第26話 特例個人カード

灰色だった気分が少し晴れ、やがて気持ちが落ち着き始める。

自分が単純で思考が浅いのか、それとも心に傷を負ってから他者に対して過剰に反応しているだけなのか分からなくなってきた。


『人との繋がりは大切にしなさい。』


――昔、仕事を手伝っている時に聞いた父の言葉が脳裏を過る。

レヴィンの言葉は僕の心に届いた、それは今まで過ごして来た時間があったからだと思う。

信じよう、友人の言葉を・・・。

思い返せば彼はいつでも、こんな僕を嫌な顔せず支えてくれた。

今はまだ照れ臭くて口には出来ないけれど、いつかきちんと感謝の気持ちを伝えよう。


「2人共、少しは落ち着いたかい?」


今まで黙っていたセロ社長が僕の肩に手をかける。


「急な事で正直驚いたけれど、加護はあくまでも加護でしかない。君は真面目な好青年で、セロ商会にとってかけがえの無い従業員の1人です。それに会社の社長とは命を賭けて従業員の生活を守っていく義務と責任があるのだよ!」


セロ社長が急に熱く語り出した。

大袈裟な台詞だけれど、この場で言われると何故かとても嬉しいと感じる。


「ラルク君が入社してから売上前年比が大きく向上したしね!私の目に狂いはなかった!」


「・・・紹介したのは僕ですけどね。」


「あははは。」


セロ社長とレヴィンの軽口が珍しくて思わず笑いが零れる。

そんな僕の笑いを見て2人も微笑んでくれていた。



そうこうしていると、先程退出したグレイス大臣が1人の女性を連れて部屋に戻って来た。

女性は白地に金色の刺繍の施された大層高貴な衣装を身に纏った人物で、銀色の髪に長い耳が特徴の美しい女性だった。

あれは古代妖精種エンシェントエルフの特徴だ。


「待たせてすまないな。紹介しよう、彼女の名前はユーディ様と言う。この国の"教皇"の地位におられるお方だ。」


「・・・初めまして、皆様。レヴィンさんはお久しぶりですね。」


ユーディ教皇は落ち着いた様子で頭を下げる。


「こ、これは教皇様。お初にお目に掛かります。」


セロ社長が恐縮した面持ちで慌てて立ち上がり挨拶をする。

僕もつられて立ち上がり、頭を下げる。

ユーディ教皇の口ぶりからレヴィンは知り合いのようだ。


教皇という言葉の響きに、過去の記憶が蘇り思わず体が強張る。

故郷の教皇があのような拷問じみた事をするなんて、今でも信じられない。


大国と呼ばれる6つの国、「アルテナ」「オスロウ」「ハイメス」「ギュノス」「バンボゥ」「ピトゥリア」にはそれぞれ教皇と呼ばれる聖職者の最高位「聖人」が存在する。

そして現在は空席となっている聖人の上に立つ「神皇」という位があるらしいと授業で習った。

10年前に滅びたとされるギュノス国と、数年前にアビス国に落とされたハンボゥ国にはすでに教皇という制度自体無くなったと言われている。


「ユーディと申します。」


ユーディ教皇は穏やかで安心する慈愛に満ちた雰囲気の女性だった。

古代妖精種エンシェントエルフの為か実年齢は不明だけれど、子供っぽさの残るネイとは違い美しい容姿をした大人の女性といった感じだ。

ユーディ教皇は僕の方を見据えて急に手を握って来た。


「貴方の事は母からの手紙で知っておりました。今までお会いする事が出来ずに申し訳ございませんでした。」


「え?母・・・ですか?」


母と言う言葉に僕は思わず聞き返してしまった。

僕の事を知っている人物で、ユーディ教皇よりも年上の女性・・・

すぐに思い浮かんだのは集落のフェイル村長の顔だった。


「私の母は、聖域で暮らしていたフェイルと言います。そして私はネイの母です。」


ユーディ教皇はフェイル村長の娘で、そしてネイのお母さん!?

・・・と言うことは、ネイはフェイル村長の孫娘だったのか。

今思い返すと、守護者と村長というよりも親し気だったような気がする。

もともとネイは自分の事を喋らないタイプなので聞いた事なかったな。


僕の中で少しだけ合点がいく。

教皇は神の代行者として国王に並ぶくらいの地位が認められている。

レヴィンはネイの事をネイ「様」という敬称を付けていたのには意味があったんだ。


「あの、フェイル村長は・・・」


フェイル村長にお世話になって・・・でも、救え無くて・・・。

僕が伝えるまでも無く集落が壊滅した事は御存知だと思う。

しかし、自分で伝えないといけないような気がして言葉を発しようとしたけれど、上手く言語化出来ないで口が止まる。


「はい、知っております。ネイと共に弔ってくれたのでしょう?大変感謝しております。」


感謝される事なんて無い・・・

フェイル村長は僕を守ろうとして殺されたんだ。


「そんな悲しそうな顔をしないで下さい。避けられぬ運命と言うモノは確かに存在します。貴方と娘が生きていただけでも私は嬉しいと感じております。」


彼女は僕の手を握ったまま優しく諭す。

ああ、この感じはフェイル村長に似ている。

そして、ネイにも・・・


グレイス大臣が話しの腰を折る事を申し訳なさそうに話し始める。


「教皇、積もる話もございましょうが本題に入りましょう。」


「ええ、そうですね。ごめんなさいね、時間が余り取れなくて。」


僕達は促されるままにソファに座り直す。

セロ社長は今から何が始まるのか分からない様子で額から汗を浮かべている。

逆にレヴィンは何かを知っているかのように落ち着いていた。


グレイス大臣は小型の石板のような物を机の上に置く。

それは黒い長方形の石板で上部に白紙のカードがセットして有った。


「ラルク君、今日は君の個人カードを造ろうと思う。」


「・・・個人カードですか?」


僕は少し躊躇する。

脳裏に成人の儀の時の一連の恐怖が蘇ったからだ。


「これを見ると良い。」


グレイス大臣が机の上に1枚の黒いカードを差し出した。

それは特殊な造りの個人カードだった。


グレイス・フェオ・ウスキアス ♂ 出身国:タクティカ国


加護:「*****」

特殊才能ギフト:「**」「**」「****」


タクティカ国教皇:ユーディ

タクティカ国宰相:トウザ・S・ベルガー

タクティカ国公爵:ルキオス・S・ゴーヴァン


―――これは、グレイス大臣の個人カード。

加護や特殊才能ギフトの部分が伏せられていて見る事ができないように加工されていた。

こんな個人カード見た事が無い。


気になったのが、カードには3人の名前が刻まれていた。

ユーディ教皇とこの国の宰相の名前、そして”ゴーヴァン”はレヴィンの家名と同じだ。


「・・・祖父の名前がありますね。」


「いかにも。私の剣の師だからな。」


そう言ったグレイス大臣はレヴィンに対してどこか不敵な笑みを浮かべていた。

グレイス大臣はレヴィンのお爺さんの弟子なのか。


「これはな、国の要人や特別な加護や特殊才能ギフトをもった重要人物が、一定の条件下にある時に所持を認められた特別な個人カードなのだ。」


セロ社長だけでなく、レヴィンもそのカードを珍しそうに眺めていた。

それくらい珍しい代物という事だろう。


「ちなみにワシの加護は”軍神の加護"で、特殊才能ギフトは"剣聖"、"剛腕"、"龍種特化"だ。凄かろう!がっはっは!!」


グレイス大臣はカード上で伏せてある加護と特殊才能ギフトをあっさりと暴露する。

喋ってしまって良い内容なのか!?と思ったが、グレイス大臣は「別に減るもんじゃないし、よかろう!」と豪快に笑う。

しかし後に「国王に起こられるから内緒にしとけよ。」と凄まれた。

・・・相変わらず豪快で面白い人だ。


しかし、そんな個人カードがあるなんて初めて知った。

グレイス大臣はこの特別な個人カードを造るのには一定の条件が必要だと話す。

そして今回、僕はその条件を満たしたと語った。


その必要な条件とは・・・


●国王または教皇の許可

●大臣1名の許可

●大貴族1名の許可

●上記3名の名前を刻む許可

●国の為に尽力をした実績


「この5つの条件を満たした者には特別な個人カードを造る事が出来ます。」


ユーディ教皇が条件の内容を話してくれた。

そして、何故このような個人カードが存在するかを語った。


過去に女神の加護を受けた人物が存在した。

その人物は死者を蘇らせる奇跡を使い人々から聖女様として大変崇められる。

しかしその力の奪い合いが起こり、それが原因となり国家間戦争にまで発展した。


「戦争でその人物も命を落とし、多数の死者が出たそうです。その事を憂いた当時の各国の王は特別事例を定めたそうです。奇跡の力が争いの火種にならないようにと・・・。」


ユーディ教皇は改めて僕を見据えて話す。


「その特例の条件を満たしたとグレイス軍務大臣が教えてくれました。その為、私がこの場に足を運びました。ラルクさんこのようなカードを造る事が出来ますがどうしますか?」


―――少しの沈黙が室内を包む。


答えは考えるまでも無い。

個人カードがあれば、色々とできる事や行ける所が広がるんだ。


「・・・あの、よろしくお願いします。」


返答を聞いたユーディ教皇は優しい微笑みを浮かべ、机に羊皮紙を差し出した。

そこには既に”ユーディ"と署名されていた。


レヴィンはその紙を手元に引き寄せ、大貴族の欄に自身の名前を書き記した。

そうか最初からレヴィンは僕の個人カードを造る為に、この場に付いて来てくれたんだ。


「僕はまだゴーヴァン家の当主ではありませんが、このカードの名前に恥じぬように精進します。」


「よく言った!期待しておるぞ!では、ワシも書かせてもらおう。」


グレイス大臣は国家大臣と実績の2ヶ所に達筆な文字のサインを書く。

実績は軍備増強依頼の時の功績が記されていた。

僕が「自分1人の力で達成した訳じゃ無いです。」と言うと「分かっておるよ?だが、十分な実績の対価と思って受け取っておけ。」とあっさり返される。

用意されていた返答のような気がして、少し恐縮する。


「折角なので、セロ社長にも後見人になっていただこうか?大事な部下なのだからな。」


「ええっと・・・私は平民出の商人ですが宜しいのですか?」


さすがのセロ社長もグレイス大臣の前では遠慮がちな態度になる。


「がっはっは!この1年余りで、この国の貿易とルーン技術を大きく発展させた大商人ではないか!そこらの貴族よりも動かせる金額は多いはずだろう?何の問題も無い。なんなら貴族位に推薦してやろうか?」


「ありがたい申し出ですが、私は領土を持つより自由に商売する方が楽しいので。」


そう言って笑ったセロ社長は後見人の場所に名前を書いて、その紙とペンを僕に差し出した。


「ラルク君、最後に自分の名前を書くみたいだよ。」


「は、はい。」


僕は緊張しながら署名欄に名前を書いて、再度ユーディ教皇に手渡した。

ユーディ教皇は羊皮紙を改めて見直し、机上の石板の下にその紙を敷くような形で設置する。


「では、ラルクさん。両手を石板の上に添えて下さい。」


僕は石板の上に手を添えると正面に立体的な映像で昔見たステータスが表示される。


加護:「破壊神の加護」

特殊才能ギフト:「不死状態」「魔族隷属」「意思超越」「神秘奏者」


約2年ぶりに表示された加護と特殊才能ギフトに目を落す。

相変わらず「不死」だの「魔族」だのと不気味な名称が連なっている。

改めて見ると自分が本当に人間種ヒューマンなのか疑わしく思えてくる。


その場に居た全員が僕のステータスを物珍しそうな表情で見つめていた。

僕はふと、以前故郷で見た特殊才能ギフトの中に無かった名前を見つける。


・・・「神秘奏者」?

何だろう聞いた事の無い特殊才能ギフトだ。

「不死状態」っていうのは以前拷問を受けて体験した通り、多分僕は死ねない。

「魔族隷属」が名前の通りなら、魔族種を使役できるようなモノなのだろうか?


そして、残りの2つ。

「意思超越」「神秘奏者」がどんなモノか全く想像ができない。

教科書に載っているような一般的なモノの方が分かり易くて良いのにと溜息をつく。


「準備は整いました、最後の質問です。今後個人カードを更新するとしても加護と特殊才能ギフトの欄は表示される事はありません。それでもよろしいですか?」


個人カードに加護や特殊才能ギフトを表示する事は、職業につく時に大きなメリットになる。

しかし、僕の場合はそれが明らかにマイナスに作用している。

僕は躊躇する事無く、隠して下さいとお願いした。


ユーディ教皇は石板の端に手を添えると、何か言葉を発した。

その瞬間部屋全体が眩く輝き、そして一瞬で収まる。


石板の上には黒色に白文字で書かれた個人カードが出来上がっていた。


ラルク ♂ 出身国:タクティカ国


加護:「*****」

特殊才能ギフト:「****」「****」「****」「****」


タクティカ国教皇:ユーディ

タクティカ国軍務大臣:グレイス・F・ウスキアス

タクティカ国公爵:レヴィン・S・ゴーヴァン

商人:セロ


僕は自分のカードを手に取り見つめる。

不思議な感じだ。

中学卒業と同時に当たり前に発行される物を2年遅れでようやく今手に入れた。


「ほう、特例個人カードはこのように造るのですね。・・・それにしても、私の名前の場違い感が半端無いですね。」


・・・確かに!

セロ社長には申し訳ないけれど、4コマの"落ち"にされているような感じに見えなくもない。

でも、僕としてはセロ社長が名前を連ねてくれているのはとても嬉しい。


「カッコイイですね。ユーディ様、僕のカードも特例にして貰えませんか?ラルクとお揃いが良いので。」


「え!?そういうのが出来るのなら私も是非にお願いしたいですね。」


レヴィンとセロ社長が何故か自分のカードも特例カードに変更して欲しいと言い出す。

・・・2人なら余裕で条件を満たしてそうな気がする。

しかしそんな中、ユーディ教皇は困った表情で微笑んでいる。

その様子を見てグレイス大臣が呆れた表情で話す。


「お前達のカードにはワシは署名しないからな。功労者のラルク君を認めてサインしたのだ、ワシのサインは決して。」


グレイス大臣は腕を組み、顎をしゃくってふんぞり返るようにソファに深く腰掛ける。

そこには確固たる拒否の意思が感じられた。


「""ですか。その発言は問題がありますね、まるで署名を金銭で売買をしているようではないですか?僕は不正な事には関与したくありませんので。」


「あ、そういう事でしたら私も遠慮します。商売のモットーは誠実さですからね。」


2人は同時に右手を遮るように差し出す。


「お前らなぁ・・・」


レヴィンと競ろ社長は急に真面目な素振りでグレイス大臣をたしなめる。

冗談交じりの3人のやり取りにユーディ教皇が笑い、つられて僕も笑う。


「今日はありがとうございました。このカード大切にします。」


「そのカードは特別な物だ。無くすでないぞ。」


「ラルク君。不愛想な娘ですが、どうぞ宜しくお願いします。貴方達の前途に光が有らん事を願っています。」


僕達はユーディ教皇とグレイス大臣に挨拶を済ませて館を後にする。

街への帰路で肩の荷が下りたような安心感の混じった口調でセロ社長が話を始める。


「いやぁ、今日は驚きました。でも、私はラルク君の事が知れて良かったと思います。安心して下さい、他言しないと誓います。」


「いえ、こちらこそ黙っていてすみませんでした。会社で働くのが楽しくて・・・今の環境や人間関係を失いたくなかったんです。」


穏やかで温かい人間関係と忙しくもやり甲斐のある仕事は、故郷を追われ全てを失った僕にとって生きる希望であり幸せそのものだ。

そう、とても充実した2年間だった。


「そう言って頂けると経営者としてはとても嬉しいですね。それにしても驚いたのがレヴィン様にあんなに熱く語る一面があるとは思いませんでした。」


「王命とは言え、後々ラルクに対して誤解やわだかまりを残したくなかっただけです。」


遠くを見つめるレヴィンの横顔はどこか清々しい感じがした。


「ふふ、普段冷静沈着な騎士団長様が必至に自分の想いを伝えようとしている姿は"青春"という感じで良かったですよ。」


レヴィンを揶揄からかうように話すセロ社長の姿は、若かりし頃の自分を重ねるているような・・・

そんな表情で見つめていた。

そんなセロ社長にレヴィンが反撃を始める。


「セロ社長、そういえば随分と儲けておられるようですね。抜き打ちで査察員でも送りましょうか?」


「ちょっ!?決して揶揄からかった訳ではありませんよ!それに弊社は明朗会計ですからね!」


・・・その割には少し焦っている気がして笑える、脱税とかしてなければ良いけど。

セロ商会の本社の土地はレヴィンの領地になるので、社長と言えどレヴィンには頭が上がらないようだ。


大口の仕事を終えた事で僕達は安堵に似た空気に包まれていた。

オレンジ色の夕日が差し掛かる街道を3人で話しながら歩く、この何気無い平和な日常がいつまでも続けばいいなと思った。


こうして僕は生まれて初めて個人カードを手に入れた。

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