第34話 捕縛

 ――ネイ達が家を出てから1時間を過ぎる。


 村の方角から聞こえていた叫び声が聞こえなくなり、周囲は静寂に包まれていた。

 ネイ達がモンスターを倒したのだろうか。

 不安感から外に出て様子を伺いたいが、ルーティアさんがそれを許可しない。


「騒ぎが治まったのでしょうか?」


「ええ、副団長と街の人々がモンスターを倒したんでしょう」


 ルーティアさんと社長が窓から外を覗き周囲の状況を確認している。

 その時、部屋の入口の扉がガチャリと開き2人の人影が入って来るのが見えた。

 ネイとアネッタさんが帰って来たと思い、ルーティアさんが出迎える。

 彼女が2歩前に踏み出した時、ふと歩みを止めた。


 その陰に包まれたシルエットと、かもし出す雰囲気はネイのモノとは異質だった。

 後方にいた僕にも一目で分かった、その人影はネイ達では無い。


 美しく伸びた灼熱色の髪に砂漠の国の人々が着るような露出度の高い服装の女性と、黒衣を纏った怪しい風貌の男が家へと入って来ていた。


「なんだお前達は!? 何者だ?」


 ルーティアさんが即座に剣を抜き、威嚇するように問いかける。

 妖艶な姿の女性は部屋をぐるりと見渡し、黒衣の男に何やら話し掛ける。

 そしてニヤリと不気味な笑みを浮かべると、ルーティアさんの質問を無視して僕と社長の方に歩いて来る。


「止まれ! 怪しいヤツめ!!」


 ルーティアさんが剣先を女性の喉元に向けると、女性は1度立ち止まり鋭い眼付きでルーティアさんを睨む。

 暗闇の中でも輝く黄金色の瞳孔がルーティアさんを捕らえていた。


「……邪魔だ!」


 ――刹那

 ルーティアさんの全身が強烈な衝撃にみまわれたように吹き飛んだ。


 一瞬何が起きたのか分からなかった。

 目で追って脳が理解する前に、全ての動作が終わっていたような早さだった。

 どうやら、妖艶な女性がルーティアさんの剣をすり抜け、間合いに入り裏拳で殴り飛ばしたようだ。


 彼女の胸部を守っていた防御特化のミスリル鉱ルーンブレストアーマーはガラス細工のように粉々砕け、凄腕のルーティアさんの意識を一撃で刈り取ったようだ。

 とんでもない破壊力だ、とても人間とは思えない。


「そっちのオッサンじゃないんだな?」


 女性が黒衣の男に何やら確認すると、男は軽く頷く。

 その女性は改めて僕の方に視線を向けてニヤリと微笑みかける。

 ……ゾクリ。

 背筋が凍えるような恐怖の感情が全身を走り抜ける。

 こんな感覚は初めてかも知れない。

 あの黒い獣なんか比較にならない程の生物本能に訴えかける恐怖に全身が包まれた。


「初めまして、俺は魔人ベ・リアと言う者だ」


 余裕とでもいう態度なのか、圧倒的な強さを見せつけた女性は意外にも自己紹介を始めた。

 僕と社長は、ほぼ同時にゴクリと喉を鳴らす。

 恐怖と緊張で自然と喉が渇き、生唾を飲み込まずにはいられなかった。


「ちっ、自己紹介は無しかよ、つれねぇな。……まぁ、いいや。俺が用があるのはそこの少年だよ、俺達と一緒に来て貰おうか」


 理由は分からないけれど、無差別に略奪をしに来た山賊という訳では無さそうだ。

 一緒に来いって、どういう事だ?誘拐されるのか!?

 誘拐する理由……僕の中に2つの理由が思い浮かんだ。

 真っ先に思い浮かんだのは”破壊神の加護”、そしてもう1つが”特別個人カード"だ。

 特別個人カードは偽造とかに使えるかも知れないけれど……それならカードだけ出せと言うはず。

 僕の命が狙いなら、さっきの早技で簡単に殺せるはずだ。

 何か捕らえなければいけない理由があるんだろうか?


「……も、もし嫌だと言ったらどうなるんですか?」


 僕は恐怖にさいなまれながら、相手に問いかけてみた。

 理由も無くこんな訳の分からない連中に着いて行くなんて有り得ない。


「……う~~ん」


 ……あれ?

 なんか悩み始めたぞ、もしかして理由も無く誘拐しようとしているのか?

 女性が悩んでいるような素振りを見て、慌てて黒衣の男が口を開く。


「そこの気絶している女と後ろの男が死ぬ。……それでも動かないなら村を滅ぼす」


 黒衣の男がこちらを睨みながら重く低い声で恐ろしい事を言い出す。

 2人を殺して、村を滅ぼすって……そんな、まさか。

 しかし、目の前の女性の威圧感と圧倒的な腕力は黒衣の男が言った事を確実に実行出来るだろう。

 ここで下手に時間を稼いでもネイとアネッタさんが戻って来たら、2人にも危害が及ぶかも知れない。


「そういう事らしい、一緒に来て貰おうか?」


 女性は物事を理解していないような妙な言い回しをする。

 なんだろう、主犯は後ろの男で女性は部下か何かなのか?部下の方が強そうに見える。

 この状況を穏便に済ませるには僕が付いて行くしかないんだろう。


「……分かりました。皆の安全を必ず保障して下さい」


 僕がそう言うと目の前の女性は満足そうな笑みを浮かべ、後方の男が「物分かりが良くて助かるぜ」と呟いた。

 仮に予備武器を持っていたとしても、目の前の女性とは実力差が有り過ぎて戦いにすらならないだろう。


「良かろう、可愛い少年の頼みだ喜んで聞こう。バラム拘束だ、おっさんは動くなよ? ああ、なりたくないだろう?」


 壁際で倒れるルーティアを指さして不敵に笑う。

 セロ社長は苦虫を噛み潰したような表情で動く事ができない様子だ。

 僕は黒衣の男の魔法スペルで身動きが取れないように拘束されて借家を出る。

 村の方は何事も無かったような静寂に包まれていた。


 ネイ達は無事なんだろうか?

 そしてさっきの村んぼ騒ぎを起こしたのは、この2人の仕業なんだろうか?


 現在僕はシャツの下に着込んだルーンチェインメイルのみで、武器も盾も無いほぼ丸腰の状態だ。

 仮に抗ったとしても、ルーンブレストアーマーを一撃で破壊する女性には手も足もでないだろう。

 ……ここは素直に従うしかない。



◇◇◇◇◆◇



「ゲプッ……ふぅ、食った食った」


 俺様は樹海の中で大ウサギを10匹程食い、久しぶりに満腹感を感じていた。

 2メートル級の脂の乗ってそうなヤツを厳選して狩りをしていたせいか随分と遅くなってしまったぜ。

 ねーちゃんたちといればラルクは安全だし、こんな機会でもなければ自由に狩りもできないからな。

 ここの連中は自分達が肉を食わないからって、野菜や果物ばかりを寄越しやがって……。

 肉の美味しさを知らないとは不幸な種族だぜ。


 それにしても昨日の駄犬といい、不穏な空気が漂ってやがる。

 まさか今回も、あの鹿が絡んでいるんじゃないだろうか。

 狙いはやはりラルクの命か?しかし、なんの為だ?

 ヤツが今所属する国か組織がラルクを狙っているって所か……しかし狙いが分からん。



 ドオオォォオォォォン!!



 その時、大きな爆発音が樹海に響き渡った。

 ……なんだ?

 俺様は脚を止めて周囲の気配を探る。

 周囲を漂う魔力マナの揺らぎを感じる。

 何者かが上位魔法ハイスペルを使って爆発を起こしたのか。


 距離的には……結構遠いな。

 ラルクの寝ている借家とは逆方向だし、ほっておいても良いか。

 村の妖精種エルフの連中がなんとかするだろ。


 俺様は満腹感からくる睡魔を感じながら大きくアクビをする。

 正直、俺様はラルク以外のヤツがどうなろうと知った事ではない。

 例えねーちゃんや知人が死んでラルクが悲しむとしても、それは一時的な事でやがては時間が解決するだろう。

 まぁ、無関係だとは思うがラルクの身に危険が及ばないように今は真直ぐ帰るとするか。


 帰り際に村の隅を横切ると、深夜にも関わらず遠くから人々の騒ぐ声が聞こえて来た。

 祭りでも開いてんのか?まぁ、いいや腹一杯だし。

 一瞬、屋台の映像が脳裏に浮かび脚を止めたが今は食欲がわかない。

 俺様は無視を決め込み、そそくさと足を借家の方へ向ける。


 借りている家に入ると倒れた毒舌騎士を抱えている社長の姿が目に入る。

 この2人はそういう関係だったのか?

 知らなかったぜ、興味はないけどな。


「……ああ、交尾か? 気にすんな。黙っといてやるから」


 人間種ヒューマンは年中発情する生物らしいと聞いた事がある。

 俺様は気が利くからな、見なかった事にしてやるぜ。

 フフンと鼻をならし、気にせずラルクの寝ている部屋を目指す。


「スピカ君! ラルク君がさらわれました」


 ラルクが皿割れた……

 おっさんの言葉を脳内で誤変換する。

 なんだ、おっさん寝惚けてんのか?と思ったがよくよく考えて結論が導き出された瞬間、一瞬で眠気が覚めた。

 今まさに眠る準備段階の脳が一気に覚醒する。


「おっさん今何て言った!?」


 俺様の大声に社長は一瞬驚きたじろぐ。

 良く見ると毒舌騎士は社長に襲われている訳では無く、胸部に打撃を受けて大怪我を負っている感じだった。

 口元には血の跡が残り、内蔵の破損が見受けられた。

 そこそこの剣術と魔法スペルを操る毒舌騎士を倒した者がラルクをさらったのか。

 ねーちゃんともう1人の巨乳騎士はどこへ行ったんだ!?


「……村で獣が暴れているらしく、こちらではラルク君が妙な女性達にさらわれました」


 ……そこへ向かったのか!?

 いや、意図的に誘い出されたのか?


「獣? 昨日と同種のヤツか!?」


「いえ、それは分かりませんがネイさんとアネッタさんは村へと向かいました」


 またあの駄犬か……?

 そっちはどうでも良い、それよりラルクだ!


「ラルクをさらった連中は見たのか?どんな女だった?」


「砂漠の国の踊り子のような服を着た真っ赤な髪の女性と、黒衣を纏った男でした」


 ……・間違いない、あの魔人ばかだ!

 俺様の中でパズルのピースがガチャリと嵌る。

 なるほどな、やはり駄犬共は魔人ばかの差し金だったのか。

 さっきのお祭り騒ぎは駄犬が再出現したって所か。


 集落の件、タロス国での魔人ばかとの遭遇、そして昨日の駄犬。

 やはり狙いはラルクか、今までの事は全部魔人ばかの計画と見て間違いない。

 前回出会った時に、情けをかけずに殺しておくべきだった。


 俺様はラルクを追う為に村の方に向かって飛び出す。

 後ろの方でおっちゃんの声が聞こえたような気がしたが俺様の耳には入らない。

 もし、魔人ばかの目的がラルクの命なら確実に殺される。


 クソッ!……クソクソッ!

 俺様は夜の樹海をひた走る。

 本物の猫人間種ワーキャットなら匂いを嗅ぎ分けて、迷いなくラルクを追う事が出来るだろう。

 しかし俺様は違う種族だ。


 ……まったくムカツクぜ!


 村の東側に辿り着くと荒れ果てた木々の住まいと大勢の怪我人が倒れており、ねーちゃんとその部下2名が怪我人の治療に勤しんでいた。


 村の中央には双頭の獣が舌を出しぐったりと倒れ、絶命している様子だった。

 コイツが村で暴れていると話していた獣か、駄犬とは違うが、魔人ばかの眷属の可能性は高い。

 俺は素早くねーちゃんに近付き問い掛ける。


「おい! ラルクを見なかったか!?」


「……ラルクは、ルーティアが護衛している」


 駄目だ!コイツはラルクがさらわれた事を知らない!

 俺はダッシュでその場を離れ、森に広がる村をくまなく走り回った。


 ラルク……どこだ!?

 無事でいてくれ!でないと俺様は……


 ドンッ!


 村を出て樹海の片隅を走っている時、不意に誰かにぶつかり歩みを止める。


「どこ見てんだ!? 邪魔なんだよ!」


 俺様は自分の不用意な行動の招いた現状に対する苛立ちをぶつけるように叫んだ。


「うわっ!? 猫が喋った!? モンスターか!?」


 目の前には見覚えのある剣を携えた妖精種エルフが尻もちをついていた。

 ……うん?コイツの顔には見覚えがある。


 コイツは、ラルクを嵌めた詐欺師の妖精種エルフ少年ガキか。

 少年ガキの腰にはラルクの愛刀が見える。

 この忙しい時に邪魔しやがって!

 少年ガキは昼間の威勢が嘘のように俺様を見て怯えている。

 ……様子が変だ、まるで何かから逃げているみたいだし。


「おい少年ガキ! 昼間お前が因縁を付けた、その剣の持ち主を見なかったか!?」


「……し、知らない! 俺は知らない!!」


 明らかな動揺を面に出し、少年ガキは俺様の横をすり抜けて走り出した。

 アイツは何かを知っている、逃がすかよ!!

 俺様は肥大させた巨大な腕を振り下ろし、背後から圧し潰すように少年ガキを捕縛した。


「な、なんだよコレ!? ば、化物!?」


 俺様は殺気に満ちた黄金色の瞳で少年ガキの意識を恐怖で掌握する。

 裂けるように大きく開いた口を突き出し、脅す様に問いかける。


「死にたく無かったら、お前の知っている事を話せ!」


 グルルルと威嚇する様に自然と喉が鳴る。

 完全に恐怖で支配された目の少年ガキは、感情に任せて喋り出した。


「知らなかったんだ!! お、俺は悪く無い!!」


 自己保身の言葉が出て、なにやら要領を得ない。

 もう、殺してしまうか……いや、駄目だ。

 俺様は苛立ちを押さえ、再度低い声で話す。


「お前の事なんて聞いて無いんだよ。ラルクの居場所を知ってんのか!? どうなんだ!!」


 極めて落ち着いて問い質そうと努力したが、語尾に苛立ちが漏れてしまった。

 怯えた様子の少年ガキは、少しずつ話し始めた。

 俺様達が村に訪れた夜に、見かけない同族の男が訪ねて来たらしい。

 そいつは黒衣を纏った旅人で、師匠であるディガリオの知り合いだと言う。

 ディガリオ……?ああ、名工とか言ってたヤツの名前か。


 そこから少年ガキの記憶が曖昧になり、自分でも何か必死に思い出しながら話すような口調になる。

 恐らく精神操作系の魔法スペルでも受けたんだろうなと推測する。

 話を聞いていくとその旅人がラルクの腰の剣はディガリオの遺品だと告げたって事と、それを奪う方法を話していたらしい。

 コイツ昨日の昼間の言動をほとんど覚えて無い様子だった。


 そして気が付いたら、目の前に黒衣を着た3人組が目の前にいた……と。

 その3人は小脇に黒髪の少年を抱え、「その剣は褒美にやるよ」と告げて樹海へと消えたらしい。


 ――ビンゴだ!

 コイツの言っている事が嘘じゃ無ければ、近くにラルクと3人組が居る。

 その中の1人は恐らくタロス国で遭遇した魔人ベ・リアだ。


「そいつらはどっちに行った!?」


「あ、あっちです!」


 俺様は少年ガキの指差す方向に全力疾走する。

 ベ・リアだけならいざ知らず、部下の魔族や駄犬のような眷属が何匹いるかわからない。

 正面から対峙するにはこの姿では不利だ……どうする!?


 迷ってる暇はねぇ!

 俺様は自身に掛けた封印魔法を解除し、真の姿へと戻った。


「ラルク待っていろ! 俺様が必ず救い出す!!」

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