異世界でもパンチドランカー ~初級回復魔法を無限に使用できるだけの勇者は追放されたので無限に脳みそ治しながらひたすら敵を殴り続けるお仕事始めました~
【偽】ま路馬んじ【公認】
1:召喚のパンチドランカー
「おい! 何を考えとるんだ貴様は!?」
そんな怒号と共に、俺は突き飛ばされた。尻もちをつくと、その痛みに、ハっと目を覚ます。
ああ、しまった。また――立ったまま寝ていた。
これはある種の職業病だ。パンチドランカーという症状だ。
俺はボクサーとして、数々の試合に出場した。殴り殴られ、自分で言うのもなんだが、白熱のシーソーゲームを毎度毎度、繰り広げてきた。
気づけば、高校を出てから始めたボクシングも五年目にして、世界チャンピオンなんて地位にまで上り詰めることができたが……。
それと同時に、これまで蓄積していたダメージが、頭の中で爆発した。
平衡感覚がイカレてまっすぐ歩けない。頻繁に意識が混濁し、しょっちゅうデジャヴを見るようになった。頭に思い浮かんだ言葉を喋ったのかまだ喋る前段なのかもわからなくなる。
ひどい時には、今回のように、人と話をしている最中にさえ、気絶するように寝てしまう。
俺の脳みそは、パンチドランカーの中でも特に重篤な症状を患っていた。
痛いケツをさすりながら立ち上がり、俺は肩をすくめて見せる。
「ご覧のように、俺の体はかなりガタがきてるんですよ。先ほども説明……しましたよね? あれ? まだでしたっけ?」
ポーカーフェイスで自嘲しながら、目の前の人物を見上げて申し上げる。
視線の先には、金の冠を頂く、威厳のある皺が顔に幾重にも刻まれた老王が玉座におわすのだった。
先ほど俺を突き飛ばしたのは、銀の甲冑を身に纏う護衛騎士団の一人だ。そいつはまた玉座の後ろに控え、俺を睨みつけていた。
—―もしかしたらこれも、パンチドランカーな脳みそが作り出した妄想の類なんじゃないかって疑ってしまうよ。
だって日本に王様はいないだろ。
このご時世に、人を乱暴に突き飛ばす騎士もいない。
魔王討伐を俺に頼む魔法使いの美少女もいなければ、実際に魔法を使って見せることができるような超能力者だっていやしない。
夜道を歩いていたんだ。すると突然、意識を失った。パンチドランカーに見られる重篤な意識障害だと思った。これまでに何度もあったし、今さっきだってそうだった。
だが、この時ばかりは違っていた。
目を覚ますと、夜道を歩いていたはずが、辺りは昼間で、そしてそこは見たこともない神殿の内部だった。
だからこれが俺の妄想なんかじゃないのだとしたら……。
……本当に、ここは異世界だってことになる。
そんな、まだ現実か妄想かの区別がつかない俺をよそに、先ほどの騎士は俺から睨みつける視線を外すと、同じ顔つきで、別の人物をまた睨みつけた。
「宮廷魔導士殿。これはどういうことだ?」
団長が表情に見合った声色で尋ねる相手は、俺がこの世界—―またはこの妄想――にトリップして一番最初に出会った人物。リーフ・ホワイトウッドと名乗った魔法使いの美少女だ。
彼女はいかつい男の恫喝に臆することなく、淡々と状況を説明した。
「どうもこうも、これまで説明申し上げた以上のことはありません。このお方は紛れもなく、【元の世界で最強の称号を得た英雄】であり、その肉体は【最強となった最盛期】の状態です」
つまり……。と、言葉をつないで、リーフは声を張った。
「私は悪くありません。勇者を呼び込める異世界は完全にランダムですので、【強さの水準が低い世界】を引き当ててしまったことを私のせいにされては困ります」
「言い訳をするな! 見苦しいぞ! それでも宮廷魔導士か!」
「その言葉、そっくりそのままご自身に跳ね返りますよ? であるならば、あなたも我が国最強の騎士団の長なのですから、魔王くらい討ち取ってみてくださいな。見苦しい言い訳などせずに」
「ぐっ! き、きさま……!」
見苦しい舌戦が繰り広げられた。というか彼の肩書は騎士団長だったか。道理で、一番喋る。
俺はもう、再び気を失ってしまいたいものだが、自分の意思でどうにかできるものじゃないんだもんな。
王様もいたたまれなくなったようで、「静粛に」と唸る。二人はぴたりと口論を終えた。
「……もうよい。我が腹心同士が争うところなど見たくない。こやつの勇者としての素質も把握した。これ以上の議論は不要。早速にも、魔王討伐の旅に出てもらおう。おい、支度金の用意を」
騎士団以外にもこの玉座の間にいた大臣みたいな人が、王の合図によっていそいそと準備を始めた。
一応、俺を勇者として扱ってはくれるようだ。「こんな出来損ないなど不要だ! 極刑に処せい!」なんて言われても不思議じゃないと思っていたから、一先ず御の字。
「お待ちください陛下。彼に、我が国の高度な医療と回復魔法による治癒を行えば、彼の症状を完治させることができるでしょう。勇者として送り出すならば、せめて万全の状態で……」
リーフのもっともらしい訴えは、しかしすぐに、王によって却下された。
「ならん。なぜなら、【最強となった最盛期】の状態で召喚したとそなた自身が申したであろう。ならば今そこ万全。いらぬ手間をかけて弱体化させてしまうかもしれんしな」
「……おっしゃる通りです。失礼しました」
「ふん、それに例え万全になったところで、あのスキルではな……」
王の言葉に若干しゅんとしているリーフに、騎士団長が追い打ちをかけるように嫌味をぶつけるが、何も言い返せない。
リーフとは実はある約束をしていた。
俺のパンチドランカーの症状を包み隠さず打ち明けると、勇者として認められた暁には、国で手厚い治療を施すことができる。だから安心してほしい。
言っちゃ悪いが、期待していなかった。
明らかに文明レベルが低いこの世界で、元の世界でも治療不可能な脳みその外傷。それによるさまざまな意識障害。記憶障害を完治するなど、できるわけがないと思っていた。
治療事態が受けられないからといって、それほどのショックはない。リーフは割と罪悪感を感じているような表情だが、気にしなくていいんだ。
「それでは勇者よ。陛下より賜る餞別である。心して受け取るがよい。馬車も既に待機してあるでな」
「ははっ」
仰々しく手渡してくるので、俺も仰々しい返事でそれを手にした。
しかし、騎士団長が鼻で笑って「あのスキルではな……」とバカにするほど、どうも、俺がこの世界で手にしたスキルは、勇者としてあまりにもみすぼらしいものであるようだった。
リーフも最初に俺のスキルを調べてくれたときに、顔を引きつらせていたので、それは確かだ。
俺はけっこう、好きなんだけどなあ。強そうな名前だし。
【
かくして俺は、銅の剣一本と50Gを手渡され、国の外に締め出された。
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