第15話 定評があるのはおとなしさじゃなくて騒がしさだろ

 翌日、昴は月刊オカルティクスの担当である夏川とWeb会議をしている。


 月刊オカルティクスはその名の通り、オカルト関連記事がメインの月刊誌である。


 胡散臭いかもと思った記事ができた場合、昴は月刊オカルティクスに持ち込んでくれと夏川に頼みこまれていたため、今回も記事の内容から持ち込んだ訳だ。


『以上がそちらに持ち込んだ記事の補足です』


『良いですね。実に良いです。VTuberという一見オカルトが関係なさそうな職種の方が、不運な事故で1週間に1人ずつ入院することが4回繰り返されるだなんて、面白い着眼点ですね。胡散臭く聞こえてもおかしくないはずなのに、調べ上げられた情報のおかげでしっかりまとまってます。今日中に良いお返事ができると思いますよ』


『ありがとうございます』


『それでは、私はこの後すぐに編集長にこの記事を5月号に採用するよう交渉しますので、これにて失礼します。お疲れ様でした』


 夏川は昴の記事を気に入ったようで、鼻息荒く会議を終了させた。


 これならば電子版の記事に採用されるだろうと思っていると、昴に獣人スタイルのユキが体重をかける。


「昴~、会議終わったならご飯にしよ~」


「そうだな。もうほとんど昼だし少し早いけど作り始めるか。今日は2人だけだし、パンケーキでも作るか」


「パンケーキ! 良いね!」


 パンケーキと聞いてユキの耳がピクピク動き、尻尾をブンブン振っている。


 ファンタスよりも地球の方が食文化は進んでおり、甘い物が好きだったユキはあっちになかったパンケーキを一度食べて以来、パンケーキ食べたいと3日に1回は言うようになった。


 昴の助けを借りれば、ユキもどうにかパンケーキを作れるようになったこともパンケーキを食べたいとユキが訴える要因の1つだ。


 風華もパンケーキは好きだが、3日に1回食べたいぐらい好きという程ではないから、昴は風華が撮影で出かけている昼にユキの願いを叶えることにした。


「今日は今までで一番上手に焼けたじゃん」


「ドヤァ。お城で厨房に入れてもらえなかった頃の私はもういないのよ」


 (お城とか言っちゃったよ。隠すつもりないだろこれ)


 ユキの中では自分の正体を隠せているつもりなのだが、ボロボロと情報が漏れ出ているからユキの正体はどんどん明らかになっている。


 今のところ、ユキの正体はファンタスで獣人の住まうビスティア王国の王女である可能性が高い。


 自由に振舞って甘え上手なことから、おそらく兄弟姉妹がいて2番目以降に生まれたのであろうと昴は考えている訳だ。


 ユキの正体を完全に暴くのも遠くないかもしれない。


 食事の後、昴がソファーでスマホのニュースを呼んでいる隣では、ユキが昴に体を預けながら昴を邪魔する。


「昴~、午後は会議も外出もしないんでしょ~? 遊んで~」


「…しょうがないな。じゃあ、或斗の所に行こう。用事が終わった後、冒険者双六をやらせてもらえないか訊くからおとなしくしてできるか?」


「する! 私、おとなしさに定評があるよ!」


 (定評があるのはおとなしさじゃなくて騒がしさだろ)


 心の中でそんなツッコミを入れつつ、昴は犬スタイルに変身したユキを連れて上のフロアに行くと、インターホンのボタンを押して昴を呼ぶ。


 事前に部屋に向かうと連絡をしていたから、或斗はすぐに昴とユキを部屋に入れてくれた。


「昴もユキちゃんもいらっしゃい」


「ワフ!」


「ユキちゃんがそわそわしてるね。昴、ユキちゃんが気になる物はこの部屋にあるの?」


「あるみたいだな。まあ、その話は後にするとしよう」


「クゥ~ン…」


 (おとなしさに定評があるとか言ってたのに自由な奴め)


 ユキが最初から冒険者双六の話をしてほしいと思ってそわそわしたとわかったから、昴は元々の予定通りに最初は自分の用事を済ませることにした。


 勿論、今の状態のままユキを放置しておけば、事情を知らない或斗がユキを可愛そうだと言いかねないから、昴はユキを膝の上に乗せて頭を撫でることでフォローする。


 こうすればユキの機嫌も良くなるし、昴に撫でられるのは気持ち良いらしくおとなしくなるから都合が良いのだ。


 ユキが幸せそうにしているから、或斗はそれを見て微笑む。


「昴はユキちゃんと仲が良いよね」


「めちゃめちゃ懐かれた自負はあるぞ。それはそれとして、頼まれてた調査についてある程度掴んだことを報告したいんだが構わないか?」


「早いね。流石は昴。良いよ。聞かせて」


 3日以内で頼んだが、その翌日にはある程度報告できる形まで仕上げて来たため、或斗はパチパチと手を叩いて昴を褒めて先を促す。


 その動作が男性らしくなく、どちらかというと揶揄い甲斐のある男子をいじる女子みたいだったけれど、昴はそれをスルーして話を進める。


「VTuberが不運な事故で1週間に1人ずつ入院してる件だが、現場で集めた情報によると介入の痕跡はなかった」


「非常識な介入ってことは、やっぱり異世界人絡みってこと?」


「その通り。事故の際に被害者は驚いて叫んでいる表情をしていたが、その声は周辺に全く漏れていなかった。ここで常識的じゃないと言える点は、驚かせたと思しき対象がログウィードでは認識できなかったことと、驚いたはずなのに声がしなかったことの2つだ」


「隠密能力の高い種族で、周囲の音を消せる異能を使える異世界人が容疑者として有力だね」


 自分の考えていることを或人が言ってくれたから、説明の手間が省けると昴はニッコリ笑う。


 そして、人差し指を立てて再び口を開く。


「それに加えて、実は被害者4人にはもう1つ共通点があったことに気づいた。その質問とは、昨日の配信でもあった今日は何時に起きたかってやつだ」


「その時間が一致してたの?」


「一致まではしていないが、いずれも午後7時以降に起きる昼夜逆転の回答だった。更にここで不幸でも友達たくさんな人生と幸運でも孤独な人生のどっちを選ぶかという質問がある訳だが、これらが揃うことで思い浮かぶことはあるか?」


「…絞り込めないけど、夜型でVTuberと親しくなりたい異世界人が怪しそう」


 地球とは違って異世界人には様々な種族があり、その中には夜型の種族もいる。


 或斗の父親のヴァンパイアもそうだし、ダンピールである或斗も昼夜逆転こそしていないが、その暮らしの方が体に負担はない。


「俺もその方向で考えてる。今までに地球に紛れ込んで来た異世界人のリストから、それに該当する種族は2つあった。1つ目は或斗もよく知ってるヴァンパイア。2つ目がリッチ」


「リッチかぁ。確か、知性の高い異世界人が寿命をなくして不老になる実験で誕生した種族だっけ?」


「リッチについても知ってたか。リッチは人の道から外れたせいで重力に逆らって宙に浮けるし、人にバレないよう気配や自分の体を消すことも可能だ。ついでに言えば、まだ理由こそ明らかになっていないが、リッチは自分を中心に不運に見舞われやすいらしい。以上のことから、俺はリッチが今回の一件に関与してると睨んでる」


「被害者が血を吸われてないもんね」


 昴が言わなかった根拠は、或斗によって告げられた。


 仮に事件の犯人がヴァンパイアならば、血を吸っていない方が不自然だ。


 血を吸うために襲うならば、種族としての特性を抑えきれなかったとしても頷けるけれど、そうではない理由で襲う必要がない。


「それもある。おそらく犯人は自分が仲良くなれそうな人種として、2つのキャンディーの質問を判断基準に使ったんだろう。襲うためにやったならば、入院しても生きているなんて手口として生温い。狙ったVTuberに接触しようとした時に不運な事が起きれば、4つの事故が起きるのも頷ける」


「ちなみに、異世界管理局の記録ではリッチって何人日本にいるの?」


「1人だ。電話番号や住所が変わってなければ、容疑者と接点を取る前の段階まで事は進んでるぞ」


「本当に仕事が早いね。じゃあ、電話をかけてみようよ。容疑者に連絡する手段があってそれを放置する理由もないし」


「そうだな。この局の電話でかけてみよう」


 私用のスマホで電話をかけても、知らない者からの電話に出る人は少ない。


 それゆえ、昴達は容疑者が知っているであろう異世界管理局の電話からかけてみることにした。

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