ゲーミングちんぽ華道バトル 選手控室

「……はあ、始まりましたわね」

 ──選手村、お控室。お自販機やおトイレなどが併設された総合お休憩所にて。おモニターに映し出された開会式をぼうっと見つめたまま、おペットボトルのお紅茶をお一口、お二口だけお口に含んだお嬢様が、ほうっと一言呟いた。

 選手村だスポーツだなんだと呼ばれ、設備こそやけに充実されているが、実際に競技に出るお嬢様達にとって、こんな場所でやることなどほとんど無い。

 そもそもゲーミングちんぽ作品は前日までに完成へと至っているのが基本であり、あとはただそれを当日人前で披露するだけ。やることと言えばせいぜい、読み上げる原稿の誤字脱字の最終確認と、変に緊張しすぎないように各々リラックス休憩をとるくらいだろう。


「いやあ〜、今年も盛り上がってはりますなあ。詩古宮のご令嬢はん?」


 すると、一人で呆けるお嬢様の元に、別のお嬢様がまた一人。気安く声を掛けてきた。

 栗色の跳ねっ毛のショートヘア。快活な印象を与える身軽なドレスと、赤縁フレームの大きなメガネが、どこか自由気ままな野良猫のような雰囲気を感じさせる、小柄な女である。

「なんや今大会はどこのブロックもレベチらしいで。……そら、あの詩古宮の御令嬢はんが出るんやもんなあ。気合いが入るのも当然っちゅーことやね。……それで? そちらのお母様はどちらに?」

 手をこねゴマすり細目と口角を吊り上げて、詩古宮の最も嫌う視線や目線を、気やすい野良猫は存分に注いでくる。

「なにせ詩古宮のお家と言えば! それまでただ奇っ怪な植物だっただけのアレを、芸術の域にまで高め、あっちゆう間に新たな経済と文化を産んだ名門中の名門! 是非ともご挨拶だけでもさせてもらえへんかなあ〜?」

 野良猫のような女は、詩古宮のご令嬢に対して馴れ馴れしく擦り寄ってくる。なんとも厚かましい猫である。

 詩古宮は何も言わないまま、気に入らない紅茶を一気に飲み干すと、舌打ちにも似たキャップの音と、ため息にも似たボトルの音を立てながら、振り返りもせずにゴミ箱の前へと立った。

「……お母様なら、こんな所にわざわざ来ませんわよ。……それで? アナタどちら様でして? 取材ならきちんと手続きを済ました上で。これより先は誉れ高きゲーミングちんぽ華道の会場。──優勝インタビューの時間には、まだ早くてよ?」

「こ、こンのガキ……!」

 皮肉とイヤミと恨み言をたっぷり込めて作ったジャムを、くすりと浮かべる冷たい笑みのスコーンに塗りたくる。これを食らった猫のようなお嬢様は、それまでの飄々としていた態度から一変すると、猛虎の如く牙を覗かせ睨みつけた。

「……ほならええわ。そちらのお母様がおらへんのやったら、ハナからアンタに用なんかあらへんわボケェ。……アンタの首はこのウチが、関西ブロック代表の“零出池 三二一”(ぜろでいけ みにい)が獲るッ! せいぜい一人ぼっちで震えてろや小娘ェッ!」

「……あら、コレは失礼。選手の方でしたのね。でも、アナタ。そちらの本性の方がよっぽど魅力的ですわ。先程の見るに耐えない猫かぶり、不快を通り越して滑稽でしたので」

 詩古宮はトドメと言わんばかりに毒たっぷりの紅茶を差し出すと、零出池の令嬢は大きく舌打ちを一つした後に、不機嫌でトゲトゲした心を一つも隠すことなく、その場を後にした。


 ソーテリブル。華々しいお嬢様たちで行われる煌びやかな祭典の裏は、女のイヤな怖さと醜さに満ちていた。

 それもそうか、そのハズか。彼女らは同じ華道を歩む者であれど所詮は敵同士。己が家の栄光と威厳を衆生へ知らしめんと力を振るい競いあうのだ。衝突は避けられず、喧嘩は絶えず、されど優雅に立って微笑んでみせる。それこそが彼女らの当たり前の日常なのだろう。


「はぁ……。どいつもコイツも……」


 だというのにも関わらず、一流名家のお嬢様、“詩古宮 灰鶴”(しこみや はいづる)は、もの悲しそうな顔で寂しそうな吐息を漏らし、ただ一人ぼっちで会場中継のモニターを見つめていた。

「いつもお母様お母様お母様と……。ハァー……、誰も、私のおちんぽになんて興味ないんだわ……」


 どれだけの名家であり、これほどのお嬢様であっても所詮──、


 彼女はまだ、年頃の女の子なのだ。

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