第13話 新しい課題

◆◇◇◇◇◇



――3時間20分経過。


リアナ先輩とカルディナ先輩が1本目のロングソードを完成させた。

研修で初めてルーン文字を刻み、2日目で2文字刻みを成功させた事に従業員達が驚きの声を上げる。


「見事だ。2日目で2文字刻み成功か・・・確かに凄い才能だな。」

「うちに引き抜いたら良いんじゃないですかね?」

「おい、馬鹿やめろ!セロ商会から取引断絶されるぞ!」

「いや、それにしても若いのに凄いな。」


見学で来ている従業員達は先輩の作品を手に取り、口々に褒めていた。

先輩達もガッツポーズをして喜んでいた。


「さて、私達は休憩に行って来るよ。悪いねラルク君。」

「レヴィン様とネイ様も御一緒にいかがですか?」


「ああ、僕は昼食を食べないんだ、ごめんね。それに僕が離れるとラルクが寂しがりそうだしね。」


レヴィンは本当に昼食を取らないんだろうか?

それに、なんかてい良く断る口実に使われたような気がするぞ。


「・・・私はラルクを待つ。」


ネイは読んでいる本から視線を逸らす事無く返事をする。

「じゃ、行ってきま~す。」と言い残し2人は昼食へと出かけて行った。


正午を越え、大半の従業員は昼休憩に入る。

軽作業をしながら見学していた従業員達も休憩へと出かけて行った。


この部屋に残ったのはレウケ様とネイとレヴィンだけ。

皆言葉を発する事無く、僕を取り囲み作業を眺めている。

気を使って会話をしないように努めてくれているのは分かるけど、返って少し落ち着かない。


「・・・ラルク。水飲む?」


「大丈夫、飲むとトイレに行きたくなるから止めとくよ。」


「・・・そう。」


何かを察したのか、ネイが言葉短く問いかける。

彼女は改めて無言モードになり改めて本に視線を戻した。



――2時間後。


休憩を終えた先輩と従業員達が帰って来た。

先輩達と従業員の皆は昼食中に仲良くなったらしく、工房の話で盛り上がっていた。

その時、ネイが立ち上がり人差し指を口元に押し当て「シッ。」と言う。

陽気に会話をしていた昼食組がハッと口を紡ぐ。

皆が両手を合わせ「すまん。」と小声で呟く、そこまで気を使わなくても良いんだけどね。


・・・現在5時間で2文字目の半分まで刻めている。

2文字だけなら1時間ちょいで出来たのに、4文字に増やした途端急に剣の内側から反発が加わったような感覚を覚える。

なんか、こう・・・ゴムボールを握るような感覚に近い。


焦っちゃ駄目だ。

集中しよう、でないと今までの5時間が無駄になる。



――更に3時間30分後。


「出来た!!」

「出来ました。」


リアナ先輩とカルディナ先輩が2本目のロングソードを完成させた。

「おおーっ!」と周囲で見学していた従業員が拍手をする。


「先輩、おめでとうございます!」


同じ作業をしている僕としても嬉しい気持ちになる。

目標を達成するというのは、やはり喜ばしい。


「ありがと。もうヘトヘトだよ。」


「私も魔力マナ切れみたいです。」


先輩達はハの字型に足をのばし姿勢を崩す、そして安堵の溜息を付いた。

レウケ様と従業員達が先輩の造った剣を見定め「合格だな。」と太鼓判を押す。

先輩達は「やったーー!」と声を上げて跳ねるように喜んでいた。


そんな2人にネイが人差し指を口元に押し当て「シーッ。」と言う。

先輩達はハッとして口を塞ぐ。

またしても僕に気を使ってくれているようだ。

相変わらず過保護なんだから、と思いつつ内心は少し嬉しい。

・・・現在3文字と少し刻み込めている、あと少しだ。


お腹が空いた・・・

昼食抜きの約10時間、そして最も危ういのが尿意だ。

限界までは余裕が有るけど、確実に現在進行形で膀胱に貯蔵され続けている感覚がある。

・・・頑張れ、僕。



――更に2時間後。


誰もが静かに作業を見守る。

先輩達も今日の研修分が終わったにも関わらず、部屋に戻る事無く僕の作業を見つめている。


あと少し。

最後の1文字の約80パーセントまで終了している。

しかし今現在、僕は最大のピンチを迎えていた。


「・・・トイレに行きたいです。」


その言葉に全員が「ええっ!」と驚く。

あと少しで4文字刻みが完成する。

しかし途中で魔力マナの注入が途切れると今までの苦労が水泡に帰す。


「・・・尿瓶しびんは無い?」


「ネイ、それはちょっと嫌。」


流石にこの注目された状態で出すのははばかられる。

とにかく尿意を連想する言葉を考えない事だ。

関連するキーワードやイメージを思い浮かべないようにすれば何とかなるはずだ。


無心!そう無心で魔力マナを注ぐんだ!

注ぐ・・・・早速、水がコップに注がれるイメージが脳裏に浮かんだ。

あああ、僕は早くこの時間が終わるのを祈るしかなかった。



――更に1時間後。


人の内蔵には個人差はあれ最大載積量が存在する。

食べ過ぎると胃の消化限界を迎え逆流するように、膀胱もまた重力に任せて蛇口を無理矢理こじ開けようと脳に直接シグナルを送る。


・・・ヤバイ。


漏れそう。

僕の脳が限界を提示したその時、目の前の剣が眩い光を放つ。

作業場全体が輝き、従業員の皆の視線が一斉に集まる。


「うおっ!?」「来たか!!」

「おおおおおおおおぉ!!!」

「今、何時間だ!?かなり早いぞ!」


そして周囲から大きな歓声が上がる。

約12時間を費やし、ルーンを4文字刻み込んだ「ルーンファルシオン」が完成した。

僕は無言でその武器をそっと床に置くと、ゆっくりと立ち上がり脇目もふらず猛ダッシュでトイレへと走った。

ダムが決壊寸前という表現が最も適している。

外壁が罅割ひびわれ、上部はまさに表面張力で膨れ上がっていた。



・・・間一髪、まさに危機的状況から奇跡の生還をした勇者の気分だ。

チャックを下げる瞬間に危うくタイミングを見誤りそうだった。

僕は体内に溜まった水分を排出する事で、世界最高の安堵感と生きている喜びを感じていた。

自分の中の幸福感を感じるランキングのハードルがドンドン低くなっているような気がする。


手を洗い工房へと戻ると、皆がルーンファルシオンを眺め話していた。

ルーンを3文字以上刻んだ武器はそれなりの値段で取引される。

実家が雑貨屋だったので、ごく稀に父親が比較的安価なルーンナイフ等を仕入れてきた事はあった。

1文字刻まれたナイフは武器というよりは、家庭用として売られていたのを思い出す。


ルーン文字を刻んだ武器の弱点は、武器自体の耐久値が減少し易く劣化速度が上がる事だとレウケ様が話していた。

その為、使い方が上手く無いと鍛冶屋の常連になる羽目になるとか。

多くのルーン文字を刻み"最強の武器"を造ったとしても、その威力に素体が耐えれないらしい。


「見事な剣だ。180万ゴールド以上の値打ちがある。」

「まだ研修3日目・・・あっと、作業は2日目だろ?有り得んな。」

「俺も3文字までは刻めるが12時間はかかるぞ。」


従業員の皆が隠す事無く口々に褒めちぎる。

レウケ様が完成した剣を眺め、関心したように様々な角度から見定めていた。

それを取り囲み従業員の人々も「俺にも見せろ!」と騒いでいた。


「凄い、レウケ様の造る剣と同等の物を研修生が造り上げるなんて・・・」

「ああ、驚いたな。嬢ちゃん達も素人の域を軽く超えているが、彼はまさしく天才だ。」


褒め過ぎじゃ無いだろうかと思うくらいの高評価で少し気恥ずかしい。

僕は同じ姿勢を長時間続けて凝り固まった体の背筋を伸ばす。

ポキポキと全身の関節が鳴る音が体の内側から響く。


う~ん、気持ちいい。

なんか、ひと仕事終えたっていう感覚だ。

長時間かけて失敗してたらと思うと・・・本当に成功して良かった。


「ラルク君、流石に魔力マナが尽きちゃったんじゃない?」


不意にリアナ先輩が尋ねて来る。

・・・どうだろう。

全身が固まったくらいで、魔力マナは余裕が有る気がする。


魔力マナはまだ、余裕が有りますよ?多分ですけど。」


「えっ?」「ええ!?」「何っ!?」

「はぁ!?」「マジか!?」


従業員の皆が驚きの声を上げる。

魔力マナが無くなって疲れた感じは全く無い。

長時間座ってた事で疲れたと思っているけど。


「その話、本当なのか!?」


レウケ様に両肩を掴まれて聞き返される。

僕は素直にコクリと頷く。


「・・・・そうか。なら明日試して見るか。フッフフフ・・・フフフフフ」


レウケ様は薄ら笑いを浮かべ工房の奥へと歩いて行った。

何かを企んでいるような顔をしてたけど、大丈夫だろうか。


そして、終業の時刻を迎える。

僕達は工房の従業員達に誘われ、全員で夕食へと足を運んだ。

当然ネイとレヴィンも一緒だ。

今日は工房従業員御用達の美味しい肉料理の出る酒場らしい。

工房での話で盛り上がり、僕達は賑やかな夕餉ゆうげを楽しんだ。


皆と別れ、部屋に帰るとベッドの上でスピカが大の字で伸びていた。

2日間姿を見ないと思ったら、ちゃんと戻って来てるじゃないか。

どこで遊んでたのやら・・・。


「お~い、大丈夫か?」


「・・・おう!久しぶり。元気そうだな。俺様は鬼ごっこし過ぎて疲れたから寝る。」


鬼ごっこ?街の子供と遊んでたんだろうか。

こんなに疲れるまで遊びまくってたなんて、まぁ楽しんでいるようで何よりだ。

僕も早めにベッドに潜り込み眠る事にした。



――研修3日目。


朝食を済ませ僕と先輩達は工房へと足を踏み入れると、作業部屋は少し様変わりしていた。

ボロいロングソードは部屋の隅に綺麗い纏められ、真新しいファルシオンが2振りと見た事の無い長剣が机に準備されていた。

そして部屋には仕切りのされた移動式の簡易トイレと壁際に様々な保存食料が準備されていた。


「おはよう諸君。この2日間で君達の豊かな才能は見させてもらった。・・・そこでだ、もう1つ上の段階へと挑戦して貰おうと思う。」


ゴクリ・・・。

彼の表情は真剣そのもので、僕は思わず生唾を飲み込む。


レウケ様は予定のカリキュラムを変えると言い、そして"新しい課題"を黒板に書き記した。

まずリアナ先輩とカルディナ先輩は今日1日を掛けて、3文字刻みのファルシオンを作成する事。

文字はレウケ様が中級程度のモノを指定していた。


そして僕は用意された長剣に5文字を刻むという課題だ。

5文字・・・え~と何時間かかるんだ?

1文字2時間の倍の倍の倍の倍・・・?・・・単純計算で32時間!?


僕は改めて部屋を見渡す。

簡易トイレと食料・・・まさかあの設備は僕の為に用意した物なのか!?

1日半近くかけて、この部屋で魔力マナを注げと言う事か。

憂鬱な想像とは裏腹に、少しだけ造ってみたいという欲求に駆られていた。

ただ、ほんの少しだけ睡魔との戦いに勝てるだろうかという不安もあった。


流石に気を使ってくれたようで、本日の見学者は1人も居ない。

従業員の人々は、昨日見学でサボった分の仕事を今日中に終わらせないといけないらしい。

作業スケジュールに関する自由度は高いけど、きちんと納期みたいな目標があるらしい。


「レウケ様、その剣を見せて貰っても良いですか?」


レウケ様は剣を取り、僕の手にそっと差し出した。

鞘から剣を抜くと何とも美しい青色の金属で造られた鋭い刃が姿を現す。

昨日のファルシオンも綺麗だと感じたけれど、これは別格だ。


「これは、ミスリル鉱で造られたグラディウスという剣だ。」


ミスリル鉱石は銅や鉄よりも硬く、魔力の影響を受け易い金属だと聞いた事がある。

そして、たしかタロス国の輸出が多い鉱物だと本に書いてあった。

刃の角度を変えると綺麗な海のような濃い青色に変化する・・・こんな美しい剣は見た事が無い。

先輩達も頻りに「綺麗だね。」と見とれていた。


「ちなみにその剣は安く見積もって100万ゴールドです。失敗したら居残りでファルシオン3文字刻みを2本造れば弁償出来るぞ。」


「ええ!?弁償制度!?」


レウケ様は「まぁそれは冗談だけどな。」と笑う。

僕達はホッと胸を撫でおろす。

冊子には研修で使うのはロングソードと書いて有ったので、ファルシオンやグラディウスは保証対象外なのかと・・・。

最終的に壊しまくってマイナス査定になると、強制労働をさせられる裏システムがあるのかと思った。


ちなみにミスリル鉱のグラディウスに5文字刻みを成功させれば、最低でも300万ゴールド以上の価値になるらしい。

300万ゴールドと言ったら、比較的裕福な国の初任給1年分に匹敵する金額だ。

そんな価値のある物を僕に造る事が出来るんだろうか・・・。


「大丈夫だよラルク君なら出来るって!私達も必ず成功させてみせるよ!」


「そうですわ!私達も負けてられません!」


先輩達も気合十分と言った感じだ。

自分の力を試す意味でも、この試練は難易度の高い挑戦となる。

・・・よし、頑張ろう!絶対、成功させてやる!


僕達はそれぞれの課題を達成する為に、ルーン武器作成を開始した。

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