第一章~最強の神、上帝になるまで~

1-序〜最強の神、神になった日〜

 天界がまるで下界の地震のように大きく揺れる。

「なんだ。なんだ」


「これは…。誰かが飛昇ひしょうし、天界に降り立ったのでは?」

 飛昇ひしょうとは、仙人が術を使い、空を飛ぶことである。


「たかが、仙人ごときにそんなことできるわけがない」


「おい。五年前のことを忘れたのか」

「そのときも、揺れが凄かっただんだぞ」

「その者は、人間でありながら天界に降り立ち、打神鞭だしんべんによく似た武器を振るい、神を裁いたのだ」

打神鞭だしんべんは、使い勝手の悪い神器で有名だろ」

「しかし、その者は、打神鞭だしんべんの所有者である太公望たいこうぼうが、弟子のために改良した打神軟鞭だしんなんべんというのを使っているんだ」


「ほら、来たぞ…」

 すると、これだけ煌びやかな天界でもさらに眩しい光を放つ柱が現れる。

ーーーーーーーーーーー

 気づけば柏麟ハクリンの目の前に、美しくにぎやかな大通りが現れる。純白の古建築に、所々金色が見え隠れしている。

 

 ここは、天界の繁華街かつ中心部に行ける大通りでなのである。


 あの最強の神、柏麟ハクリンが、神になったのである。

 大きな振動がして興味をそそられたのか、様々な神たちが柏麟ハクリンを囲む。


 実は柏麟ハクリンは、元人間であるが、その人生でのほとんどの記憶を失い、その人生で出会った人などを思い出せない。

 会話や書写、剣術など、その人生で培った技能は、体で覚えている。


 そのことは、本人も自覚しており、その記憶について(失ったものは仕方がない。神になったのだから、その記憶を使う時などないだろう)と考えている。


(天界は、こんなに美しいのか)

 呆然立ち尽くす柏麟ハクリンに、ある女性の神は他の神を引き連れて近づく。

「失礼します」

「私は、この天界での人事を任させている神です」

「通常、人は神になることはできませんが、貴方は、下界に神殿があり祀られていますので、特例として処理いたしました」

「では、忘川ぼうせんへご案内いたします」

 忘川ぼうせんとは、忘川水ぼうせんすいが流れている川である。

 忘川水ぼうせんすいは、人間時代の情や欲を断つために飲むものであり、人間が死ぬまたは、人が神になる上での重要な儀式である。その儀式を経て、神として認められるのだ。


 柏麟ハクリンは、その女性の神の後をついて歩き始めた。

 すると、正面の方から、高貴な服を着た男性の神が上から現れ、

「この者は、人間時代のほとんどの記憶を失っている。この者に情や欲はない」

「それ故、忘川水ぼうせんすいを飲ませる必要はない」


 女性の神は、

司命シメイていくん。失礼いたしました」 


 司命シメイとは、露風ロフウ上帝じょうていの当時の従者であり、人々の命と運命を司る神であった。力は他の神に劣るが、神器を創る腕は神々の中でも一番であった。


「皆下がれ」


「承知しました」

 女性の神々は向きを変え、去って行く。


 柏麟ハクリン

司命シメイていくん。どうして私に忘川水ぼうせんすいを飲ませなかったのですか?」

「下界にも忘川水ぼうせんすいのように情や欲を断つための薬はたくさんあります」

「そのため、神になる条件として『情や欲を断つ』とすればよいのに、神になった後で『情や欲を断つ』ということは、人間時代に情や欲を断つよりも神になって情や欲を断つほうが何かしらの利益があるのではないでしょうか?」

「それに、元々記憶がないのであれば、忘川水ぼうせんすいを飲んでも変わらないはずですが...」


(やはり、相変わらず鋭い子だ)

「人間になって情や欲を断っても、神になって情や欲を断ってもさほど変わらん」


 司命シメイは、柏麟ハクリンが発した「ですが...」を遮り、

「とりあえず、吾の神殿にご案内する」

(厳密に言えばもう一つあるのだが、そなた達で気づいてほしい)

(すまぬが、吾からは何も言えぬ)


「わかりました」

 司命シメイは歩き出し、柏麟ハクリンはその後に付いていく。

==========

 ちなみに、打神鞭とは、二一個の節目がある、まったくしなりのない鉄製の棒状の武器である。掛け声とともに、投げつけると「封神榜」という名簿に書かれた名前の人の頭蓋骨を自動的に打ち抜く。節目ひとつごとに四つの封印がしてあり、この封印は敵を倒すたびに消えていくようになっている。つまり、二一×四で合計八四人の敵しか倒せないのだ。

 中国(明代)に書かれた、原作『封神演義ほうしんえんぎ』に書かれている打神鞭と全く同じものである。

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