第6話 旅の吟遊詩人

 突如として響いた声に、カヴォロスは驚いてそちらを見やる。


 木々の間、森の奥から姿を現したのは、弓矢を番えた一人の青年だった。アルド王国人か。

 肌は白く、彫りの深い顔立ち。アルド王国人の容貌は、竜成たつなりたちの世界でいう西洋人に酷似している。彼はそんな精悍な顔立ちに、艶やかな金色の髪を持つ美丈夫だった。


 格好はと言えば、鍔の広い三角帽子を被り、上は白いブラウスに胸当て。下は飾り気のないズボンという軽装である。


 そんな彼が構える矢の狙いは、カヴォロスへ向けられていた。


「彼女をどうするおつもりか。悪いようにはしません、彼女を放し両手を上げてください」


 どうやら彼は、カヴォロスが結花ゆかを害そうとしている、と勘違いしているようだった。魔族の姿もそれに拍車を掛けているのだろう。


 どうするべきか。まだ人間に対してどのように対応するのかを決めていない中でのこの遭遇は、不運としか言いようがなかった。腕は悪くなさそうだが、人間相手にカヴォロスが遅れを取るはずはない。

 問題はどう誤解を解き、敵意がないことを示すかだが。非常に低い確率に感じるが、好青年を装った物取りの可能性も考えられる。安易に応じていいものか。


 じり、と青年が番える弓矢がしなる。その目はどうやら本気だった。彼女を害そうとするならば、撃つ。

 カヴォロスはゆっくりと結花を地面に降ろし、立ち上がって両腕を上げた。


「私に彼女を害するつもりはない。彼女も眠っているだけだ。確認してもらえるか?」


 青年が弓矢を構えたまま近付いてくるのに合わせて、カヴォロスも一歩ずつ後ろへ下がる。結花の元へと歩み寄った青年が、彼女の様子を確認する。


「……確かに、眠っているだけのようですね」

「わかっていただけたかな?」

「それはどうでしょうか。あなたは一体何者です? その姿、もしや……魔族?」


 青年はこちらをまっすぐに見つめてくる。冷ややかな眼差しはそれそのものが既に射たれた矢のようで、常人ならば目を逸らしたくて堪らなくなるところだろう。だが、カヴォロスとしての矜持とその豪胆さが、青年の視線を真っ向から受け止めた。


「そうだ。名は――竜成。そちらの彼女、結花の護衛のような者だ」


 名乗る際、一瞬の逡巡が生まれた。アルド王国人に対してカヴォロスと名乗るのは憚られたからだ。それこそ、名乗った瞬間に矢を放たれてしまう。


「護衛?」

「ああ。魔族が人間の護衛では不満かな?」

「そういうわけではありませんが……。なるほど、嘘を付いているようには見えませんね。いきなり矢を向けてしまった無礼、お詫び申し上げます」


 と、青年は矢を降ろし、深く頭を下げた。


「私は旅の吟遊詩人をしております、エルクと申します。お二人とも、アルド王国の人間ではないようですが……。一体どちらから?」


 エルクと名乗った青年の問いに、カヴォロスはどう答えたものかと思考を巡らせた。

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