第38話 8対2

-ピトゥリア国 南東の港-


 翌日の早朝、僕達はピトゥリア国の港を出航した。

 シャニカさんの家族と友人達がわざわざ港まで同行してくれて見送ってくれた。

 親しい人との別れを前にシャニカさんは玩具を取り上げられた子供みたいに号泣し、アネッタさんが母親のように宥めていた。

 僕はというと昨晩考え事をしていたせいか眠る事ができず、デッキで海を眺めながら欠伸あくびを繰り返していた。


 手すりに頬を押し当て真横に見える水平線をボーっと眺めながら、悠然と流れる景色を見つめる。

 昨晩聞いたセロ社長の話が頭を離れない。

 世界を旅するという途方も無い浪漫に対して、漠然とした憧れのようなものが僕の中に生まれ始めていた。

 実際、研修で訪れたタロス国や今回のピトゥリア国でも色々な経験と学びがあった。

 そういった目新しいものに対する期待だけが先行して膨らんでいく。

 逆にとても現実的で安定を求めるというか、平和な日常を捨てたくないという気持ちが冒険心を奥底に閉じ込めようと蓋をする。

 そんな葛藤が僕の中でせめぎ合いとなり、戦争をしているのだ。

 そんな時に必ず浮かんでくるのがネイの顔だった。


 良くも悪くも彼女が僕の指針であり、恩人であり……そして大切な人だ。

 彼女は僕が旅に出ると言えば、必ず反対するだろう。

 仮に一緒に行こうと誘ったとしても、彼女は必ず断ると思う。

 フェイル村長の眠る聖域を守るという責務を投げ出したりはしないはずだ。


 もし僕が彼女が止めるのを無視して旅に出れば、その時は2度と口を聞いてくれないような気がする。

 結局、彼女の事を考えれば考える程、旅に出るという選択肢は選ぶ事ができなくなる。

 そんな袋小路で僕は正面の壁を見つめ続けているんだ。


 気が付くと僕の真横にネイが立っていた。

 僕が考え事をしているのを察して、話しかけたり触れたりする事無く無言で同じ海を眺めていた。

 今、聞いてみるべきなんだろうか?

 旅に出ても良いですかって……?聞いてどうする、旅の目的すら定まって無いのに。

 まずは自分の中で考えをまとめめないと前に進む事はできない。


 そうこう考え事をしているとデッキにルーティアさん達がやって来た。

 そういえば帰りの航海でも、剣術と魔法スペルの戦闘訓練をお願いしていたんだっけ。

 その後、僕は悩みを振り払うように戦闘訓練に没頭した。




 汗を流し割り当てられた部屋に帰ると、薄暗い部屋の脇にあるベッドの上に横たわる黒い2匹の毛虫のような物が目に入り思わず飛び退いた。

 明りを付けてよくよく目を凝らすと、その不気味な毛虫のような物体は長く伸びきったスピカとレオニスだった。

 そういえば、スピカは船の揺れに弱いんだっけ?

 毎回船旅が始まる度に船酔いしていたもんな……それにしてもレオニスもか。

 これは種族単位で船酔い耐性が低いとみるべきなんだろうか……。

 僕は濡れた髪を拭きながらベッドの上の毛虫を見て苦笑する。


「なぁ……何を悩んでんだ?」


 不意にスピカが消え入りそうな声で訪ねてきた。

 妙に勘の鋭い……それとも、そんなに顔に出していたんだろうか。

 ヨロヨロと小さな体を起こし、僕の返答を待つかのように片耳を1度だけピョコンと動かす。

 スピカには下手な嘘なんて通用しない。

 何故かいつも、事前に知っていたかのように見抜かれてしまう。

 僕は観念してスピカに自分の抱えている悩みを話した。


「今の生活に不満が無いけれど……旅に出たいのか?特に目的も無いのに?」


 スピカは不思議そうな表情を浮かべ首をかしげる。

 なんとなく想像していた表情と一致する。


「目的は無いかも知れないけど、学びを得る機会が増えるんじゃないかなって考えてさ……」


 スピカは目を閉じ、毛繕いをするように右手を舐める。

 いつもは自分の考えをズバッと突き付けるのに、少しだけ考えているような”間”が生じた。


「良いんじゃないか? 俺様は別に反対はしないし、付いて行ってやるよ。ただ……」


 少し意外な答えだった。

 僕は7割がた反対されると思っていた。


「……お前が悩んでんのはそこじゃないんだろ。ねーちゃんが気掛りなんだろ?」


 心の奥底に隠していたモノをあっさりと見透かされる。

 その勘の鋭さは、まさにSクラス冒険者が扱う伝説級の武器のようだ。

 僕は面と向かって「そうだ」と言えず項垂れる。

 スピカにとっては、その反応だけで十分だったようだ。


「俺様もねーちゃんには感謝してるぜ。でも、お前の人生はねーちゃんが決めるもんじゃないだろ?進む道ってのは、お前自身が決めるものだ。お前がねーちゃんと生涯添い遂げたいって思うなら、このまま国に残って暮らせば良いが……あの黒い駄犬の飼い主にねーちゃんがターゲットにされる可能性が高くなるかもな」


 黒い駄犬?

 あの”猟犬”と呼ばれている黒い獣の事か、やはりスピカも僕が狙われていると考えていたんだ。

 多分、破壊神の加護が大きく関係しているのは間違いないと思う。

 考えもしなかった。

 そうか僕が狙われているって事は、身近な人ほど巻き込まれる危険度が増すという事だ。


「……まぁ、タクティカ国はお前が造った武具のおかげで防衛力に関しては、他国に引けは取らないだろうけど。問題は国家間戦争みたいな大規模攻勢をしかけてこられて、その原因がラルクって事になれば色々とややこしくなるだろうな」


 そんな、大袈裟な……っと思ったが、勘の鋭いスピカが言う事で信憑性が各段に上昇したような気がした。

 破壊神の加護を持つ僕が近くに居る事で、ネイやレヴィンや先輩達を危険な事に巻き込んでしまう。

 現に一歩間違えていたら、タロス国で全員死んでいたかも知れないんだ。

 僕は本当に馬鹿だ、今まで悩んでいたのは全部自分のためってだけじゃないか……。

 周りの事なんて何も見えて無かった。


「決めるのはお前自身だ。でもこれだけは覚えておけよ、俺様はお前がどんな道を選んでも付いて行ってやるし、必ず味方でいてやるから。うへぇ……」


 スピカはそう言うと、ぐったりとベッドに張り付くように伸びた。

 ……本当に心強い相棒だな。

 皆の事が気掛りな気持ちがあるのは確かだけれど、僕の中では旅への期待の方が大きくなっていた。

 そして、僕はスピカの言葉を聞いて一つの決心を固めた。

 自分のためにも皆のためにもタクティカ国を出よう。

 セロ社長のように様々な経験を積んで、自分だけの何かを見つけよう。


「……あるじ~、俺も付いて行くからな」


 忘れていたけど、レオニスも居たんだった。

 スピカとの話を聞いていたのか、弱った声で話しかけてきた。

 そういえば、この船にもいつの間にか乗り込んでたしな。


 頭の中で自分の気持ちに整理を付け始める。

 僕はベッドに横たわり、猫のように体を丸めて眠りに付いた。




◇◇◇◆◇◇




 -ピトゥリア国 南東の港-


「……行っちまったな」


「ああ」


 港の奥にある人気の少ない路地から、国を出るために船に潜り込んだ上司を見送った。

 昨夜遅く、アビス国より使者が早々にやって来た。

 仕事が早過ぎだろう。

 さすが破壊神の勅命といった所か、俺達小物なんかには及びもつかない

 こうして、魔人アル・ゼ……様の監視下のもとベ・リア様と俺達はアビス国との再雇用契約書を結んだ。

 亡命から、亡命前の国に引き抜きなんて聞いた事無いぜ……

 ベ・リア様の計らいでアビス国に戻った俺達が肩身の狭い思いをしないようにと、個人行動の多い諜報機関のようなポジションを用意してくれた。


 しかし、美人のパシリという役職に少し未練があるのが驚きだ。

 知らないうちに教育という名の調教をされて、ドM属性が付いてしまったのだろう。

 諜報活動に使う時に申請する個人カードの作成時に、他人には見せられないような特殊才能ギフト特殊技能スキルが増えて無い事を願うぜ。


「さぁ、行こうぜ」


「へいへい……」


 俺達は現在地のピトゥリア国を北上し、さらに広大な砂漠を越えてアビス国領に向かわなければならない。

 使者も気を利かせて、ここまで乗って来た龍種に乗せてくれれば良いのに……

「これは私の大事なドラゴンで、1人乗りです」とか硬い事言いやがって。

 もしかして軽い罰みたいなものじゃないかと勘繰ってしまう。

 やれやれだぜ……



◇◇◆◇◇◇



 村出身の騎士の案内で、僕はようやく目的地のアルフヘイムへと到着した。

 ここまでにかかった日数は、ラルクがタクティカ国を出国してから約13日間後。


 グレイス軍務大臣にスパイの事も含め知り得た情報を説明すると、訝し気な表情を浮かべながらも合同軍事演習の許可をいただけた。

「スパイの事はワシに任せて貰おう」と言い、僕は敬礼をして次のタスクへと移った。

 急遽組んだ名目上の合同軍事演習も、事情を知っているレウケ様の協力ですんなりと受諾された。

 僕は信頼できる数名の部下だけに事情を説明しワイバーンでタロス国へと向かった。


 合同演習の指揮は副団長のカルレンが請け負ってくれた。

 破壊神の加護の事を知らないカルレン副団長は「ラルクとか言う少年に肩入れし過ぎでしょう」と皮肉めいた事をぼやく。

 個人の問題では無く、スパイを紛れ込ませた他国の侵攻が絡んでいる可能性を示唆すると少し不服そうながらも納得してくれた。

 3日後、船で到着した軍事演習組とタロス国で合流しカルレン副団長に引き継ぎを行い、その足でピトゥリア国へと向かった。


 ワイバーンで飛行して向かうルートで着ける最短日数で到着したのだが、アルフヘイムにはラルク達の姿は無く、その事を住民に話を聞くと昨日すでに帰国したと聞かされた。

 そうか、出張の目的がディガリオとかいう名工に会う事だったから予定よりも早く帰国したんだ。


「な、なんですか……あれは!?」


 ラルク達の話を村人に聞いている最中、この村に案内してくれた騎士団の1人が怯えたような表情を浮かべ素っ頓狂な声を上げた。

 彼女の視線の先には巨大な獣の毛皮が2本の大樹に吊るされるように広げられて、天日干しにされていた。

 それは全長3~4メートルはある巨大な双頭の野獣の毛皮だった。

 両前脚と首筋に剣で斬り裂いた大きな痕が見える。


 村人の話では、この村出身のシャニカという少女と僕らと同じ鎧を着用した騎士達が村を襲ったこの獣を狩りとったらしい。

 確かカルディナさんの話では護衛にはネイ様と3名の騎士が同行したと話していた。

 魔法師団の中でも上位に位置する魔法騎士スペルナイト部隊の精鋭か……

 上位魔法ハイスペルを付与した強大な攻撃力と、ラルクの造ったルーン武具の相互作用の結果がこれと言う事か……

 僕は見事な双頭の獣の毛皮を見上げながら思わず関心してしまった。


 結局、彼らが滞在していた時期に起きた事件を纏めると……

 彼等が樹海で2匹の黒い獣に襲われ、次の日の夜にこの双頭の獣が出現。

 更に樹海でボヤ騒ぎが起きた……と。

 その後2日間この村で滞在して、つい先日帰国の途についたと話していた。


「未だ見えない敵の魔の手すらも、払い退けるとは……まったく恐れ入ったよ」


 僕は安堵感と同時に彼の成長速度に驚いていた。

 一連の事件が繋がっている事は予想できるけど、とにかく皆の無事が確認できたのは良かった。


「……よし! 帰ろうか!」


 僕がそう言うとこの村出身の 妖精種エルフの2人が「ええぇーー!?」と叫んだ。

 予定では数日間滞在する計画だったので、急に日帰りするような発言を聞いて驚いたのだろう。

 同行してくれた騎士団員全員が「1日だけでも滞在しましょうよ!」と懇願してきた。

 故郷で家族と過ごしたいと考えるのは分からなくもない。

 危険を伴う任務に志願してくれた手前、無下にはできないか。


 結局、ワイバーンを休ませる必要があったので1日だけ滞在をする事にした。

 それにしてもこんな森深い場所にわざわざ誘い込んで襲うとはな、思惑通りにいかなかっただろうけど敵は本気でラルクの命を狙っているのは間違い無いな。


 破壊神の加護とは命を狙われる程に、重大な何かがあるのだろう。

 以前見せて貰った特殊才能ギフトの中の”不死状態”や”魔族隷属”というのもあったな、それも関係しているかも知れない。

 とにかく明日朝一番で帰国しよう、運が良ければ海上を航行する彼らの船に追い付けるかも。



◆◇◇◇◇◇



 ――航海5日目


 太陽が真上に差し掛かり、果てしなく青い海原をキラキラと輝かせる。

 今から丁度24時間後にはタクティカ国へと到着する予定だ。


 今日も今日とて、僕は船のデッキでルーティアさんに剣術指南を受けていた。

 何度も模擬戦をおこなっているうちにそれぞれの癖のようなものを体が覚え、1対1の剣術勝負ならそれなりに戦えるようにはなっていた。

 そんな時、ユーティアさんの剣が動きを止めた。


「……何か来る!」


 雲の少ない快晴の空を見上げると、いくつかの黒い影がこちらに向かって羽ばたいていた。

 あれは、鳥類型のモンスターか!?

 上空を舞う数匹のモンスターに気付いたユーティアさんとアネッタさんが「お下がりください。」と僕の前に立った。

 ピトゥリア国に向かっていた時は海上でモンスターに遭遇しなかった。

 まさか空から強襲してくるとは思いも寄らない。


「あれは……すみません勘違いでした。あのワイバーンは我が軍のものです。ワイバーンの首元を見てみてください」


 片手で日差しを遮りながら上空に向けてユーティアさんが目を細める。

 僕もならって空を舞うワイバーンに目を凝らした。

 ワイバーンの首元にはタクティカ国の国章が刻まれていた。


 その中の1体のワイバーンは徐々に船に近付き、やがてデッキに降り立っ。

 他のワイバーンはタクティカ国方面へとそのまま悠然と飛び去って行った。


 デッキに降り立ったワイバーンは自身の翼をたたみ、姿勢を低く突っ伏した。

 その背にはなんと騎士の鎧を身に着けたレヴィンが騎乗していた。


「これはレヴィン団長、お久しぶりです」


 ユーティアさんが誰よりも早く動き敬礼を交わす。

 アネッタさんも遅れて右に倣った。


「護衛ご苦労様です。やぁ、久しぶりだねラルク」


 事務的で簡素な敬礼を済ませると、レヴィンはいつものような態度に戻った。

 なんでもレヴィンはタロス国で合同軍事演習があり、その帰りだと話していた。

 僕もピトゥリア国にいた事を話すと、すでに知っていたようだった。


 モンスターが降り立ったという話を聞き付けたネイとシャニカさんと数名の船員が息を切らせてデッキに集まって来た。

 アネッタさんが船員達に事情を説明し、騒ぎはすぐに収まった。

 目的地が同じという事でレヴィンはそのまま同乗していくと言い、セロ社長と船長に許可を得ていた。


 ……僕は内心少し動揺していた。

 今夜、ネイに旅に出る事を伝えようと考えていたからだ。

 いや、このさい2人同時に聞いて貰うのも手かも知れない。

 セロ社長にも話さないといけないから3人かな。

 今夜、夕食の後に時間を作って貰おう。

 ・

 ・

 ・


 僕は夕食の後、食堂にセロ社長とレヴィンとネイを呼んでテーブルを囲んだ。

 スピカとレオニスが青い顔をして同席しようか聞いて来たが断った。

 万年船酔いの猫はベッドで寝ているがいい。

 それに、自分の道は自分が決めるんだよな……スピカ。


「話っていうのは何だい?ここ最近、考え事をしていたようだけど」

「ほう?困った事があるのなら、僕で良ければ相談に乗るよ」

「……」


 セロ社長にも気付かれていたのか、僕はそんなに顔に出易いんだろうか。

 レヴィンも僕に頼ってくれと言ってくれる。

 ネイは背筋を伸ばし微動だにする事無く整然とした様子で話を聞いていた。

 僕は緊張する思いを押さえ、大きく深呼吸をして話をした。


「……僕はタクティカ国に帰ったら旅に出ようと思います」


 無駄な言葉を述べる事無く、1番伝えたかった言葉を最初に話した。

 その言葉を発した瞬間、先程までの和やかな雰囲気が一気に変化したように感じた。


「ど、どうしたんだい急に? いったいどこに行きたいんだい?」


 最初に口を開いたのはセロ社長だった。

 僕の急な発言に少し焦っている様子だ。

 当然か、会社を辞めると言っているのと同義だからな。


「僕も聞きたいな、何か理由があるんだろう?」


 レヴィンは一切動揺する事無く、極めて冷静に聞き返してきた。

 しかし、その表情は真剣そのものだった。


 僕はこの出張で感じた事、セロ社長の話に大きな影響と共感を受けた事を話した。

 そして僕のいる所に常に危険が降りかかるという予測と、最後にそれも踏まえた自分の想いをきちんと話した。

 セロ社長は自分の話に影響を受けたという所が気に止まったらしく、「あらら」と頬をかいて困り顔をしていた。

 レヴィンは考え込むように顎に手を当てて話を聞いている。

 セロ社長は少し考えた後に口を開いた。


「……そうか、君の気持は分かった。1つ質問しても良いかな? ”自分の想い”と”僕達に迷惑をかけたくない”という想い、合計を10で表すなら何対何か教えて欲しい」


 ……建前では4対6だ、でも本音は違う。


「自分の想いが8で、迷惑をかけたくないが2です。」


 僕はセロ社長に向き合い本心を言った。

 そう言うとセロ社長は「フッ」と小さく微笑み、柔らかい表情へと変わった。


「それが本心なら私は応援します。でもね、1つだけお願いがあります。」


 お願いとは何だろうか……?

 社長から直接のお願いっていうのは軍備増強の仕事を受けた時の事を思い出して少しだけ嫌な予感がした。

 僕は息を飲み、お願いの内容を聞き返した。


「……部屋を残しておきます。何かを掴んで必ず我が商会へ戻って来てください。それが私のお願いです」


 社長はそう言って優しく微笑んだ。

 その言葉は、僕の背中を押して応援してくれているような温かさを感じた。

 帰る場所を用意してくれるっていうのは、安心感が段違いだ。

 社長の言葉に少しだけ気持ちが軽くなった所でレヴィンが口を開いた。


「冒険に出るというのは君が考えているよりずっと過酷だよ? それに話を聞いた限りでは目的らしい目的も無いんだよね?それは考えが甘いと僕は思う」


 レヴィンの言う事は正論だ。

 漠然とした浪漫を求めて冒険に出るほど、この世界は未知に溢れてはいない。


「分かってる、ただ僕は自分の歩いた先にある”何か”を見つけたいんだと思う。目的は無いけどこの世界を自分の目で見て回りたいんだ」


「しかし、それは……」


 レヴィンは何かを言いかけて言葉を止める。

 珍しく歯切れが悪く、言葉を選択し兼ねているといった感じだ。

 う~ん、変に困らせてしまったようだ。

 妙な罪悪感を感じていると、真横に座ったネイが急に勢いよく立ち上がった。


 座った僕を見下ろすような姿勢となり、僕はネイを見上げる。

 彼女の顔は猟犬に向けるような険しい表情に変わっており、僕の瞳をジッと見つめていた。


「……ラルク、個人カードを出して」


 初めて会った時のような、低く冷たい声で個人カードを出すように言ってきた。

 僕は謎の気迫に押されるように、彼女に黒い個人カードを渡した。

 彼女はそれを懐にしまい、席を立とうとした。


「えっ!? ネイ!! どこへ行くの!?」


 僕が焦って彼女の腕を掴むと、彼女は向き直ってキッと僕を睨んだ。


「このカードが無ければ入国は出来ない」


 ネイとは思えないような態度と発言に僕は虚を突かれ、口を開いて唖然とした。

 ……何を言い出すんだ?

 まるで人質ならぬカード質じゃないか。


 止めるにしても強行手段が過ぎるだろう、いったいネイはどうしてしまったんだ?

 それこそ何かに取り憑かれているような気さえしてくる。


「……私はラルクの保護者、許可は与えない」


 そう言って形見の杖を僕に付き出して睨んだ。

 僕が「何だよソレ!?」と叫ぼうとした瞬間、彼女の杖が喉にグッと押し付けられて喋る事ができなかった。

 そして彼女は、なおも言葉を続けた。


「……どうしても旅に出ると言うのなら私を倒してカードを奪い取る事ね」


 氷のように冷たい視線が僕を突き刺す。

 ……そこには明確な敵意があった。


 僕の個人カードができた時に彼女はまるで自分の事のように喜んでくれた。

 そんな彼女とは別人のようだ。


 この異常な状況にセロ社長やレヴィンでさえ気圧されて動く事ができなかった。

 彼女は僕の手を振り払い、静かに自室へと帰って行った。


 そして彼女はそのまま自室に籠り、タクティカ国に到着するまで出て来る事はなかった。

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