今回も賭けは俺の負け

鷹見津さくら

今日も賭けは俺の負け

「どうしよ〜! オレ、死んじゃうよ!」


 そう叫んだ鴨井五十鈴いそすずにとりあえず座るように促す。手に持った箱を膝に乗せ、彼はソファーに座った。


「今日は何をしでかしたんだ。午前三時に秘書を叩き起こしただけの理由はあるんだろうな」

「大変なんだよ! オレ、死んじゃうかも!」

「情報量がさっきから増えてないんだが……」


 ずいっと膝に乗せていた箱を五十鈴に差し出される。何というか、禍々しい雰囲気の箱だった。


「透視したら死ぬ箱なんだって! もう何人も超能力者が透視して、死んじゃってるらしい……」

「そんなもん受け取るなよ。捨てろ」

「そんなこと出来ないよ。オレにならどうにか出来ると思うんですってディレクターに言われて頷いてきちゃったんだもん。特番の中の一コーナーをくれるって言われたら、オレには断れないよお。契約書までサインしてきちゃったし」

「一人でディレクターと飲みに行くなって何度も言ってるだろ」


 べそべそと泣き出してしまった五十鈴が面倒だなと思いつつ、俺は彼の肩に手を置く。


「大体、お前は透視すると死ぬ箱相手でも死なないだろ。似非超能力者で透視すら出来ないんだから。ほら、安心安全だろ?」

「そうだけど、そうじゃないんだって! オレが透視して死ななかったら、偽物だってバレちゃうかもだし……透視した上で死なない理由がなきゃ、視聴者は納得してくれない」

「なら、もう死んで己が超能力者だと証明するしかないだろ。それか超能力者稼業をやめろ」

「死にたくないんだってば! 彰も大親友のオレが死んだら、悲しいだろ? それに超能力者もやめない」


 ティッシュを渡して鼻をかませる。ぐずぐずと泣いたままの五十鈴は非常に面倒なのに、厄介事まで持ち込んできたのに更に面倒だった。

 それなのに、俺が彼を追い出して夢の世界へと舞い戻らないのには理由がある。


「オレが超能力者じゃないってバレちゃったり、死んじゃうと今までの依頼人が悲しんでしまうだろ? それはちょっと可哀想だし……」


 高校卒業後から、五十鈴は超能力者として様々な依頼人の悩み事を解決してきた。その手腕は、例え彼が似非超能力者だとしても文句の付け所がない完璧なものではあったと言えるだろう。……秘書である俺の献身も大いに貢献してはいるけれども。


「それにオレがここで偽物だと思われたら、オレが救うはずだった人たちが困っちゃう。それはもっと可哀想だ」

「お前はたまに発言が傲慢だよな」


 そんな図々しいことを言い出しても多少は目瞑ってやっても許してやろうかな、と俺が思う程度には、五十鈴は依頼人に寄り添い悩み事を解決してきた。俺の手助けがあったとしても、人に優しくあれる五十鈴でなければ、やり遂げることは難しかっただろう。彼は善良でとても優しいのだ。

 少々、ネジが飛んでる時があってこいつやばいなとは思っているが。


「……分かった、分かったよ」


 俺の少し眠たげな声に五十鈴がぱっと明るく笑う。とてもじゃないが、午前三時に浮かべるような元気な笑顔ではない。お前、俺と同じ歳だよな?


「ありがとう、彰!」

「次からは絶対に厄介事を持ち込むなよ。特にこの時間帯には。お前は知らないかも知れないが、一般的にこの時間に人の家に押しかけたらいけないんだぞ」

「知ってるよ。彰なら、良いかなって思って来たんだ」

「俺だとしてもやめろ、本当に」


 頭痛がしてきた気がして、天井を仰ぐ。シミ一つない真っ白な天井を見ながら気を落ち着かせた。


「……どうして超能力者が箱を透視すると死んでしまうのか、あるいは透視してもお前が死なない理由のどちらかを考えたらいいんだろ。この際、嘘だとしてもいい。超能力者には、死者の口寄せなんか出来ないんだから、理論さえそれっぽければ、嘘だとしてもバレやしない」


 この世界には、超能力者とそうでない者がいる。全人口の三割が超能力者と言われており、基本的には先天性だ。珍しいといえば珍しいけれども、そこまで希少性がない超能力者は多少の摩擦はあれども社会に溶け込んでいる。

 超能力者が生まれてくる前にフィクションの中で描かれていた超能力者程の万能性を彼らは持ち合わせてはいない。超能力者の特異な点は、共感能力に優れているという点だ。


 例えば、読心。これは、相対している人物の心に共感することで考えていることを読み取ることが出来る。

 例えば、スプーン曲げ。スプーンに含まれる金属に共感することでスプーンを自在に動かすことが出来る。

 例えば、透視。箱の中身または箱に物を入れた人間に共感して中身を当てている。


 彼らは、物や人に共感することで様々な現象を引き起こしている。まるで、その共感した人間と同一の存在であるかのように振る舞ってみせる。勿論、それはデメリットだって呼び寄せるのだけれども。

 超能力者が書いているブログには、そんなデメリットについて書かれていることが多い。良く聞くのは、飼っている猫の気持ちがわかりたくて共感しようとした時の出来事だ。猫に共感してしまうと、その共感の度合いが浅ければ問題ないのだけれども、それが深い場合は少し大変なことになる。猫のように振る舞ってしまうのだ。毛繕いをしようと肌を舐めてしまったり、猫のおやつを食べようとしてしまう。多くは、足を上げて毛繕いをしようとした時に足が攣って我に帰るので大事にはならないらしい。


 そういう訳で、メリットもデメリットも持ち合わせている超能力者は、特別すぎる存在として扱われることもなく、ただの特性として扱われることが多い。わざわざ、超能力者であると嘘をつく利点は、あまり無かったりする。というか、色々と面倒なことになりがち割に旨みが少ない。

 そんな中、五十鈴は超能力者を騙っていた。

 何故かというと、小さい頃の俺が超能力者ってかっこいいよなと言ってしまったからである。昔から五十鈴の世話を焼いていたせいで、五十鈴は俺の言うことは間違いがないと考えがちだった。彰がかっこいいと言っている存在になれば、喜んでくれるかも! という思考になったらしい。

 超能力者でもないのに超能力者として人助けをするようになってしまったのは、全て俺のせいだった。あんなことを俺が言わなければ、五十鈴は占い師にでもなって人をいい感じに救っていたかもしれない。過去の出来事を後悔したってどうしようもないのは分かっているが、タイムマシンがあったなら、絶対に俺の口を塞いでいる。五十鈴は、嘘をつくのが下手ではないが、本人の気質的に相性が悪いのだ。絶対にいつか、何かをしでかして大変な目にあうだろう。というか、既にあっているのだけれど、毎回俺が解決してしまっている。それが、良くないんだろうなあとは思ってはいるのだが、罪悪感も手伝って、つい世話を焼いてしまうのだ。これは死なないと治りそうにない癖だろう。


「今までに何人か超能力者が死んだって言ったな」

「うん。悲しい話だよね」

「……まだ火葬されてない遺体が残ってそうなら、見に行ってみるか。何か考える手掛かりになるかもしれない」


 適当な仮説をでっち上げるにしろ、真実の欠片は含ませておいた方がいい。嘘をつく時の鉄則だ。


 午前四時になりかけていたのでとても眠かった俺は、五十鈴をソファーに眠らせてから寝室に戻る。ぐっすりと寝て、箱を家に置いてから、調査を開始する。割とすぐに知りたいことは見つかった。

 透視すると死ぬ箱を透視したと思われる超能力者の遺体は、不審死としてまだ焼かれていなかった。普通は、警察署に保管されている遺体を見せてはもらえないのだが、今までのお客様のコネがあるので内密に見せてもらえる。


「良かったのかなぁ。ズルして見せてもらって」

「せっかく培ってきたコネなんだから、こういう時に使わないでいつ使うんだよ。お前もコネの使い方ぐらい覚えてないといつか困るぞ。もし今回上手く行かなかったら、偽物の超能力者としてマスコミに追いかけられて叩かれたりするかもなんだから」

「その場合は、コネも無に帰って使えないんじゃないかなあ」

「……そうかもしれないが、使える可能性も想定しておけよ。俺に頼ってばかりじゃなくて」

「えぇ? 彰はオレのこと見捨てたりしないでしょ。いつもありがとね」


 にこにこの笑顔の五十鈴に、それなら秘書としての給料をあげろよと返して霊安室のドアを開けた。

 警察官に挨拶をし、遺体に手を合わせる。そっと顔にかけられた布を取ると、想像よりも穏やかな顔をしていた。遺体に目立った外傷はない。発見された際に近くに転がっていたのは、五十鈴が持っている箱だった。この箱、証拠品なんじゃないかと思ったが、五十鈴を丸め込んだディレクターがどうにかして入手したのだろう。それにしたって、遺体がまだ新しめだということと不審死だと思われていることを考えるとおかしな話ではあるのだけれど。あまり深く考えると悪いことが起きそうなので、考えるのはやめる。超能力者五十鈴の知名度アップに貢献してくれているとはいえ、やはりあのディレクターとは縁を切るべきな気がしてきた。元から危険な雰囲気は感じていたのだ。良い機会だろう。五十鈴もちゃんと言い聞かせれば、理解してくれるだろうし。


 ここに来る前に見せてもらった遺体発見直後の写真では、この被害者は何かに驚いているようだった。箱の中身を透視したせいなのであれば、一体何を見たというのだろうか。見ただけで死んでしまうだなんて、まるで神話の怪物でも見てしまったかのような死に方である。

 最後に布を顔にかけ直して、出口へと向かう。ドアを閉める時にちらりと見えた遺体は、この後しっかりと弔われるらしい。どうして彼は、透視すると死ぬ箱を透視したのだろうか。脅されたのか、はたまた度胸試しだったのか。理由も感情も分からない。考えたところで、死人に口無しだ。今となっては真実は闇の中であるし、俺が考えるべき領分の話ではなかった。死後、人間がどうなるか分からないが、せめて安らかに過ごせていればいいと思うぐらいしか俺には出来なかった。きっと、彼には死ぬべき罪など無かっただろうし。


「彰、何か分かった?」

「もう少し考えさせてくれ」


 時計を見れば、まだ十一時だった。メシを食べるには少し早い。かと言って、カフェに入るのも微妙だ。なんとも中途半端な時間だった。


「何処か寄りたいところはあるか?」

「オレ? んー、どこかな」


 顎に手を当てて考えている五十鈴を眺めながら、俺も買わなければならないものが無かったかを考える。


「あ、そうだ」

「なんだ。何かあったか?」

「ソファーで寝てる時にテレビのリモコン壊しちゃったんだよね。新しいの買おうと思ってたんだった」

「人の家に押しかけた上にリモコンまで壊したのかお前は……」


 額を軽く叩くと、ぐぇという情けない声が聞こえた。


「ちゃんと弁償するから、許してよ。ごめんね」

「弁償するのは当たり前だろ。またやったら次は許さないからな」


 駅前の家電量販店に二人で入る。きょろきょろと辺りを見ている五十鈴に迷子になるなよと言いながら、テレビの置いてあるコーナーへと向かった。リモコン単体で買うことはあまり無いので何処にあるかが分かりづらい。しばらく彷徨いて、ようやくリモコン売り場へと辿り着いた。


「どれにする?」

「安いのでいい」

「安かったら、またオレが壊しちゃうかもよ」

「壊す前提でいるな」


 そんなにテレビを見るタイプでもない。とりあえず、動けばなんだって良かった。最悪、リモコンがなくとも本体に付いているボタンで番組を変えればいいのだ。テレビ番組を見るためなら、リモコンは必須ではない。とはいえ、不便であることには変わりないだろう。


「オレの金で買うんだから、好きなのにしなよ」

「好みのリモコンが特にないんだよ。お前が選べば良いだろ」

「えー、良いの? めちゃくちゃ可愛いのにしちゃお」


 そう言ってパステルピンクのリモコンを手に取った五十鈴に、すみませんと声が掛かった。


「はい?」


 振り返るとそこには普通の男性が立っている。怪しい雰囲気はない。至って平凡な感じの人物だ。記憶を漁っても会った覚えがないけれど、恐らく五十鈴のファンだろう。

 見ていると案の定、五十鈴のファンだと自称してきた。サインが欲しかったらしい。五十鈴はにこにこと笑顔で了承している。

 世の中に超能力者は多いけれど、テレビに出たりして積極的に世間に顔を見せている人間は少ない。五十鈴は偽物であるが、その珍しい人間たちの中でも目立っていた。主に顔の良さと愛想の良さで。超能力者として仕事を始めた頃は、俺もただの手伝いだったのだが、徐々に忙しくなり秘書として働くことになった。それぐらいには有名人になった五十鈴なので、オフの日にもファンが声をかけてくることは良くあることだった。

 幸いなことに俺は人を見る目がある方だったので、やばそうなファンからはきっちり距離を取らせている。この男性は問題が無さそうなので、良かった。たまに刃物を隠し持ってやってくるような過激なファンもいるのだ。

 ファンに対応した五十鈴が、リモコンをレジに持っていく。支払いを済ませた五十鈴の手には、パステルピンクのリモコンがあった。この可愛いリモコンが俺の簡素な部屋に置かれるのかと思うと微妙な気持ちにはなったが、五十鈴の好きなようにさせたのは俺だった。


「ご飯、どうする? 早めだけど、そろそろご飯屋さんに入って食べちゃう?」

「あー、そうだな。特に他の買い物思いつかないし」


 適当に選んだ店はドリア屋だった。注文を済ませて、水を飲む。その間に五十鈴が何やら動いているのが見えていた。コップを机に置く。その近くには透明な容器にシールだけ貼られたリモコンが、鎮座していた。パステルピンクが陽気に照明の下で目立っている。


「袋もらってきたら良かったな」

「うっかりしちゃった」


 ぼーっとそのリモコンを眺めつつ、俺は箱について考える。

 透視すると死ぬ箱。そこには何が入っているのだろうか。見ただけで死んでしまう。例えば、このリモコンが入る容器のように箱が透明だったのなら、透視することもなく死ぬのだろうか。


 疑問の方向性を少しばかり変えてみよう。何を見たら死ぬのかではなく、何があったら超能力者が死ぬのだろうか? 先ほどと疑問が変わらないようでいて、結構違う。何を見たかとなんで死んだのかは、別だ。もしかすると見て死んだ訳じゃないのかもしれない。


「リモコン、これで動きそうで良かったよ。朝起きた時、焦ったからね」

「……どういう壊れ方してたんだ、リモコンは」

「ボタンが外れちゃったんだよね。何個か転がって落ちたみたいで、何処に行ったか分からなくなっちゃった」

「どういう寝相をしてたらそんな状況になるんだ? 確かにお前は昔から寝相が悪いが」

「オレも良く分からないんだよねえ。超能力のせいかな」

「超能力者だとしてもそんなピンポイントにボタン外したりしないだろ。なんのメリットもない」


 そも、寝ている時に能力を発動出来るほど、超能力者は器用ではない。思ったよりも制約が色々とある。

 会話が終わったタイミングでドリアが来た。チーズたっぷりの熱々ドリアだ。冷やしつつ、口に運ぶ。とろりと溶けたチーズが、トマトソースと絡み合う。中に入った挽肉や野菜がほくほくとしていた。


「美味しいねえ」

「そうだな」


 ドリアは美味しい。けれども、厄介事を解決していないせいで美味しさを十分味わうことが出来ているとは言えなかった。

 パステルピンクのリモコンが目に入る。なんとなく、そこから連想を始めた。悩んでいる時は、こうして関係なさそうなものから解決のきっかけを貰ったりするのだ。リモコン、テレビ、ボタン、番組、液晶、悪徳ディレクター……。


「あ」


 思わず、声が溢れた。


「どうしたの? 舌でも火傷した? 水のおかわり貰おうか?」

「大丈夫だ。火傷してない」

「じゃあ、どうしたの?」

「チャンネルだ」

「何が? えっ、もしかしてまだリモコン壊したこと怒ってるの!?」

「怒ってない。お前が死なずに済むやり方が見つかったかもしれない」

「え!」


 嬉しそうな五十鈴にさっさとドリアを食べろと促す。流石にこんな所でどうするのかを話す訳には行かないので。

 俺の家に戻り、そわそわする五十鈴を座らせる。


「それで、どうしたらオレは死なないで良くなるの?」

「まあ、落ち着けよ。説明するから」


 茶を啜り、喉を潤す。


「超能力者は、共感能力に優れている。それはお前も知ってるだろ」

「うん。物とか人に共感して、その感情を理解したり、自分の思うように誘導するんだよね? オレも超能力者として振る舞う為に勉強したよ、色々」

「そうだ。超能力者は共感によって能力を発揮する。逆に言えば、能力を発揮すると対象に引きずられるとも言えるんだ」


 五十鈴が持ってきた箱を見る。何人が犠牲になったのか、それは分からない。分かろうとする気もなかった。


「動物にも人にも物にも共感出来る超能力者だが、何にでも共感出来る訳じゃない。ある程度の制約がある」

「自分の目で確認出来るものじゃなきゃ、共感出来ない。映像越しだと無理だし、遠くにいる相手も無理」

「ああ。そして、死人にも共感出来ないだろう。死んでしまったものには、何も出来ない。それが超能力者だ。だから、殺人事件の調査要請を出されることは稀だな」


 頷く五十鈴を見てから、パステルピンクのリモコンに目をやる。


「このリモコンを見た時、思いついたことがある。超能力者とは、リモコンでチャンネルを合わせるように物や人の感情に共感してるんじゃないかって」


 荒唐無稽と言えば、そうだろう。オレだって、本気でそう考えてる訳じゃない。ただ、今回は荒唐無稽でも良かった。


「沢山のチャンネルから、番組を選ぶように。彼らは共感する相手を選ぶ。ただ、このリモコンには、死者につながるボタンがないんだ。お前が破壊したリモコンのように。だから、死者の共感は出来ない。死んだものの考えていることは分からない」


 なるほど〜という顔をする五十鈴が頷いていた。


「ボタンがなければ、チャンネルは選べない。じゃあ、そのボタンがたまたま見つかったとしたら?」


 リモコンの容器を開けて、棚にある電池を入れた。テレビの電源ボタンを押す。騒がしいバラエティ番組の声が部屋に響いた。


「死にチャンネルが合うようになったならば。もしも、死に共感してしまったら」


 一体、どうなると思う? と俺は五十鈴に尋ねてみせる。

 犬猫に共感して、まるでそれらのように振る舞うだけなら、まだ良いだろう。いっそ、可愛げすらあるかもしれない。

 けれども、それが死者なら話しは変わってくる。死に共感して、そう振る舞ってしまったら。


「今回のように死んでしまってもおかしくはないんじゃないだろうか? この箱の中身は問題じゃない。箱を透視しようと――共感しようとしてしまったから、死んでしまったんだ。本来ならば、存在しないボタンの役割を箱が担っているせいで超能力者たちは生まれて初めて死に共感してしまった」


 だからきっと、死んだ時に驚いたような顔をしていたんだよ。俺はそう締めくくって、茶を飲み干した。


「えっ、あ、すごい! 彰天才! よく分かったね? 箱の秘密!」

「と、こんな感じで良いよな? でっちあげた真相は」

「……えっ、でっちあげたの?」

「当たり前だろ。死人に口はない。彼らが死ぬ間際に何があったのかなんて誰にも分からないんだから。俺がしたのは、ただの妄想をそれっぽく話しただけだよ。ちゃんと考えたら、ボロが出る」


 残念そうな顔に俺は苦笑した。


「でも、テレビの特番でお前を見る視聴者はそんなに深く考えないだろ。だから、これぐらいの真相でいいんだよ。お前が堂々と話せば、そんなものなんだなって、みんな思ってくれるさ。得意だろ、そういうの」

「なんか棘がある……」


 しばらく考えた後に五十鈴は頷いた。


「分かったよ。それで、救われるべき人たちが安心するのなら」

「うん、お前はやっぱたまに言動が怪しいな。テレビとか依頼人の前では猫かぶれよ」


 そんな訳で、五十鈴は生放送の特番で俺が話したようなことをよりそれらしく堂々と話した。勿論、遺体の調査をした所なんかは、良い感じにぼかして。

 箱は透明なケースの中に置かれている。五十鈴が、スタジオにいる人間たちに透視をしないように注意をしたので、多分犠牲者が出ることはないだろう。視聴者たちには、そもそも透視することが不可能なので心配する必要はない。

 スタジオの端にいる俺から見ても、会場は盛り上がっているようだった。悪徳ディレクターも満足げだったので、この後に色々とお話をして五十鈴に関わらないように言いくるめるのが面倒そうだったが、五十鈴の秘書として必ず完遂しなければならないタスクだろう。


 五十鈴が持っている箱は相変わらず禍々しい。あまり見ていたくないのだけれども、目を離す訳にもいかなかった。


「さて、箱の真相は分かりましたが、対策しているこの私、五十鈴以外の人間が透視してしまうとまだ不味い状況です。そこで、犠牲者を今後出さないように私が責任を持って、この箱を封印しようと考えています」


 あーあ、言っちゃったよと思う。特番が始まる前に相談はされていたけれど、生放送ではっきりと言いやがった。謎が多い箱を封印するって、はっきりと。

 オレも頑張るから、一緒に箱の処分方法考えて! なんて無邪気に言った五十鈴の顔を思い出して、小さく息を吐き出す。


 五十鈴は、いつもそうだった。


 俺と五十鈴が出会ったのは、幼稚園の頃だった。その頃の俺は、人と関わりたくなさすぎたので友達を作るのが嫌だったし、幼稚園に通うのも心底嫌だった。さめた子供だったのだ。そんな俺に無邪気に声をかけてきたのが、五十鈴だった。面倒だなと思ってあしらっていたのに五十鈴はめげずに俺と友達になろうとしてきた。何か大きな出来事があった訳じゃない。けれども、ずっと俺に話しかけてきた五十鈴は、一人で遊具を眺める俺に一緒に遊ぼうよと言ってくれたのだ。可愛げも何もなかった、無愛想な俺に。裏表のない性格はその頃からで、俺は少しずつ五十鈴のおかげで人と関わるようになった。お前を助けているのは俺だろと口では言うけれど、本当は一番最初に五十鈴という男に救われたのは、俺だったのだ。

 だから、俺は人を救おうとする五十鈴を強くは止められない。死ぬまでは、手助けをしようと決めている。


 特番が終わり、俺は五十鈴の部屋に行く。悪徳ディレクターには、しっかりと言い含めておいたので、直近の問題はあと少しで全て片付くだろう。


「それで、箱はどうしようか」

「……多分、箱の中身は関係ないんだ。これは本当にそうだと思う」


 箱を揺らしても何も音がしない。これには、透視するべき物体は入っていないのだろう。


「透視して死んだ人間の感情が、恐らく染み込んでいるんじゃないか? 箱の形をしているのが悪い。箱は何かをしまうものだから、感情もしまいこまれてしまった。だから、箱の形じゃなくせばいい」

「それって、つまり?」

「破壊する」

「い、良いのかなあ。そんな安易で。危なくない?」

「俺がでっちあげた真相が正しくなかったとしても、問題はないだろ? お前と俺は超能力者じゃないんだから、影響は出ない」

「確かに……」


 納得したらしい五十鈴が、箱を持ち上げる。ぱっと手を離したせいで、箱が落ちていった。鈍い音を立てて、箱が壊れる。中には、何も物が入っていなかった。


「ん、よし! 俺も彰も無事だな」

「……そうだけど、お前躊躇いなさすぎ。驚いたんだけど」

「え、ごめん。早く壊さなきゃって焦っちゃった」

「いいよ。お前の気持ちは分かるから」


 落としただけとは思えないばらばらの箱を見ながら、何とも言えない気分になる。箱が壊れた一瞬、確かに禍々しいモヤが見えた。くらっと意識が揺らいで死ぬかと思ったが、すぐに元に戻る。見てはいけないものにチャンネルを合わせてしまった感覚を確かに覚えた。

 なるほど、あれを味わって死んだのならば、あんな顔にもなる。どうやら、俺の妄想はあながち間違えではなかったようだ。

 あーあ、壊される前に透視しておけば死んで、五十鈴に超能力者の真似事なんてやめさせることが出来たかもしれないのに。



 五十鈴は、似非超能力者である。彼には何も能力はない。けれども、彼の秘書である俺には超能力があった。五十鈴には、死ぬまで秘密にする予定なので、彼は知らないけれど。

 小さい頃、五十鈴に超能力者ってかっこいいよな、なんて言ってしまったことが全ての始まりだった。

 人の心が読めてしまう俺にとって、人間は信じられるものではなかった。そんな中、読心しても裏表が全くなかった五十鈴は、俺の救いだった。唯一信用出来る彼に俺は、嫌われたくなかったのだ。超能力者の存在が社会に溶け込んでいるとはいえ、偏見や差別が全くない訳ではない。五十鈴に限って、俺を排除しようとはしないだろうが、もしも、五十鈴が超能力者を怖がったらと思うと俺は恐ろしかった。一人しかいない友達が絶交してきたらと考えると誰だって怖くなるだろう。それに加えて、俺にとっての五十鈴は何者にも代え難い存在だった。ずっと一緒にいたかったし、学校も同じところが良かったし、絶対に五十鈴の結婚式の友人代表スピーチに俺は選ばれたかったし、老人ホームだって同じ場所がいい。

 俺がそんな感情で放った言葉を五十鈴は、真面目に受け取って俺が喜ぶかもと考えて超能力者を騙るようになってしまった。これはもう全面的に俺が悪い。そういうつもりじゃなかったとか言い訳は許されない。ちゃんと自分が超能力者だと言っておくべきだったが、もう後には引けなかった。今更、お前が騙っている存在ですなんて言われても困るだろ。


 五十鈴は善良だ。依頼人の心配事に寄り添うし、困り事も俺と一緒に解決してきた。けれども、それは少し行きすぎていたのである。

 善良な感情から行ったことだとしても、やりすぎていたら皺寄せが生まれる。ストーカーじみたファンも出てきている上に五十鈴を信仰しているファンも出ていた。そもそも、超能力者を騙っている時点でいつか破綻が来てしまうだろう。そうなった時、五十鈴がただで済むとは思えなかった。


 だから、俺が目の前で死んでしまって、それを救うことが出来なければ。

 五十鈴は、人を救う超能力者の自分をやめて、普通の人間として幸せに生きてくれるのではないだろうか。決定的に何かを間違えてしまって、ギリギリのバランスで生きていくことが出来なくなるのでないだろうか。


 そんな風に俺は考えている。とはいえ、積極的に死にたい訳でもない。まだ五十鈴の結婚式で友人代表スピーチに選ばれていないし、やりたい事も色々とある。一人になった五十鈴に詐欺師が近づいて壺を売りつけないかも心配だった。

 だから、今回も箱を透視したりはしなかったのだ。そうしてしまえば、死ぬのは分かっていたけれど。どう見ても禍々しい雰囲気を放っていたし、あれを透視していた超能力者は本当に何を考えていたのだろうか。


 俺の死は、もっと偶発的で事故のようなものでなければならない。俺の意思だと知られると五十鈴は優しいので、多分引きずる。それは、俺の本意ではなかった。彼には多少、俺のことで落ち込んで超能力者を辞めてほしいだけなのだ。

 箱を壊して、うっかり死んでしまうというのは、割と理想的だった。五十鈴の手で死ぬのは忍びないので、俺が箱を壊すつもりだったのに先を越された時はひやっとしたものだ。結果として俺が死ななかったのは良かったのかもしれない。

 今回だけじゃなく、今までもずっと俺はチャンスがある度に自分が死なないか試してきた。まるで賭け事でもするかのように。けれども、また駄目だった。残念だが、仕方ない。


 次こそは上手く行くだろうか、と思いながら、夕飯食べに行こうよと誘ってくる五十鈴に俺は笑い返した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

今回も賭けは俺の負け 鷹見津さくら @takami84

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説