即興劇「箱」~放課後の部室にて~

松平真

第1話 即興劇「箱」~放課後の部室にて~

 俺、進藤しんどう拓見たくみは演劇部の部室にいた。

 高校の敷地の端にある部活等の2階の隅、そこに演劇部の部室はある。

 細長い形状で、幅3m程度、奥行きは9m程度の広さだ。

 短辺にはそれぞれ窓があり、その窓は開け放たれ、春の心地よい草のにおいがする空気が入ってきている。

 僅かに遠くから運動部の掛け声が聞こえる──そんな空間で、同じく演劇部部員であり、同級生である佐々木ささき沙織さおりと俺は二人だけでいた。


 本来演劇部員は5人、部長と、副部長、俺と沙織、そして照明担当の文芸部との掛け持ち。

 普段から来ているのは、掛け持ちを除いた4人だ。

 今日、部長と副部長の二人は沙織曰く、別の用事があるから遅れてくるらしい。

 なんとなく嘘くさい。

 その時の沙織はにやにやと子供が悪戯をしかけているときのように笑っていたからだ。


 佐々木沙織は、染めていない黒い髪をポニーテールでまとめた、目元がくっきりした俺から見ても(あるいは俺からだけなのか?)美人だ。

 その沙織にそう言われると、いくら疑わしくても、そうかよ、とだけしか言えないのが俺だった。


 俺たちは、ルーチンである発声練習(あ、え、い、う、え、お、あ、お、とやるやつだ)、滑舌練習(あめんぼー!と沙織が言ってあめんぼあかいなあいうえおと二人で唱和する)、そして柔軟と筋トレを終えた。意外に思うかもしれないが、演劇部は文芸部の中では吹奏楽部と同様に体が資本だ。今日はやらないが、ランニングをやる日もある。


 ルーチンを終えたが部長たちはまだ来ない。

 俺はテーブルの前に置かれた椅子に座る。

 ここは、台本の確認だったり漫画を読んだりお菓子を食べたり……まぁなんにでも使うスペースだった。

 ちなみに机も椅子も小道具としてよく舞台に持っていく。

「で、これからどうするんだ」

 と俺は沙織に問いかけた。

 本番は遠く、次の部隊でる台本はまだ案すら集めていない。

 一般の人は演劇部と言えば、『ロミオとジュリエット』だのシェイクスピアのなにかだの高尚なものをやると思っているらしいが、実際は自分たちや担任が書いた台本で演るところがほとんどだ。

 なぜなら……多くの部活は大人数が必要な演目をできるだけの部員がいないからだ。プロの劇団がやるようなことはできない。

 閑話休題。

 ともかく部長たちが来るまでは暇だった。沙織も特に何か指示を受けたわけではないようだ。


「ふっふっふ~~」

 沙織は待ってましたとばかりに演劇部らしくわざとらしく笑う。

 演劇部に所属すると、日常動作すら演技の動作が混じり、わざとらしくなってしまうのである。

 ごそごそと俺から見えない場所でなにかを漁ると白い箱を取り出した。

「これで即興劇エチュードやろ?」とかわいらしくわざとらしく小首を傾げた。

 そのこちらの目をまっすぐ見つめる様に頬が熱くなるのを感じた。

「いいけど……つまり?」

 即興劇とは、お題シチュエーションを決めて、台本無しの完全アドリブで決められた時間または他の誰かが止める、あるいはオチがつくまでやり続ける劇だ。

 演者の表現力、対応力、協調性(即興ということは相手がなにを考えているかを読まないと台詞が続かない)を鍛えることができ、準備も要らないのでお手軽にできる。

 沙織は、白い箱を見せながら言う。

「これを拓見が見つけた。拓見は中身が気になる」

 俺は頷く。

「私がそこに来て、なにかする。それだけ」

「わかった」

 元々即興劇は細かく打ち合わせない。これでも多いぐらいだった。


「じゃあやるか」

 俺はシャツの袖をまくって立ち上がった。

 沙織が机の上に箱を置く。

「じゃあ行くね?」

 終了時間をセットしたタイマーを手に持つ沙織が俺が部室の壁際に移動したのを確認して言う。

 俺は頷いた。

「スタート」


 沙織は、ぱん、と手を叩いた。


 俺は部室の壁際(舞台の袖と仮定している)からわざとらしく周りを見ながら歩く。

 テーブルの前まで来ると、(これまたわざとらしく)箱に気付いたそぶりをして、周りを見回す。

 当然、舞台の上には俺しかいない。これは周りに人がいないことを(仮想の)観客に見せたのだった。

「なんだぁ、この箱」

 俺は一辺30cmぐらいの白い箱を持ち上げ、揺すってなかに何が入っているかを確かめ「ストップ!!」沙織の声が遮った。

「揺らすのはNG」

 沙織は胸の前で腕で大きく×を作った。

「なんでだよ」

 俺は不満げに言った。

「なんでも!」

 沙織は答えになっていない答えを返してきた。

 だけどなぜか俺は沙織に言い返せなかった。

 そういうことは先に言えよとぶつぶつ言いながら、箱を机の上に戻して壁際に戻る。

 そして目で沙織を促す。

 沙織は頷いた。

 ぱん、と手が叩かれる。


 テーブルの前まで来ると、周りを見回す。

「なんだぁ、この箱」

 持ち上げると意外と軽い。そして冷たい。なんだこの箱と演技ではなく思う。

 耳を当てる。音はしない。

 ひっくりかえ「ストップ!!」沙織の声が遮った。

「またかよ!?」俺は机の上に箱を置く。

「派手に動かすのはダメ!とにかくそっと動かして!」

 俺は箱を置くと右手で頭を掻きむしりながら、舞台袖である壁際に戻る。

 そして目で沙織を促す。

 沙織は頷いた。

 ぱん、と手が叩かれる。


「なんだぁ、この箱」

 俺は白い箱を持ち上げ、耳を当てる。

 音はやはりしない。そしてやはり冷たい。

 箱を机に置く。置く際に気が付く。下の方が冷たいが上の方はそうでもない。

「うーむ」

 声をわざと大きく出す。

 演技とそうではない部分が混ざりながら俺は考える。

 下の方が冷たい。重さはどう考えても1kgはないだろう。

 そして重さのバランスも下の方に偏っている……気がする。

 これはつまり中になにか入っていて、それはあまり縦には箱の半分ぐらいの大きさらしいことがわかった。

「なにか入っているぞこの箱!」

 そう言うと俺は箱を開けようとする。

「マッテクダサーイ!」

 舞台袖から駆けて(数歩だけしかできない距離だが)片言で沙織がそれを止めた。

 その急なわざとらしい片言に吹き出しそうになりながら。

「アンタ、誰ですか?」と尋ねる。

 沙織は俺から箱をそっと奪いながら「ワタシ、アメリカカラキマシタ」と答える。

 俺は頬をひくひくさせながら「アメリカから来られたんですか」

「ハイ、ソーデース」沙織はあまり大きくはない胸を反らしながら得意気に言う。

「ワタシ、『じょん・どぅ』イイマース」

 あからさまな偽名(ジョン・ドゥは、英語圏における身元不明者を便宜的に指す名前だ)だし、男の名前だった。

 つまり沙織は如何にも怪しい男の役をやっていることになる。


「ジョンさん?」

「イエ、すみs」沙織は咳払いをする。

「ハイ。じょんデェース」

「今、スミス言いかけましたよね?」俺は詰問する。

「気のせいデース。私はじょんデース」沙織は横を向いてわざとらしく口笛を吹いた。

「その箱、あんたのなんですか?」

「ハイ。そーデース。ワタシの大切な人へのプレゼントデース」沙織はなぜか自慢げだ。

「プレゼント?」なるほど。中身はプレゼント……という設定なのか。

「そんな大切な物をなんでこんなところに放っておいたんですか?」俺は沙織の顔を覗き込むように聞いた。

「アナタに言う必要アリマオンセン」沙織は目を逸らす。つまらないギャグを挟んじゃないよこいつ。

 ふー、と大きくため息を吐く。もちろん、演技なので大きくついたのである。

「本当にこれは貴方のモノなんですかジョンさん」

 俺のその質問に沙織は肩を震わせて小声でジョンさんて……とつぶやいた。

 お前が名乗ったんじゃろがい。

 睨みつける。

「とても、とても大事デース。その……ちょっとでも邪魔になったのでここに置いてマーシタ」

「邪魔?」

 そう言うと沙織は頬を赤くしながら、視線を外して小声で言った。

「トイレに……行ったので……」

「……」演技だとわかっているのになぜ俺は罪悪感を覚えているのだろう。

「ともかく中身を見せてくだサーイ」照れくささを振り払うために片言になりながら白い箱に手を伸ばす。

「あ、ダメ……!」沙織は腕を伸ばして高くして取られまいとした。

 俺はそれでも無理やり奪う(風の演技)で箱に手を伸ばす。

 そして、気が付くと沙織と顔の距離がとても近くなっていた。

 ほんの数cmで唇が降れてしまいそうな……。

「「……」」その状態で二人ともどうしたらいいかわからなくなり見つめ合ったまま固まってしまった。


 その瞬間アラームが鳴った。

 視線をタイマーに向けると部室のドアが視界に入る。

 それは、わずかに開いていて、二人の男女が覗き込んでいた。

 部長と副部長だ。

 俺は無言で未だになっているアラームを止めると咳払いした。


 二人はあら、見つかっちゃったと表情で語ると、しばし二人で見つめ合ってなにかの合意に達したのだろう。

 代表して部長がドアを開け放ち、声をあげた。

「やーやー待たせたな!進藤部員!佐々木部員!」

 にこにこわざとらしい笑顔を浮かべつつ、その大きな腕にはジュースとスナック菓子が抱えられている。

 俺と沙織はぱっと距離を取る。

「なんですかそれ?」俺は部長に尋ねた。

「うむ?ジュースと御菓子だよ?」

 ああ、しょっぱいのだけではないよ?甘いのは彼女が持っていると部長は副部長を示した。

「いや、そうではなく、いやそうなんですけど、なんでお菓子なんです?」

「むむむ?……さては佐々木部員まだなにも言っていないな?」

 全てを悟った顔をした部長はにやりと笑うと、机の上に荷物を置いてから沙織が持っている箱を指で示した。

 そして演劇部員らしい大きな声で叫ぶ。

「全ての答えはそこにある!」


 俺は白い箱を見たあと沙織を見た。

「沙織?」

 沙織はなぜかそっぽを向きながら箱を机の上に、そっと置いた。

 そして丁寧な手つきで開けた。


 そこには、白い円状のモノがあった。いくつかのルビーのように赤い三角形が円の縁に沿って均等に配置されている。

 その赤い三角形の間には、白い山が配置され、中央には天に向け16本もの柱が植え付けられていた。

 そして、真ん中からやや外れた場所に配置された黒い長方形に文字が書かれている。そこに書かれている文字は「おたんじょうび、おめでとう!」。

 つまりはイチゴのホールケーキ、誕生日バースデーケーキだった。(冷たいと感じたのは一緒に入っている保冷剤だった)


「ケーキ?」まぬけな声を漏らした俺に

「呆れた」沙織の声が後ろから響いた。

「アンタ、今日が誕生日でしょ拓見」

 その声がどこか優しく、甘く聞こえたのは視界の中心にあるケーキから想像される甘さが脳裏に過ったからだろうか。

「佐々木部員から提案があったのだよ。進藤部員の誕生日を祝ってやりたいと。カンパも彼女が一番多く出していたのだぞ。なんでも一人でははずかs……いたいぞ!?なにをするのだ佐々木部員!!」

 沙織が顔を赤くしながら手近なもの(小道具に使うぬいぐるみとかだ)を部長に投げていた。

 いつの間にか傍に寄っていた副部長がにや~と笑みを浮かべながら囁いた。

「まぁあの子の想いも受け取ってあげなさいね」


 俺は大きくため息を吐くと、まだ部長になにか投げつけている沙織に言った。

「いいから食おうぜ沙織!」

 きっと俺は抑えきれない笑みを浮かべてしまっているのだろう。

 演技ではない笑みを。


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