untitled

@rabbit090

第1話

 さっきからずっと何見てんの?

 これは、あいつが最後に残した言葉だ。

 まさか、こんなくだらなくて、どうでもいいような言葉で、幕を閉じるだなんて、きっと思っていなかったに違いない。

 だから、僕は、ずっと、忘れずにあいつのことを、思い出している。

 友達、だけど、友達じゃない。

 じゃあ、何だったのかは、よく分からない。


 「俺、死ぬって。」

 「は?」

 「余命宣告ってやつ。」

 「マジ?何ソレ。」

 僕は、またこいつの悪ふざけだろう、なんて思ってた。でも、違った。

 「ごめんごめん、ホントなんだって。ああクソ、こういう時、オオカミ少年っていうか、俺みたいな男、信用されないんだよな。」

 なんか、すごく歯がゆそうだったから、まさか、とは思った。

 でもその後には何も語らず、当たり前のように一日を終えたから、僕は何も、何一つ全部、気に留めなかった。

 そして、その一週間後に、本当に奴は死んでしまった。

 今でも、後悔の念にさいなまれる。高校の頃の友達なんて、別にそんなに大事じゃないって思うかもしれないけど、僕にとって、奴は、絶対に忘れてはいけない存在に、なってしまったんだ。

 「…いらっしゃい。」

 奴の母は、憔悴していた。

 部屋には、奴の写真と、そして線香の匂い。

 「あ、はい。お邪魔します。」

 来る前に、作法を知ろうと思って、本を読んだ。でも、体はうまく動かなかった。

 まだ、こんなに若い子供を亡くした親の前で、僕はどうやって振舞えばいいのか、分からなかった。

 それに、僕は奴の、奴の死ぬという話を、まじめに聞かなかったという負い目がある。

 聞いていれば、奴はもっと、安らかに死ねたのかもしれない。

 ずっと、後悔ばかりが、降り募っていった。

 「さっきからずっと、何見てんの?」

 「いやさあ、僕この前、気になる子がいるって言ったじゃん?」

 「ああ、そうだね。」

 「………。」

 そして、僕は言ってしまったのだ。

 だって、思い切って話したのに、適当な返事をされたから、ちょっとむかついただけで、悪気なんて無かったんだ。

 「何だよ、お前だから話したのに。」

 「悪い悪い。」

 でも、心ここにあらずって感じで、笑顔さえうつろだった。

 そして、普段不満に思っていることまで、今言う必要なんて何一つなかったのに、勢いに任せて、言ってしまった。

 「お前、いつもいい加減にしろよ、僕のこと、軽く見てんだろ?だって要領も悪いし、お前みたいに器用じゃないし、だから。ふざけんな!」

 何だ、それ。今思えば、本当に自分勝手な理屈だった。けど、あいつはそんな僕を、否定することは無かった。

 いつもいつも、空虚そうな顔で、笑っていた。

 「悪いって。」

 その日は、普段と違って、それだけ言って、いなくなってしまった。

 何だ、気味悪い、なんて思いながら、後味の悪さに、むしゃくしゃしていた。

 

 「僕は、子供だったんです。」

 「………。」

 何に向かって、懺悔しているのだろう、でも。

 「分かってる。」

 「…ああ、悪い。」

 大人になって、初めてできた彼女に、僕はいつも、この言葉を聞かせているらしい。二人きりになって寝ていると、つい口が動いてしまうらしい、そして、それは隣で見ている、彼女しか知らない。

 「もう、忘れていいんじゃない?」

 「ダメだ。」

 ダメだ、絶対に。

 僕なんかよりずっと、生きるのにふさわしかった奴が、死んでしまったのだ。そして、僕は負い目を持っている。

 だから、きっと優しくなんかなれない。

 ずっと眉をへの字にして、ギリっと歯を噛みしめるしかない。

 と、思っていた。

 「私の秘密、知りたい?」

 「…知りたい。」

 最初は、何を言い出すのかな、と思っていた。

 この子は、高校の時に僕が、奴に語っていた女の子だ。大人になって再会して、意気投合して、結婚した。

 「私ね、あなたが言ってる彼に、私もね、ひどいこと、したの。」

 「え?」

 何の話だ、そう思った。

 「いや、違うか。あなたのは、ひどくもなんともないわ。私、彼のことが好きだったの。だから、彼に好きって、言ったの。でも。」

 「…でも?」

 何だ、そんな話、知らない。なぜ、奴のことが好きだったって?それって?

 「振られちゃったから、頬を張ったの。馬鹿ね、彼がもうすぐ死ぬなんて、知らなかった。それで代わりに、あなたのこと、よろしくって。何のことか分からなかったけど、彼が死んで、理解できた。」

 ああ、何だそれ。

 訳が分からなかった。

 僕らは、作られた関係だった。そういうことか。

 「きっと、私達は、あの人の幽霊に、支配されているんじゃない?」

 可愛らしい笑みで、微笑んだ。

 彼女のことが好きだ、と、やっぱり確信した。

 だって、僕らは、共犯者ってことだから。

 何の罪なのかは、分からない。でも、僕らはきっと、それをずっと背負っていくしかない。

 そして、小さな彼女の体を、強く抱きしめた。

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