第11話

「本日はまだ余裕がありますが、次の依頼は如何しますか?」

「そうですね。初級をもう少し進めようかと思います」

「また初級クラスの依頼になさるんですね。畏まりました」


 だいぶ現地での稼ぎ方に慣れて来たが、他にも現地の様々な場所を知ると言う意味では私としても、これくらいの初歩レベルから始めるくらいの気持ちが丁度良いのだろう。


 ──とは言えども、マンネリ化が続くのも良くはないのも事実である。


「次の依頼は肉体労働でも構いませんよ?」

「左様ですか。それでしたら3つ程、依頼が御座いますのでネコさんがこれだと思う依頼をお選び下さい」


 私はそう言われ、しばらく悩むと狩りの初歩と記された依頼を受ける事にする。

 依頼を見せると受付の女性が少々残念そうな顔をしたが、期待に沿えずに申し訳なく感じる。


「ネコさんは随分と自分の事を下に見ていられるのですね?・・・これまで貴方がこなしてきた行いはスゴい事だと言うのに」

「ドラゴンゾンビの件についての事を言っているのなら、あの時の事は一種の火事場みたいなものですからね。本来の私の実力で計るのならば、これくらいが妥当ですよ」


 私は事実のみを伝えたつもりだが、謙遜と受け取られたりしてないか不安だ。そう言うのを抜きにしても汎用型の私には少々、荷が重い。

 そう言った意味でも堅実に一手ずつ進んで行った方が良いだろう。

 それが例え、周囲から理解されなくとも私が選んだ道だ。

 後悔は少ないに越した事はない。


「──では、依頼をご説明します。今回の依頼はこの街の食料となる家畜の解体です。

 場所はギルドを出て、南へ進んだところにあります食肉工場となります。

 ネコさんには・・・少し刺激が強いかも知れません」

「え?・・・それはどう言う意味でしょう?」

「ネコさんは私達、アーティファクトに近いですが、人間味のある優しい性格のお方だとお見受けしております。ですので、これから行くところはネコさんが想像されているよりもショッキングな光景かも知れません」


 そう言われると少し躊躇ってしまうが、一度引き受けてしまった依頼をキャンセルするのも気が引ける。

 そう言う訳で私は依頼を改めて引き受けて、その場所へと向かう。


「よく来たな。正直、この手の仕事したがる奴が少なくてよ。引き受けてくれて感謝するぜ」


 工場長はそう言うと軽く中を案内してくれる。


「ここで家畜の牛を殺す。やる時は一撃での撲殺を心掛けている」

「・・・え?殺すんですか?」

「ああ。人間って種類の生命に限らず、生き物って言うのは大体、何かしらの生命を殺して、その命を貰っているんだ。

 だから、この食肉工場ってのも必要な工場なんだが、それを解ってない連中が多い。

 てめえ等さえ良ければ、どのような事だろうと文句を言うのが人間の悪いところだな。肉を食わなきゃあ、活動する力が出ないって事を解ってない連中が多い。命を扱う以上は可愛いからとか、可哀想なんて言葉は通用しない。

 命を貰い、今日の糧として感謝するのが本来あるべき姿だぜ。知能が無駄に高い奴はその辺りってのを本当に理解した上で言ってんだか、気になるね」


 工場長はそう言うと私に鈍器を渡してくる。


「そんな訳で手始めに牛の撲殺からだ。可哀想とか思うのなら、一思いに一発で仕留めな」


 そう言われても私は思考処理が追い付かず、鈍器と此方を見る牛を交互に見る。

 ゴブリンやドラゴンゾンビのように敵対意思を示す訳ではない存在を手に掛ける?・・・生命の循環において必要なのだろうが、これは本当に必要な事なのだろうか?


 私が躊躇っていると牛も次第に怯えはじめてしまったので、より一層難しくなってしまう。

 このままでは平行線なのは解っている。解っているが・・・。


 私は散々、迷った挙げ句、鈍器を振り下ろす。

 骨の砕ける感触と牛の悲鳴が木霊する。牛は──生きている。本能的に手心を加えてしまったらしい。

 手が震えてメインモニターがクラクラする。

 早く楽にさせて上げなくては・・・そんな事を考えながら私は此方を見る牛と目が合う。


 死への恐怖で色濃く染まった虚ろな瞳が私を凝視する。

 こんな思いをしながら、この街の食事事情は循環しているのだろうか?


 私には解らないし、理解出来そうもない。ただ、苦しむ生命の姿は見ていられる程、私も非情にはなりきれない。

 そんな事を考えながら震える手を振り上げようとした刹那、私から鈍器が取り上げられ、工場長が牛にトドメを刺す。



「・・・クビだ。あんたは優し過ぎる」


 ──こうして、私はこの惑星に来て、はじめて依頼と言うものに失敗してしまうのであった。

 当分、肉はマトモに見れそうもない。

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