けているのだろうが、通称が生まれるくらいには知られている、有用な呪文。効果は単純、物品に目印を付与すること。目印は目に見えない。呪文の使い手本人と、同系統の呪文持ちなら他人にもある程度はわかるらしい。

 距離が離れていても、大体の方角ならわかるのだとか。

 理不尽と不規則が支配するこの迷宮において、それがどれだけ有効か、考えるまでもない。モンスター部屋の撲滅にも非常に有効に使われたはずだ。

 それを、前回付与された。


『……スマホか』


 アンカーの付与には条件がある。何でもかんでもかけられるわけじゃない。時間と手間が必要だ。

 長く使い込んだ物品だけが対象にできるという。

 彼のスマートフォンは十分に条件を満たしていたということだろう。

 やられた。

 調査系の呪文持ちならわりと簡単に発現できると聞いたことはあったが、ちょっと前までほとんど素人同然だった彼が習得しているとは思わなかった。


「んじゃ、リベンジと行くかあ、キヨシ」

「できるといいね……」

「んな弱腰でどうする!」


 武器を構え、威勢よく向かってくる二人の探索者。

 頭を抱えたくなりながら、俺は短剣を持った。




      ◇




「やっぱつええ……」

「こんな狭い部屋でどうして一回も当たらないんだ」


 さすがに何が変わるわけもなく、二日前に見たのと同じような光景がそこにあった。

 二人の探索者はボロボロの姿で、もう足が止まっている。前回から攻めの手や連携に多少の工夫は見られたが、ここで止まるようではまだ準備したものをぶつけているだけだ。

 そんな批評じみた考えが頭に浮かぶのは、考えたくないことから目をそらしているに違いない。

 ……どうしよう。

 彼らをどうすべきか。

 面倒がないのは、ここで強制帰還させることだ。今後もまた現れたとして、何度でも返り討ちにすればいい。そのうちあきらめるだろう。

 嫌だ、というのが問題なだけで。強制帰還させたくはない。

 殺したくない。偽りでも、またこの手にかけるなんてごめんだ。

 瀬戸際に追い込まれたら考えもしよう。けど、今はそうじゃない。選択肢があるならば他を選びたい。

 ヴン、と、振動が部屋に伝播する。

 迷っている間にまた扉が現れた。息を吐いた彼らが扉へ駆けていく。止めることもできない。

 扉をくぐる直前、小柄な方がこちらに向いた。


「また奪いに来るからな、覚えとけよ!」


 いや、来ないでほしいんだが……

 声出せぬ身では反論もできず、彼らは去っていった。

 またしばらく考え込む。あ、と気づいた。スマホを手放せばいいんじゃないか。

 部屋の隅に行く。ちょうど扉が現れたところの脇だ。そこそこの期間過ごしていればさすがに気づく。ここは俺の部屋だ。このグールの身体に許された小さな住まいであり、領地だ。思い通りにできる。外に出ること以外ならば。リソースの範囲で。

 出てこい、と念じた。

 透明な布が取り去られたようだった。一瞬後にはもうそこに宝箱が現れていた。

 スマホを取り出し、宝箱に入れる。閉じる。

 一息つきたい気分だった。少し悪い気もするが、一度突っ返してきたのは彼だ。俺が捨てたとて、文句を言われる筋合いは……あるような気がしないでもないが、もういいだろう。

 また寝るだけの無為な日々に戻る。

 隠し部屋に戻ろうと、踵を返した。

 ごん、と後頭部を叩くものがあった。ついで、何かが床に落ちる音。見るとそれはスマホだった。ぱっと見、傷はついていない。


『え?』


 意思が漏れる。


『呪われてるよ、それ』


 誰にも届かないはずの意思に返答があった。

 振り返る。

 宝箱から半身を乗り出して、そいつはつまらなそうな顔をしていた。

 灰色の部屋の中、宝箱と同化するような赤銅色の肌と、静かにきらめく銀髪が鮮やかだった。

 少年だ、おそらく。灰色のマスクが口元を覆っている。露出した目が半眼となりこちらに向けられている。


『呪われた物はそっちで処理してくれ。青猫に聞かなかったか?』

『あ、はい』

『あのものぐさめ。仕事しやがれってんだ』


 目元を歪め、舌打ちするような仕草を見せる。


『じゃあな。次はもっとマシなものを寄越せよ』


 そうして、そいつは宝箱を内から閉めた。すう、と透明になって消えていく。

 誰と問うこともできなかった。

 残ったものは、床に落ちたスマホだけ。

 ……わからないことばかりだ、迷宮は。こんな身になってもまだ実感し続けている。

 唯一わかることは、これでまたあの探索者たちはここを探し当てるということだった。

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