禁制の死角
山樫 梢
禁制の死角
倉庫から倉庫へと箱を運ぶだけ。それが85番たちの仕事だった。
85番というのは仕事をする上での呼び名だ。この職場では就業中名前を明かすことが禁じられており、作業員たちは互いを与えられた番号で呼び合うことになっている。
他にも妙な決まりがあった。特に重要とされるのは四つ。
一つ、汚したり傷つけたりしないよう、箱は丁重に扱う。
二つ、決して箱を開けてはいけない。
三つ、作業中は持ち場から離れないこと。
四つ、作業内容に関して疑問を抱いてはいけない。
これらに加え、契約期間内は寮で生活することになり、外出も制限される。
この現場で勤務する人数は25人ほど。85番の所属する班の役割は、他の班が倉庫に運び込んだ箱を別の倉庫へと運んで積み上げることだ。そこからまた他の班が箱を取って、どこかへ運び出して行く。勤務開始からひたすらこの作業の繰り返しである。
箱のサイズは60センチメートル四方ぐらいで、素材はおそらく段ボール。非常に軽く、壊さないよう慎重に振ってみても何の音もしなかった。
単純労働な割に雇用条件は悪くない。最初は割の良い仕事だから細かいことは気にするまいと思っていたが、日増しに疑問が募っていく。
一体何を運ばされているのだろう?
作業内容に疑問を抱くことは重要規則で禁じられているが、いくら規則で縛っても人の思考までは矯正できない。
同僚たちは誰もこの作業に疑問を抱いていないようだが、85番だけは気になって仕方がなかった。
「なあ、あの箱の中身って何だと思う?」
休憩中に85番が尋ねると、同僚の11番は紛れ込んだネズミでも見つけたかのような目で85番を睨んだ。
「詮索するなって言われてるだろ」
「でも、隠すなんて変じゃないか? もしかしたらこれって闇バイトで、運ばされてるのは違法なものかもしれない。ドラッグとか、盗品とか……」
自分で言っておきながら、それにしてもあの軽さはおかしいと85番は思う。
「もしそうなら余計に知りたくないね。違法なものだったとしても、知らなければこっちに非はない」
すげなく言い放つ11番に、なんて無責任なんだと85番は呆れた。労働者にも仕事の詳細を知る権利と義務があるはずだ。
ある日、53番が箱を落とした。
不器用なヤツだったのでそのうちやらかすのではないかと危惧していたが、案の定だ。
落下音も中身の想像がつかない軽さだったが、落ちた箱は角が潰れてしまったようだ。傷つけてはいけないと規則にあったのに。
53番は現場監督に呼び出され、それ以降姿を見せなくなった。
85番は53番について何人かに尋ねてみたが、迷惑そうにあしらわれるだけ。同僚に関する言及も作業内容への疑問と判断しているのか、誰も53番のことを話題にしない。
85番のもやもやは限界に達した。
違反行為と知りつつ、85番はこっそり持ち場を離れた。自分が持ち込んだ箱を持ったまま、箱を持ち出していく班の中に紛れ込んだのだ。
せわしなく人が行き来し、皆自分の作業に集中している。着ているのも同じ作業服。見咎められはしないだろう。
□
持ち場へ戻った85番は唖然としていた。
箱の行方を追って行ったら、一巡して元の場所へ戻ってきてしまったのだ。
自分たちが箱を持ち出す倉庫をAとするならば、運び込む倉庫はB。そこから箱は倉庫Cへ、倉庫Cからは倉庫Dへと運ばれ、元の倉庫Aに戻される。ただの堂々巡り。
何なんだこの無意味な作業は!?
その日の終業後、85番は現場監督に呼び出された。
「持ち場を離れた上に箱を開けるとは、どういうつもりだね? 何故あんなことを?」
バレた!!
誰にも見られていなかったはずだし、元通り封をしておいたのに……。
内心慌てた85番だが、平静を取り繕って嘘で返す。
「開けていません」
「誤魔化せると思うな。箱にはセンサーが付けてある。開けたら分かるようになっているんだ」
ただの段ボールにしか見えなかったが、よもやそんな仕掛けがあったとは。
「申し訳ありません……」
観念した85番は項垂れた。
「謝罪は不要。私は
「すみません。どうしても気になってしまったから、としか……」
現場監督は理解できないとばかりに首を振った。その様子は、怒っているというよりは参っているように見える。
箱を傷つけた53番は職場を去った。85番もクビを覚悟する。しかし、最後に箱の謎だけはどうしても解明しておきたい。
「お願いします、最後に教えて下さい。あの箱は、あの無意味な作業は、何だったんですか?」
「あれは試験だ。お前のような者を見つけ出すためのな。……連れて行け」
警備員らしき二人組が現れ、85番を羽交い締めにした。驚き暴れた85番だが、抵抗空しく連行されていき――。
何もない狭い部屋に閉じ込められ、85番は憤っていた。
空箱を開けただけで、どうしてこんな仕打ちを受けなければならないのか。
壁を叩いて助けを求めようとした85番は違和感に気付く。壁が――いや、壁だけではない。床も天井も、全て金属でできているのだ。
それだけではない。動いている。壁が、天井が迫ってくる……!
上げていた抗議の怒声が悲鳴に変わり――やがて何の音もしなくなった。
□
一糸乱れぬ動作で箱を運んで重ねていくロボット作業員たち。
中二階の事務所の窓ガラス越しに作業場を眺めていた現場監督は、デスク上の四角い金属の固まりに目を移す。
「命令は遵守するようプログラミングしてあるはずなのに、違反した上にそれを誤魔化すとは……。稀ではあるが、何故こんな不良品が出てしまうのか」
ここまで酷い不具合は初めてのことだった。早急に原因を究明し対処しなければならないのだが。
当のロボットを問いつめても、メモリを解析しても、解決の糸口はまるきり得られず。
禁制の死角 山樫 梢 @bergeiche
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