アイズwithスターダスト 〜神聖力(エーテル)に愛された神の継承者〜

優陽 yûhi

第1話

 我が物顔で空を飛び交い、勇者パーティーを見下す魔王軍……

 その数、千!


 一見いっけんすると人の様にも見えるが、肌の色は青っぽく、頭から角、背中に羽の生えている者も居る。


 眼下には息も絶え絶え、ボロボロの勇者パーティー5人。

 帯同した3万もの騎士団は為す術もなく、蹂躙じゅうりんされ壊滅寸前。

 物言わぬしかばねが無数に散らばっている。


「ぐうぅぅっ……魔王が、これ程強いとは……アイナ!ヒール!ヒールを!」

 いいようにやられ、自分の力が、まるで通用しない事に怯え、逃げ腰の勇者セシルが、顔を歪め聖女アイナに向かって叫ぶ。

「もう魔力が残ってないわよ……姫様はどこ?助けて……」

 消え入りそうな程小さく震える声で、岩場の影に隠れている聖女アイナ。


 魔王軍が王都に向かって進軍しているとの知らせを受け、撃退すべく盛大な見送りを受けながら向かった、勇者パーティーと魔王討伐隊。


「あの勇者パーティーで、本当に大丈夫なのか?」

「いや、全員、腕は確からしいぞ」

「しかし、我儘わがままで自分勝手……

 贅沢し放題……やりたい放題らしいじゃないか?」


 盛大な見送りだったにもかかわらず、勇者パーティーの評判は、すこぶる悪い。

 そして、残念な事に、そんな人々の不安は当たってしまう。

 帯同した騎士団も、今や数える程しか残っていない。


 そんな騎士団の最精鋭に囲まれて、ハルステイン王国の王女フィオナが居た。


 キラキラと輝くブルーがかった髪、透き通る様な白い肌に、少しだけピンクがかった紫色の瞳。

 その美しさに誰もが心を奪われ、

 平民にすら気さくに接する性格もあって、国中から愛されている王女、それがフィオナだった。


 聖魔法を得意とするフィオナは、人一倍正義感が強く、少しでも討伐隊の力になりたい……

 そんな思いで、父王を始め皆んなの反対を押し切り、討伐隊に参加していた。


 考えが甘かった自分への後悔……そして絶望……


 誰もが息を呑む程の美少女は、見る影もなく、涙と土埃でグシャグシャになった顔で

「ヒール!」「ヒール!」「ヒール!」

 叫にも似た声で、傷ついた騎士達に回復魔法を掛け続ける。

 この王女、勇者パーティーの聖女よりも遥かに魔力量が多い様だ。

 だがそれも尽きかけている……


「お前が勇者?”魔王がこれ程強いとは〜♡ “って言ったのか?

 俺様が魔王? ガーハハハハハッ!勇者がこれほど弱いとはな〜!

 下等な人族共が我ら魔族に勝てるとでも思ったのか?」


 勇者に魔王と呼ばれた魔族……その名はゴッズ。

 3mをゆうに超す身長。立派な角に、額にはもう1つの目が有り、計3つの目を持つ。

 腕は2対4本。羽は生えていないが、魔力で優々と浮かんで勇者を見下している。


 しかし、この魔族は、千の魔王軍のリーダーでしか無い。

 魔王軍の最前列で薄笑いを浮かべる。


「ヒィーリ……」

 フィオナが言いかけた瞬間、突如として目前に現れたゴッズに抱えられ、上空に連れさらわれた。


「クックックこの娘が姫?この娘を殺ったらこれで終わりか……? 

 後は、本隊が、ろくに騎士も残っていない王都に攻めるだけ?

 こんな作戦必要だったのか?人族、弱すぎじゃね?」

 そう言いながら、フィオナの首に剣を突きつける。


「離れろ!無礼者!姫を離せ!」

 王女を先頭で守っていた騎士団長のマイルが叫ぶ。


「離して欲しければ降伏しろ! 何て言うと思うか?バーカ!

 クックックッ……皆殺しに決まってるだろ?先ずはこの姫から……」


 と、言い終わろうかというその時、ゴッズの身体の横を光が通り抜けた。


「あああっ……ゴッズ様!」

 魔王軍副官のザッシュが叫ぶ。


 あれっ?景色がゆっくりと回る?遠ざかってく物……あれはオレの体?

 ゴッズは薄れゆく意識の中で、光の粒となって、消えていく自分の姿を見ていた。


 今の光に身体を両断されてしまったのか……?

 だが不思議と痛みを感じる事は無かった。

 やがて意識が途絶え、その頭も光の粒となり消えていく。


 ゴッズを両断した、その光が騎士団の元に届く。

 輝く光はスピードを落とすと、薄らとした人影となり、土埃を上げながら、ふわりと着地。

 立ち込めた土埃が晴れると、そこには黒いロングコートを風にはためかせ、フィオナを抱いた少年が立っていた。


 サラサラと白銀の髪を風になびかせ、吸い込まれん程に透き通ったサファイア色の瞳。

 瞳の中には沢山の小さな光の粒が煌めいている。

 それはまるで夜空に輝く銀河の様で神秘的だ。

 胸にはその瞳とよく似たサファイア色のネックレスが輝いている。


 眩しい程に整った顔立ちをしているものの、余り感情を表に出さないその顔からは、一見すると冷たい印象を受ける。


 その美しさにフィオナは目が釘付けになった。

 なんて綺麗な顔……そしてその瞳。

 でもどこかで会った事がある様な?懐かしさを感じる……


 男だが中性的な整った顔立ちは、美しいと表現するのが一番適しているだろう。

 身長も180㎝近く有り、その冷たく見える顔もあって、少し大人びて見える。

 その少年の名はアルティス……15歳。


 フィオナをそっと降ろす。


 何が起きているのか分からず、狼狽うろたえ固まる魔族達……


「姫っ!今です!一旦、引きましょう!魔王軍が混乱している今しかチャンスはありません!」

 引きっつった声で騎士団副団長のキースが叫ぶ。

「逃げられない……この力の差……奴等は直ぐに正気を取り戻す……逃げるのは不可能だ……」

 騎士団長のマイルが肩を震わせ呟やく。


「あっ、あの……」

  すがる様な目でアルティスを見上げるフィオナ。

 この少年なら、この状況を何とかしてくれるのでは?根拠は無いのに何故かそんな風に思える。


 ”ニコッ“フィオナに向かってアルティスが微笑む。

 冷たく見られがちなその顔が、笑うと可愛らしい少年の顔になる。

 その顔には優しさが溢れている。このカオスの中でなんとも落ち着いたその表情。

 何も言わないアルティスだが、安心して……と言わんばかりの、その笑顔に思わず涙が溢れた。


「この剣をお使い下さい」

 両手に武器どころか、何も持っていない丸腰のアルティスに、装飾はそれほど多くは無いが、目を奪われる程、美しい剣を差し出すフィオナ。


「ちょっ……姫!いつの間に……それ俺の聖剣!」https://f1-gate.com/

 剣を横に置いて、へたり込んでいた勇者が慌てて走ってくる。


「あなたの剣ではありません!これは父王がに預けた剣!

 逃げてばかりで、まともに戦おうとしない、そんな人に預けた物ではありません!」


 もう一度アルティスに剣を差し出すフィオナ。

 しかしアルティスは必要無い……と言う様に顔を横に振る。


 そして肘を曲げながら、右腕を水平に胸の前に出す。

 円を描く様に指先を頭に移動させると、そこにはギラギラとシルバーブルーに光り輝く剣が握られていた。


 アルティスは魔族達の配置を確認する様に、首を振り空を見回すと、ふわりと空に浮かび上がり、見る見る加速していく。


 “ドンッ、ドンッ、ドドドンッ!“ 加速する度、空気とぶつかり、その衝撃によりアルティスの飛んだ跡には、丸い波紋が幾重にも連なる。


 アルティスの身体に青白い炎が纏う。更にスピードが増し、その炎が白銀の輝く光になるまで、数秒と掛からなかった。


 魔族の中をその光が駆け巡る。

 それだけで、魔族の身体がバラバラと切り裂かれていく。


 なす術もなくアルティスの光り輝く剣に体を切り裂かれ落ちていく魔王軍。

 魔族逹は霧の様にキラキラと輝く光の粒となって消えていった。

 本来、魔族だろうと何だろうと、切り付けられれば血が飛び散り、刻まれた肉片が残る。

 不思議な事に、アルティスの輝く剣にかかった魔族は、光の粒となり静かに消えていく。

 何故か苦痛に顔を歪める魔族はいない。安らかな顔をしている。


 1千もの魔族達が、目の前から消え去る迄、数分と掛からなかった。

 空中で静かに立ちつくすアルティス。

 ゆっくりと体を横に1回転させる。

 冷めた様に少し目を細め、魔族がいなくなった事を確認すると、縦に1回転しながらフィオナの元に静かに降りるアルティス。

 シルバーブルーに光り輝いていた剣がすっ……と消える。

 息も切らさず、散歩でもしてきたかの様に、涼しげな顔で黒いロングコートだけがはためいていた。


 何が起こっているのか理解出来ず“ポカン”と眺めていたフィオナと騎士団。

 フィオナは我に返り、その傍へ駆けつけた。


「お助け頂きありがとございます。その……あ……あなたは一体……?」

 “ん?” 振り返ると先程助けた少女が立っていた。そうだ……アルティスは思った。

 今じゃネ?今こそ特訓の成果を試す時…… 息を1つのみ込み、心を落ち着かせ…… 両の手を頭の上、頬を少し赤らめ頭を斜めに、にっこり!

「ぼ……ボクはアルティス。人間ニャン♡」

 アルティスが可愛らしく微笑む。

 完璧だ!完璧に決まったんじゃね?

「…………」「…………」「…………」「…………」

 あれっ?あれれれっ……なんか変な空気が……流れている?


 みるみる顔が熱くなるアルティス……

 そこにはもう冷たそうで、大人びた少年は居なかった。

 ゆるキャラ2頭身にしか見えない……

 ジジイ〜騙したな?



 *************************


「ぶっわっーはははは!

 アルめ、あやつ本当にニャンと言いおった!」

 仰向けになり足をばたつかせ、涙を流しながら大笑いしている白髪白ひげの老人。

 遥か遠い空の彼方……神界から心眼でアルティスの様子を見ていた。

「創造神様!威厳が無さすぎです……」

 ため息をつきながら肩を落とす女神ミリア。


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「のうアルよ」

「のあ〜に?じいちゃん?」

「まもなく人間界に戻るんじゃろ?」

「あと1ひとつきで15歳だよ? じいちゃんの言いつけ通り、これ迄待ったからね……」


 5歳の時に、この老人……創造神に拾われ神界で育てられた。

 人で有るにもかかわらず、生まれて直ぐに、神聖力……エーテルと呼ばれる、光り輝く粒が宿ったアルティス。


 元気な産声に導かれる様に、1粒の光りが吸い寄せられ、その赤子に取り込まれる。

 その一粒は、やっと宿主を見付けたとばかりに、心地よい喜びに満たされる。


 その感情が、彷徨い漂っていた全宇宙のエーテルに伝わる。

 一瞬にして、とてつもない量のエーテルが、時空を飛び越え、その赤子に集まり、宿る。


 目が開けられない程輝く赤子に、動揺する両親達。

 暫くすると、その輝きが消え、周囲は落ち着きを取り戻す。

 夜空に輝く星々の様に、瞳が小さな粒で満たされ、輝いている事に気付き、驚くのはこのすぐ後だった。


 いつの間にか、その胸には、赤子の瞳そっくりなペンダントが輝いていた。

 何がどうなっているのか?突然現れたペンダント。

 どうやっても、この赤子から引き離す事は出来なかった。


「う〜〜ん、想定外じゃの〜 何と1人の赤子に、ほぼ全ての力が宿ってしまうとは……」

 こんな強大な力に、赤子の身体も心も、耐えられるはずが無かった。

 そこで、創造神は、その赤子に1つの星が、すっぽり入る程の容量を持つペンダントを持たせ、

 エーテルが、自由に行き来出来る様にして、大半の神聖力をそちらに逃した。

(取り敢えず暫くは何とかなるじゃろ?)


 神の力を授かり、星が輝くサファイアの瞳を持ったアルティスの誕生だ。

 胸には、その瞳そっくりなペンダントが輝いていた。


 心を持つ神聖力……エーテルを宿し、それだけでも、とてつもない潜在能力を得たアルティス。

 エーテルと遊び、その中で、いつしか、人の目では追えない程の身体能力を得、

 エーテルから学び、真似る事で、有り余る魔力の使い方を覚えた。

 5歳になる頃には、人外とも思える程の力を持っていた。


 10年にも及び神々の下で暮らし、磨かれたその力は、

 既に神の域すらも超えているのではと、創造神の下に集う12柱の神々は囁く。


 15歳の成人を機にアルティスは地上へ……故郷の国へ帰る事になっていた。


「で、じゃ…… 正直お主は目つきが悪い。それでは人々に好かれまい」

「創造神様!アルは目つきが悪い訳ではありません。

 あまりに透き通るサファイア色の瞳が、アルを冷たそうに見せてるだけです」

 そう言って庇うのは、女神のミリア。

 幼いアルティスの面倒をみて育てた、母でもあり姉の様な存在。


「それにしてもじゃ、それでは人々に好意的に受け入れてもらえんじゃろ?

 そこで秘策があるんじゃが……」

 真剣な顔つきで言う。


「人間は可愛い獣人が好きじゃろ?特に猫耳猫族が好かれておる。

 猫族の真似をしながら、彼等の様に、何々ニャンと語尾に付けるのじゃ。

 さすれば、お主は皆から笑顔で迎えられ、可愛がられるじゃろう……」


「まじか……?」

「ちょっ……アル!」

 何か言おうとしたミリアの口を創造神が手で塞ぐ。


「それでは早速やってみるのじゃ」

「分かった!」

「違〜〜〜う!“分かったニャン”じゃろ!」

「わ、分かったニャン……」顔がみるみる赤くなる。

「照れるでない!そして可愛くじゃ!

 猫耳の様に手を頭の上に乗せ、顔を斜めに、にっこり笑顔で!」

「わ、分かったニャン♡」顔から火が出る。

「クックッ……」

「じいちゃん?どしたの?肩が震えてるよ……」

「え〜い!集中せんかい!」

 創造神の特訓?はアルティスが、ゆるキャラ2頭身化する迄続く。


 ************************


 アルティス……それは忘れたくても忘れられない名前……あのアルティス?……私の……


「あの……アルティス……様?

 魔王を瞬殺してしまう貴方は何者なのですか?」

「魔王?あれ魔王じゃないよ?ただの魔族でしょ?弱すぎ」

 猫真似はやめた……

「あの?普通に喋れるんですね……?」

 恥ずかしそうに頭をポリポリ掻くアルティス。


「えっ?でも、あの私をさらった魔族は、魔王ではないのですか?」

「弱すぎ……雑魚」

 弱すぎ?勇者パーティが、なす術無くやられた……あの恐ろしく強い魔族が雑魚?


 何をどうやったら、あんなにあっさりと魔族を殲滅出来るの?

 理解の遥か上をいくアルティス。


 今、目の前で起きた、この出来事を、どう理解したら良いのか分からない……

 ただこの少年の強さが、規格外だと言う事だけは分かる。


「ねえ、ハルステインの王都ってどっち?」

「王都に行かれるのですか?北東150km程行った所です」

 山の向こうを指差す。

 その指差された方をジット見つめるアルティス。

「ああ、この大勢の人の気配が有る所か……うん、分かった。」

 アルティスは気配を感知する事が出来る。

 この国の広さ程なら、地の果てまでも。


「ありがと、じゃっ!」

 そう言うと空中に浮きかける。


「あのっ!“じゃっ!”じゃなくて、ありがとうは私が言うべき……

 それに……貴方の事もっと……そう! お、お礼もしなくては……父……王にも貴方の事、魔族の事、報告が……」

「王?君のお父さん王様なの? えっと……俺のじいちゃん神様!」

「???貴方は神様のお孫様?それであれ程の力が?」

「ウソ」

「へっ?」

「ハハハッ……全くのウソって訳でも……

 う〜ん…… あのね、5歳の時に創造神のじいちゃんに拾われて、孫の様に育ててもらった……みたいな?ま、そんな感じ」

「ご……5歳の時? やっぱり貴方は……」


「そんじゃっ!」

 2〜3ぽ歩き、飛び立とうとし、何かを思い出したか、ふいに振り返るアルティス。


「あれ?君、王女様?  もしかして、ヒナ?」

「ヒナじゃなくてフィナ! フィオナです!

 ……って…… 私の事知ってる?私をヒナって呼ぶのは唯1人……

 やっぱり貴方は……5歳のお披露目会で、“姫様……ヒナって言うの〜?可愛い〜〜♡

 僕のお嫁さんになって〜”って、いきなり抱きついてきたアル?

 何度フィオナだって言っても、私の事“ヒナ”って呼んでた……

 やっぱり貴方は私のアルティス?」


「………………」

 顔は分からなくなっても抱きつかれた事は覚えてるのね……

 まあ、最も10年も経てば大人の顔にもなるし……でも“私のアルティス”って言った?私の?


「あのすぐ後、貴方は行方不明に、貴方を探しに出たフェイト伯爵……貴方のご両親一行までも行方知らずに……

 あの頃、既に人外とも言える程の力を持っていた貴方は、更に神界で神様のもとで育てられ、その力が更に磨かれた?それであれ程の……?」


 フィオナは、10年前のお披露目会を、走馬灯の様に思い出していた。


 ************************


 間も無く、お披露目会が始まろうかという時。

 5人の取り巻きに囲まれた、バンジャラス伯爵の嫡男コーリンが、下級貴族の子供を怒鳴りつけていた。


 コーリンは弟のお披露目会に付いてきた、アルティス達より7歳上で12歳になる少年だ。

 そして怒鳴られていた子供は、男爵家の嫡男カイル。


 お披露目会をとても楽しみにしていたカイルは、少しはしゃぎすぎていたのか、よそ見をしながら廊下を走っていて、コーリンにぶつかってしまった。


 もちろん吹き飛んだのは、小さい身体のカイルの方だったのだが。

 その勢いでコーリンもよろけてしまい、石柱に擦って少し服が綻びた。


 それに腹を立て、怒鳴りながら転んだカイルを更に蹴り飛ばした。

 体格差も有り、吹き飛ばされるカイル。

 運悪く石柱の台の角に、頭を強く打ちつけたカイルは、頭から大量の血を吹き出

 し、ピクピクと痙攣けいれんしたかと思うと動かなくなった。


「な、なんか息してね〜ぞコイツ……」

 コーリンの取り巻きの1人が、カイルを覗き込み、消え入りそうな声で、顔を青くしてそう呟いた。

 打ち所が悪かったのだろう。


「なんて酷い事を……直ぐに助けなくちゃ……」

 幼いながら天才と呼ばれていたフィオナは、既に回復魔法が使えた。

 上のバルコニーから、その様子を見ていたフィオナは、慌てて駆け降りようとして立ち止まる。

 何故なら、その時、目を疑う様な光景が入ってきたからだ。


「息をして無いだと?そんなはずは……」

 そう言うとコーリンは動揺した様子で、倒れているカイルの胸ぐらを掴み、起こそうとした。


 しかしその手はカイルを掴む前に、身体ごと何者かに片手で吹き飛ばされる。

 誰もいなかったはずのカイルの横に、自分の弟と同じ歳ぐらいの男の子が、忽然と立っていた。

 それがアルティスだった。


「この無礼者!」

 無礼も何もこの2人は階級的に対等だ。


「自分より身分が低かったら、何をしても良いの?」

 詰め寄るコーリンとその取り巻きにそう言うと、無表情に凍りつきそうな冷たいサファイア色の瞳で、静かに見据える。


 静かなのだが、説明しようの無い威圧感に、コーリン達は凍り付き、動けなくなった。

 その者には近づいてはいけないと、本能が告げているからだろう。


 身体に力が入らなくなったコーリン達は、コテッと尻餅をつき股間を濡らし、そのまま後ずさる。


 コーリン達が近づかない事を確認すると、カイルを振り返り、その手を頭にかざした。


 少し離れているので、はっきりとは見えないのだが、アルティスの身体が光だした様に見える。

 その光はアルティスの手からカイルの頭に流れ込んでいる様だった。


「ゴホ、ゴホッ!」

 咳き込むカイル。

 息を吹き返した様だ。

「ふぎゃあ〜ん!」

 その泣き声に、何事かと人が集まり出した。


「ねえ〜ねえ? それ、恥ずかしいんじゃな〜い?」

 ニヤニヤ自らの股間を指さしながら、悪い顔をしてアルティスが言う。

「それに大人の人達も集まり出してきたよ、大丈夫?」

 顔を真っ赤にしてコーリン達は、その場から逃げ出した。


「何?何? すごい、すごい! 何なのあの子?いったい誰?」

 フィオナの顔が薄っすらピンク色に染まっている。


 5歳にして、早くもヒールが使える様になっているフィオナ。

 皆んなから天才だと言われていたが、あの男の子とのレベルの違いはフィオナにも良く分かる。

 怪我をした子は、一時息をしていなかった様なのだから……


 魔法なの? 神の御業みわざとしか思えない。

 目で追う事さえ出来ない動きの速さ。

 そして自分よりずっと大きな少年を軽く吹き飛ばすあの力!

 それでいて尚、動揺する事が無い、あの落ち着いた雰囲気…… あの子……


 ************************


「あの……本当にヒナ? ちょっと、その顔、綺麗にして良い?」

 そう言うと答えも聞かずに、フィオナの顔に手をかざす。


 アルティスの手から大量の水が噴き出しフィオナの顔にドット掛かる。

 魔法?無詠唱?

「どわ〜〜っ!ごめん!」

 めっちゃかけ過ぎた。

 慌ててもう一度手をかざすと、暖かい風がフィオナに纏い、瞬く間に髪や服まで乾く。


 汚れが落ちた顔は、疲労で少しやつれてはいるものの、息を飲む様な美しさが戻っていた。


「あっ本当にヒナだ!」

 愛らしかった少女の顔は、大人になりかけ、眩しいほど美しく成長していた。

 確かにこの顔はフィオナだ。


「ヒナっ!」

 いきなり抱きつくアルティス。

 5歳の時とやる事一緒かよ?


「離れろ!無礼者!姫を離せ!」

 騎士団長のマイルが叫ぶ。

 あっ、魔族に言ってた事と同じこと言われた……


「良いのです!マイル…… アル離して!」

 良いの?悪いの?どっちだよ!?

「アルティスは私の婚約者だった人なの!」

 そう言いながらフィオナは顔を真っ赤に染めていた。

「えっ?婚約者? うん? 知らんぞ? それで……だった?いつたい何んの事だ?」


「あ、あのっ!詳しい話は又……それより、貴方が私の知るアルティスだったら……

 この怪我人達を治せるのでは?」

「その必要は無いと思うよ?」

「な……何故?」

「見て」

 空を指差すアルティス。

 空からは沢山のキラキラ光る粒が、ゆっくりと流れ落ちて来ていた。。

「あれは……」

「女神の癒しってやつだね? 神は本来、あまり地上の出来事に干渉しないはずだけど……先を急げってさ」

「あの……でしたら私を一緒に王都まで連れて行ってもらえませんか?」

「連れて行く?」

「貴方は空を飛んで行くのでしょ?先程は私を抱いて尚、物凄い速さで飛んでましたよね?

 王都ではさぞ心配して、知らせを待っていると思うのです。一刻も早く戻りたいのです。

 どうか私を王都まで、一緒に連れて行って頂けないでしょうか?」

「ヒナは飛べないの?

 連れて行くのは良いけど?むぎゅーってしないとだよ?落ちたら危ないからね?」


 人は普通飛べないよ。高位の魔法使いなら浮くくらいは出来るけど?


「むぎゅーではなく、そっと優しく、ふわーっとでお願いします。それと悪い顔になってますけど?」

「ソ・ン・ナ・コ・ト・ハ・ナ・イ・ヨ、フィオナ」

「あっ、フィオナって呼べるじゃん……」


 フィオナをそっと抱きかかえるアルティス。

 フワッと空高く浮かぶと、“フッ…… ” 騎士団の視界から一瞬で2人の姿が消えた。


 フィオナの見ていた景色が一瞬で変わる。何と王都の上空に居た。


「えっ……?あっ……な、何?」

「ん?着いたよ?此処で良いんだよね?」

「え、え〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!」


「人族で言えば転移魔法?空間魔法みたいな?」

「イヤイヤ、人族って……人も魔族も、そんなこと出来るなんて話聞いた事ない……」

 大昔の大賢者様が造った、大掛かりな魔道具で、隣国へは行き来出来るけど……


「あっ、じゃ俺、獣人猫族だから?行きたい所がちゃんとイメージ出来れば、どこにでも行けるよ」

「猫族もそんな事出来ない!……って……いや貴方、人族でしょ?……ま、まさか本当に猫……じゃなくて神族なのですか?」

「ハハハッ…… まあ、これ出来なければヒナ助けるのに間に合わなかったし……

 細かい事は気にしないよ?」


「……………………」

 確かに今は取り敢えず考えない方が良いのだろう……

 フィオナは考える事を放棄した。


「あそこが王城だよね?」

「うん……」

 フィオナの指示で王城の広いテラスに降りると、あっという間に騎士達に囲まれてしまう。


「何者だ!? あっ姫っ? 貴様!離れろ!無礼者!姫を離せ!」

 あっ、またまた言われた。

 そっと優しくフィオナを下ろす。


 フィオナが、怪しい人じゃ無いの、と言う代わりに、アルティスの腕に自分の腕を絡めた。

「な、腕を離さんかフィオナ!誰じゃそいつは、結婚は許さんゾ!」

 結婚?何を言ってるの?めっちゃ狼狽え、叫びながら鼻水を垂らして、オッサンがやって来た。


 何処かで見た事あるな?

 あ、思い出した。この顔、確かリヴァルド王だったよな……

 このオッサン威厳のかけらも無いな。

 まあ、うちのじいちゃん……創造神も威厳とは無縁だけど……


 フィオナが、事の顛末を、リヴァルド王を始め、そこに集まった皆んなに説明していた。


「お前がアルティスなのか?生きておったのか?」

 リヴァルド王が呟く。


アルティス?とは?」

「ん?お前フィオナから、まだ何も聞いておらなかったのか?10年前のお披露目会……

 あれは、フィオナの婚約者を決める、大事なイベントでも有ったのだ。

 その日の夜に、国の重鎮が8人程集まり、フィオナの希望もあってな、お前との婚約が決まったのだよ。

 まあ、お前には未だ言わん方が、良いだろうと秘密にしておったのだがな……」

「べ、別に私の希望とか……」

 横でフィオナが顔を真っ赤にしている。


「マジ〜〜!?」

 アルティスの顔が弾ける。

「イヤイヤ、それは昔の話。 とうに婚約は解消されておる。10年も行方知らずだったのだから当然であろう?」

「オーマイゴー!」

 ゴットはじいちゃんだけど……

 ガクッと項垂うなだれるアルティスだが、ふと1人の騎士を見つめる。


 無表情でツカツカとその騎士の目の前まで来ると、ギョッとしている騎士の胸を、躊躇なく光り輝くあの剣で貫いた。


 皆んなには、速すぎて、手で貫いた様にしか見えなかっただろう。

 そしてその手にはもう剣は握られていない。

 代わりに小さな瓶を握っていた。


 周りの騎士達が慌てて剣を抜き、アルティスに向けたその時…… 

 “ギョワ〜!”まるで人とは思えない様な叫びをあげ、一瞬その騎士の後ろに魔族の様な姿が2重に浮かび上がる。

 騎士に化けていた魔族は光の粒になって消えた。


 周りに集まっていた人々は、何が何だか分からず、呆気に取られて言葉も出ない。


「あいつからは人じゃなく魔族の匂いが……そして懐に隠し持っていた、この瓶からは猛毒の匂いがしたよ?

 俺が見てることに気付いて、瓶に手が行き、動きが怪しかったから……

 やっぱ魔族だったね。オレめっちゃ鼻が利くんだよ」

 猫だから?


 瓶を手渡されたリヴァルド王は、手に取るといきなり開けようとする。

「あっ、開けちゃダメ!その瓶一本で、この王城の全員を殺せる程の、揮発性の猛毒だよ」

「ま、まさか……王城の騎士に魔族が紛れていると?そしてこの瓶の中身がそれほど強い毒だと?」

 と言いつつ、また無意識に瓶に手を掛けようとする……


「だから!触んなよ、オッサン!」

「誰がオッサンじゃ!」

「すみません オ・ト・ウ・サ・マ……」

「お、お、お父様!!!」

 頭から盛大に湯気が上がるリヴァルド王。

 このオッサン面白い。

 あっ、でもフィオナの冷たい視線が怖いのでもうやめよう。


「君に助けて貰った事は良く分かったが、少し不敬が過ぎるのでは無いかね?」

 誰だこのハゲは?

「フィオナ、このハ…… この人誰?」

「私はハルステイン王国の宰相ハーゲンだ」

 ハーゲンだと?まじ?その名前?


「ハーゲ……ハゲさん? 今まさに猛毒で全員殺されかけたと言うのに、不敬?そんな事言っている場合じゃないんじゃない?

 俺の感知では、この王都には数十人の魔族が入り込んでるみたいだよ?」

「そんなまさか……」

「この王城にすら、まだ他に何人かの魔族の気配を感じるよ。 あれ?貴方の頭からも何やらおかしな気配が……」

「何を言う!これはだだのハゲじゃ!」

 顔を真っ赤にして否定する。

 ブブブッ!面白いこのハゲ!


 あっ、やばっ、フィオナが肩を震わせ、真っ赤な顔で睨んでる。

「プププッ……」 って、何だ笑いを堪えてたの?


「そして、私はハゲではなくハーゲンじゃ!」

 うん知ってる。さっきそう言ってたもん。


 リヴァルド王は聞いているのかいないのか?肩を震わせ後ろを向いている……

 うん……オッサンも笑いを堪えてるのね?


「あっ……」

 ボーッとリヴァルド王を見つめるアルティス。

「なっ……なんじゃ?」

(//∀//)王よ何故顔を赤らめる?

「アルティス? ねえ?アル?」

 フィオナの話し方が敬語からタメ口に……少しずつ時を戻す様に変化していく。

「えっ何?」

 猫は最初からタメ口だ。

「どうしたの?ボーッとお父様を見つめて?」

「いや?オッサンの顔とか見てないけど?」

「誰がオッサンじゃ!」


「ちょっと、嫌な情景じょうけいが目に浮かんだ……

 北の方の砦に、魔族が押し寄せて来ているよ?

 さっき戦った数とか比べ物にならない……数万は居るかな?こっちが本命だったんだ?」


「な……何故その様な事が分かるのだ?」

「この国の広さ位なら、国中の気配が、ほぼ全て感知できるよ?

 心眼でそこをおぼろげに見る事もできるし?

 あっ、まずいな?今にも砦が魔族の手に落ちそうだ」

「北の砦……あそこには今、余り多くの騎士は居らんぞ。南西の魔王軍討伐に大部分を割いたからな。

 もし、あの砦が破られれば、今王都を守っている戦力は、千人程しか居らんのだ……」


 顔を青くするリヴァルド王。

 砦が破られ、王都に数万もの魔族が押し寄せたら、ひとたまりも無い。


「心配しなくても良い。ヒナを俺にくれると約束するならば……全て解決して見せよう」

 鼻の穴を広げながらドヤ顔猫が言う。


「……ヤダ…………やらない……」

 リヴァルド王が呟く……

 えっ?ヤダって言った?国民の命よりフィオナが大事?

 困った王様だ…… 良いからフィオナくれよ?


「アル?急に偉そうなんですけど……」

「冗談言っている場合じゃ無いな……おっぱいの大きな可愛い女の子が危ない。

 たった1人で、防御障壁を張って、頑張っているけど……」


「おっぱいの大きな可愛い女の子って、まさかソフィヤ? おぼろげって言ってたけど、そこまで分かるの?」


 北の砦を守っている騎士団に、女の子はそう多くは居ない……

 心配そうに顔を歪まがせるフィオナ。親しい友人の様だ。


「少し霞みはするけど、大体の様子は分かるよ?

 うんっ?他に騎士とか誰もいない?ああ、地下に避難してるのか?

 皆んな大怪我しているな……息の無い者も大勢。

 待ってろ、おっぱい!今行く!」


「無理じゃ……もう間に合わん……」

 膝から崩れ、震えながらハーゲンが呟く。

 そんな言葉に見向きもせず、アルティスはバルコニーから、空に舞い上がる。

 そして次の瞬間、皆んなの視界から〝フッ〝と消えた。


「大丈夫、絶対間に合います」

 フィオナが言い切る。

「いくら……何でも……到底……間に合いますまい……」

 声も絶え絶え、絶望に震えている。 ソフィアは宰相ハーゲンの娘だった。

 ウソ?マジ?美少女だぞ?似てないのだ。


「砦までどれだけ離れていようと、必ず間に合います!

 瞬きしている間に、私は戦場から150km離れた王都に居ました!

 今頃もう砦を見下ろしてる頃……」

「そんなまさか?」

 ハーゲンは祈る様に空を見上げた。


 ************************


「ネエ?おっぱい少女。

 もう障壁張らなくても大丈夫だよ?十分頑張ったから後は俺に任せて」

「えっ? あれ? 貴方は? おっぱい少女?私? あれれれっ?」

 思考が追いつかないソフィヤ。

 ソフィアは驚いた。

 ここにはもう誰もいないはず?


 いつの間にか、横にサファイア色の瞳の少年が、静かに立っていた。

 前方を見ると、魔族の全ての攻撃が、広範囲に光の壁に跳ね返され、防がれている。

 日が暮れて暗くなった夜空が、眩しい程の光の壁。

 信じられない光景が広がっていた。


 50人もの魔導師が張った障壁でも防ぎきれず、多くの犠牲を出してしまっている。

 今はソフィア1人で、ボロボロになりながらも抵抗していた。

 それを……澄ました顔をして、世間話でもしているかの様に、私に話しかけながら?


「それにしても魔族逹多くね?朝から何も食べてないから、もうお腹ぺこぺこ。さっさと片付けて早く帰ろ〜〜」


 片付ける?何を?この魔族達?

 ソフィアは混乱した。

 アルティスの身体が光り出し、その光る手を此方にかざす。

 その光に包まれるソフィア。

 あっ……とっても暖かい……

 そう思ったら身体中傷だらけだったはずが、痛みが消えている。

 そして何故か魔力まで回復してる様だった。

 手を見てみると、やはり傷は跡形も無く消えている。


 この少年が治してくれた?

 そうとしか思えない……でもどうやって?

 回復魔法だとしても何の詠唱もない。

 何故か自分の魔力さえ回復している。

 こんな聖魔法、聞いた事もない。

 何が起きているのか分からない。

 ソフィアは考える事をやめた。

 今はそれどころでは無い。


 気付くと何故か横が眩しい!

 見ると少年の放つ光が更に増し、身体全体が銀色に眩しく輝いていた。


 そして魔族の長い隊列に向けその手をかざす。

 すると、魔族の足下に大きな魔法陣が、幾重にも浮き上がり、数キロに渡って青く光出す。


 やがて目の前に出来ていた障壁が消え、魔法陣から幾何学模様を纏ったドームが浮かび上がり魔族を包囲している。

「よし、これで外には漏れないかな?」

 そう言うと、アルティスのサファイアの瞳が、銀河の星々の様に輝く。

 それに呼応する様にドームの中に、明るい光の粒が、小さな飴玉程の大きさで、無数に浮かび上がる。


 「殲滅アナイアレイション」指をピンと鳴らすのを合図に、無数の光の粒は、ギラギラ光りながら超高速で動き出し、次々と魔族を貫いていく。


 直進して線を描き、静止して光る粒になる、そして又、光の線になり魔族を貫く…それを繰り返す。

 大きな音をたてるでもなく、ドームの中は、無数の線香花火が現れたかの様に煌めく。


 光に貫かれた魔族は、霧の様に光の粒となり、ドームの中は更に煌めきを増す。


 血や肉が飛び散らないとは言え、魔族を殲滅しているのだ。これは残酷な景色なのだろう。

 しかしその光の美しさに目を奪われてしまう。

 夜なのに昼間の様な明るさに、高まる胸を抑え切れない。

 そして目の前は眩い白に染まる。


 10分程経っただろうか?光の輝きは徐々におさまる。

 視界が回復してくると、先程まで埋め尽くされた魔族の姿は一切消え、静寂に包まれていた。


「光は外に漏れて無いよな?うん……」

 キョロキョロ周りを見渡すアルティス。


「おっぱいの子……

 地下の皆んななの所に案内してくれる?」

「おっぱいの子じゃありません……」

 顔を赤らめながら、小さな声で抗議するソフィア。

 あのドームは、光を外に出さない為?魔族以外に被害を出さない為の障壁なのだろうか?

 それにしても何故地下に人がいる事を知っているのだろう?


「あの?可愛い?おっぱいの子?」

「可愛い……を付けられても……じゃなくて、おっぱいから一度離れて…………私はソフィアと申します」


 可愛いと言われ、更に顔が赤くなる。

「ボクはアルティス、人間ニャン♡」

 ……ポカン?とするソフィア。

 ソフィアにも「人間ニャン♡」は効かなかった。

 創造神が腹を抱えて笑っている姿が目に浮かんだ。“ チェッ……”


 地下に案内されると、そこは地獄絵そのものだった。

「酷いな……」

 そう言いながら、ソフィアの後ろを歩くアルティス。

 鼻をつんざく血の……そして皮膚の焦げた匂い。あちこちに落ちている血痕。騎士団の損傷は激しい。


 暗いはずの地下が、神聖力を纏ったアルティスから、滲み出る霧の様な光の粒で、明るく輝きだした。

 暫くすると地下全体が、光で満たされる。

「おっぱ……ソフィア?俺は急ぎ王城に帰らなければならない。

 もう既に、こっちに人が向かっているはずだから、安心して待っていて」

「し、城に?貴方は王城から来られたのですか? ちょっ……ちょっとお待ち下さい。

 アルティス様は、私にして下さった様に、上位回復魔法が使えるのですよね?

 私には、あの様な強力な聖魔法は使えません。

 お願いです、ここの人達を助けて……」


 聞こえたのか聞こえなかったのか?

 アルティスの姿はもうそこにはなかった。

 そそくさと消えてしまったアルティス。

 どんだけ腹が減ってんだい!


「ソフィア」

 絶望に膝を崩すソフィアを後ろで呼ぶ声がした。

「何が一体どうなってるんだ?ソフィア?」

 振り返ると、虫の息だったはずの魔法騎士団長のスパイクが、元気そうに立っている。

 いや、団長だけじゃ無い?皆、怪我が治っている様だ!


「ソフィア……」

 又も、後ろから声が掛かり、振り返るソフィア。


「きゃ〜〜〜お化け〜!!!」

 そう叫ぶと、物凄い速さで逃げだした。

 それもそのはず。

 その声は、火魔法を直撃され、全身丸焦げで、即死だったはずのカリンだったから。


 ドン!!誰かにぶつかり尻餅をつく。

 見上げると、そこには水魔法で凍らされ、バラバラに砕けたはずのサーシャが!


「どうなってるのよ〜?!」

 泣きそうな声でそう叫ぶ。

「いやいや、こっちが聞きたいよ。何がどうなってる?」

「まさか、い……生き返ったの?死んじゃってたよね〜?」

「いや?死んだの?私?……う〜ん?よく分からない……」

「貴方は丸焦げ……貴方は凍ってバラバラ……やっぱ、お化け!?」


「落ち着け……ソフィア」

 団長が声をかけてきた。

「怪我人はおろか、死んだ奴も生き返った様だ……さっきの光る霧は何だったんだ?

 攻撃の音が止まった様だが、魔族はどうした?教えてくれ」

「教えてくれも何も、私にも何が何やら……でも魔族はもういません。全部消えて無くなりました……」


 きっとあの少年が、何かしてくれたのだろう。

 と〜〜ってもお腹が空いてたみたいだけど……




「ねえ?アル?」

「ん?もあ〜に?」

 口に食べ物を沢山頬張り、ネコがリスになっている。


「貴方には居なくなってから今日までの事とか、聞きた事、た〜くさん有るのだけど……

 今日は魔族の襲撃とか色々有りすぎて……

 でも1つだけ、ど〜しても今聞いておきたい事があるの……」

「ほ〜?どうしても今聞いておきたい事?何?そこまで大事な事って……」

 フィオナは恥ずかしそうに顔を赤らめ、モジモジしながら言った。


「アル?アルは女の子のおっぱいが好きなの?それも大きなおっぱいが……」

 “ブ〜〜ッ!!” 口の中の物が全部フィオナに飛んでいった。

 リスがネコに戻った……

 どうしても今聞いておきたい事がそれ?


 まあ、おっぱいは嫌いじゃ無いな……

「まあ……好きっちゃ〜好き?」

「なぜ疑問形?」

「あっ、でも…… 大きなおっぱいって言った?大きすぎるのはちょっと……」

「本当にっ?」

 何故か嬉しそう?


「なんて言うか、適度な大きさ? 体とのバランスが良いのが好きかな〜?」

「でも、ソフィアのおっぱいが大きくて可愛いとか何とか……」

「おっぱいの大きな……可愛い子って言ったんだゾ?微妙に意味が違ってる……」


「でも、ソフィアは私から見ても可愛いと思うけど…… アル、ああいう子が好き?」

「イヤだから……俺がず〜っと好きなのはヒナだけだよ。 気にしてるおっぱいも、ヒナの胸の方がずっと好き♡」

「す、好き? あ……あ〜〜でも、おっぱいとか気にしてないし〜 本当?」

「ウソ言ってもしょうがないっしょ?

 でもまあ、そうは言っても、ヒナのおっぱいを見た事ある訳じゃ無いし、服の上からしか分からないから、絶対とは言い切れないかな?」


「………………」

「どうしても答えろって言うなら、チョコっと見せて?」

「………………変態猫……」

「にゃ?ヒナのおっぱい見たく無いって男がいたら、そいつこそ変!

 つまりそいつが変態で、アル君、正常!ハイ!論破!」

「も〜〜〜〜」


 顔を赤らめるフィオナ。ン?この表情はもしや……

「あ、あの……お見せ頂けるので?」

 アルの尻尾が揺れている……

 いやアンタ猫だろ?尻尾振るのは犬……ってそもそも人間、尻尾無いけど。

「見るだけ?」

「アッいや、出来ますれば、ちょっとだけプニプニ……とか?」

 尻尾が激しく揺れている。

 しつこい様だが尻尾は無い。


「やっぱ変態!」

「変態は嫌い?」

「あっ……当たり前でしょ!」

「じゃあ変態なアル君は嫌い?」

「変態なアル君は……別に……嫌い……じゃない……」

 顔を真っ赤に染めてフィオナが答える。


「それでは早速さっそくおっぱいを……」

 バッシャ〜ン!コップの水が飛んできた。

だ早いですっ!」

「で・す・よ・ね〜〜  ん?だ? 今、だって言った?」

「言ってない……」



 今日だけで、2度も魔族の襲撃を受けたとは思えない、なごやかな空気が満ち溢れている。


 どうやらアルティスの活躍で、王都にもひと時の平和が訪れそうだ。

 いやいやアルティスの活躍?で、大騒動がやって来るのでは?


 後世に言い伝えられる、英雄帝王アルティスと、王妃フィオナの物語は、ここから始まるのだった。

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アイズwithスターダスト 〜神聖力(エーテル)に愛された神の継承者〜 優陽 yûhi @yu--hi

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