第12話 家族

大時計が就業の時刻を告げて、研修1日目が終わりを迎える。

意識を取り戻したカルディナ先輩とリアナ先輩に誘われて、街の繁華街に夕食を食べに行く運びとなった。

工房の入口でネイとレヴィンが本を読んでおり、僕達に自然と合流する。


「レヴィン様とご一緒できるなんて光栄ですわ♪」


「こんばんわ、カルディナさん。」


レヴィンを見つめるカルディナ先輩の視線が熱い。

あれは昼間見たのと同じ玉の輿を狙っている獣の眼光だ。

レウケ様との出会いが、彼女の中にある"触れてはいけない何か"を呼び覚ましたのかも知れない。

レヴィンならやんわりと断る術を体得しているに違いない、今はそっとしておこう。


そういえばスピカの姿が見当たらない、街の中で迷子になってないと良いけど。

僕達は昨日夕食を食べたレヴィン行き着けの店へと行く事となった。

魚介類中心の郷土料理を食べながら今日の研修の話題で盛り上がる。


「ラルク君が凄かったんですよ!いきなり3つもルーン文字を刻んだんですよ!」

「へぇ、それは凄いですね。」


「王子様も驚いていましたわね。」

「・・・王子様とは?」

「実は私達の教官は・・・」


レヴィンは興味深そうに先輩達の話に耳を傾けていた。

そして先輩達は聞き上手なレヴィンに対して気分良く語っていた。


「・・・ラルク、疲れて無い?」

「うん、大丈夫。集中し過ぎて体が硬くなったくらいで。」


ネイは自身の右手を差し出し僕の顔をジッーっと見つめる。

うん?何だろう?


「・・・手。」

「え?」

「・・・手!」


ネイに「手」と言われて最初何の事か分からなかったけど、手を出せと言われてる事に気付き両手を差し出す。


モミモミモミ・・・

モミモミモミモミモミ・・・


彼女は僕の片手を掴むと、両手で筋肉を解すようにマッサージを始めた。

指の1本1本丁寧に柔らかな圧力が掛かる。

筋肉と骨が優しく圧迫されて、とても気持ちが良い。


ネイが言うには魔力マナの回復を活性化させるツボを刺激しているとの事だ。

そんなモノがあるのか。


「・・・・・」

「・・・・・」


モミモミモミモミモミ・・・


ネイは黙々と僕の掌を揉み続ける。

そして無言で彼女の白い手を見つめる僕。

ボッーっとしていた事に気付き顔を上げる。


先程まで研修の話題で盛り上がっていた先輩達が好奇心に満ちた目で僕達を観察していた。

レヴィンは微笑ましいものを見ている感じで、先輩達はニヤついた表情で目を細めていた。

先輩達が何を考えているかは、鈍い僕にも容易に想像がついた。


「前々から気になってたんですけど、ラルク君とネイさんってお付き合いなさっているんですか?」


カルディナ先輩が興味深々な眼差しで質問してくる。

ネイは毎日のようにお弁当を届けてくれて甲斐甲斐しく尽くしてくれる。

傍から見たらそう感じてもおかしくない。


マッサージをする彼女の手がピタッと止まる。

僕はなんと答えて良い物かと口淀む。

付き合っている訳じゃないけど、彼女の優しさが心地良いのは事実だ。

「違う」と強く否定する事で彼女が傷付くんじゃないかと勘繰ってしまい、うまく言葉が出せない。

・・・彼女はどんな答えを先輩に提示するのだろうか?


「・・・家族。」


モミモミモミモミモミ・・・


彼女は一言だけ発して、再びマッサージを始める。

「好き」という言葉を期待していた訳ではないが、ほんの少しだけ残念な気持ちと嬉しいような優しい気持ちを感じた。

しかし、どう受け取ったのか先輩達は「きゃー!」と言ってはしゃいでいた。

絶対に違う意味で受け取っているに違いない・・・言葉って難しい。


でも家族か・・・。

故郷のお母さん、お父さん、それにエレナは元気にしているだろうか。

ふと、懐かしい郷愁が胸を擽る。


「ラルク、明日は僕も見学に行っても良いかな?」


レヴィンが急に研修の見学を希望して来た。

僕が答える前に先輩達が「是非に!」と大歓迎していた。


勝手に決めて良いんだろうか・・・。

その後、僕達は宿舎に戻り休む。

結局、今夜スピカは戻ってくる事はなかった。


――研修2日目。


「えーと本日は見学者が2名。A級冒険者でタクティカ国魔法師団副団長のネイさんと同じくA級冒険者で騎士団長レヴィンさんです。」


「・・・ども。」

「邪魔にならないように見学しますので、よろしくお願いします。」


朝礼に参加していた従業員達から「おおぉ!」と小さな完成が上がる。

本当に来た!しかも、ちゃっかりネイも居るし。

リアナ先輩とカルディナ先輩が凄く嬉しそうに手を振っていた。

手短に朝礼を終えて、僕達は別室の作業場に移動する。


「よし、今日は元々のカリキュラムを変更して難易度を上げようと思う。」


レウケ様が機嫌良さそうに予定の変更を告げる。

その時突然、部屋の扉がノックされルーン部門の従業員がゾロゾロと入って来た。

その内の1人が僕に一振りの剣を手渡して来た。


「・・・これは?」


ボロいロングソードとは違い、鞘も綺麗な造りで刃も美しく磨かれていた。

まるで卸したての新品みたいだ。


「この剣はファルシオンと言って、ロングソードよりも上位の剣だ。ラルク、君は今日1日掛けて4文字刻みを作成して貰う。」


昨日、3文字刻むのに約5時間掛かった。

しかし、それでも十分早い方だと言われる。

実際は熟練者でも8時間程度は有すると説明された。


「君は普通の人よりも魔力マナ総量が多い。しかし不思議な事に一定の間隔でバランス良く流れるようだ。その為、ルーンを刻む事において君は物凄く向いているんだ。」


レウケ様が言うには、僕の体内を巡る魔力マナ出口が小さい事で、上位魔法ハイスペルのような瞬間的に膨大な魔力マナを放出する高位の魔法スペルは使えないけど、一定間隔で同一量の魔力マナを注入するルーン技術には非常に向いている体質だと教えてくれた。


「リアナとカルディナは今日1日かけて2文字刻みを2本作製する事を目標にしよう。」


「は~い!」

「はい!教官質問が有ります!」


リアナ先輩が元気良く手を上げて質問する。

昨夜夕食の際にお酒を10杯以上飲んでいたとは思えない程元気そうだ。

二日酔いとかには無縁なくらい酒豪っぽいな。


「後ろの従業員の方々は?」


「うむ、見学だ。皆、4文字刻みに興味があるのだ。この街で4文字を刻めるのはだけだからな。」


え!?そんな高難易度の作業を研修2日目の僕にさせるの?

元々カリキュラムでは最終日に特殊2文字刻みまでって書いて有ったような。

ふ~む。

まぁ、とりあえず前向きに考えてチャレンジしてみよう。


「あの~、最初はボロいロングソードで練習したほうが良いんじゃないですか?」


僕はごく自然な質問を投げかける。

ファルシオンという綺麗な剣でいきなり実践するのはリスクが高いような気がする。


「本番さながらの緊張感があったほうが、より成長に繋がると思わんか?」


レウケ様の言葉から圧力のようなものを感じる。

言っている事は理解できるけど・・・考えても仕方が無いか。


僕はなるべく難易度を下げる為に画数の少ない文字を選び剣の刃に書き込む。

冊子に書いて有る作成目安時間は1文字2時間、2文字4時間、3文字8時間・・・

昨日3文字を5時間で終わらせたから・・・ハッ!10時間から12時間は掛るのか!?


トイレ休憩無しで10時間以上ってマジか。

そして後ろで控えている人々の視線が気になる。


とにかくやるしかない!

僕は剣を握り魔力マナを込め始めた。


◇◇◇◇◆◇



――研修1日目の朝。


「やれやれ・・・」


工房内をウロチョロしてて摘まみ出される。

腹がたったが無害なヤツを喰らう程、俺様は愚か者ではない。


むぅ・・・つまらん。


まぁ、この工房の入口にはレヴィンとネイのねーちゃんもいるし比較的安全か。

暇を持て余した俺様は、まだ見ぬ食物を求めて街の郊外を散策する事にした。


最近はラルクが働いてお金を稼いでいるので、俺様にもほんの少し自由に使えるお金が有るのだ。

俺様は首から下げたお気に入りのガマぐち財布を揺らし、タロス国の繁華街を彷徨う。

この国はタクティカ国よりも面積が小さいわりに人口密度は高い気がする。


「スンスン・・・こっちから旨そうな匂いがする!」


露店が立ち並ぶ通りには様々な屋台が立ち並んでいた。

そして良い匂いの出所は、何かの肉を大き目のサイコロ状に切り分けて串に刺し香ばしい匂いのタレで焼いている屋台からだった。


炭火を使った遠赤外線調理で脂質の多い上質の肉を焼く事で余分な脂が滴り、そこから発生する食欲を掻き立てる煙の臭いが俺様の"根源"を刺激する。

なんて罪深い匂い!ジュっという肉汁が蒸発する音すらも食欲を刺激する。


もう我慢できん!いや、我慢する必要すら感じない!

ヒョイッと手前の机に上がると肉を焼いていた店主のオヤジが俺様を見つけて摘まみ出そうと手を伸ばして来た。


「おい、待てオヤジ!俺様は客だぜ!!」


俺様はガマグチ財布を開いて中の金貨と銀貨を見せる。


「うおっ!?」


店主のオヤジが素っ頓狂な叫びを上げる。

ふっふっふ!ざっと2万ゴールド分だ!恐れ入ったか!

店主のオヤジははあんぐりと口を開け、驚きを隠せない様子だった。


「喋る猫の客なんざ初めてだ!きちんと買ってくれんなら何の文句も無いぜ!」

「話せるじゃねぇかオヤジ!霜降りの良いとこ焼いてくれよ!」


「まいどぉう!焼き加減の希望は有るか?」

「激レアで頼むぜ!!」

「お客さんつうだな!よっしゃ!任せろ!」


オヤジは威勢良く注文を受け分厚い肉を鮮やかに捌き、網に豪快に乗せる。

すぐに肉汁が垂れ熱せられた炭に堕ち香ばしい匂いが漂う。


俺様の注文に応じて、新しく焼くとは中々見どころの有る職人だぜ。

この音!そして香り!!圧倒的な重・量・感!!!

このオヤジ腕は確かだ。

人間種ヒューマンにしては話せるし、この街に滞在している間は贔屓ひいきにしてやるか。


「へい!お待ち!!」


「おう!釣りはいらねぇ!取っときな!」


俺様は景気良く数枚の銀貨を叩きつける。

オヤジはお金を拾い、ひぃふぅみぃ・・と手際良く数える。


「ピッタリで釣りは無いな・・・まいどぉう!!」


俺様は大きな串焼を咥え、街の散策へと戻る。


おやひぃオヤジまはくふへぇまた来るぜ!!」


はむはむ、口の端から溢れる肉汁を舌で舐め取る。

旨かった!次は~・・・俺様はスンスンと匂いを辿る。


あれも旨そうだな、あれも!おっ、あれも!!うっひょう!

そして、俺様は片っ端から繁華街の屋台を制覇していった。


「おいおい、ずいぶんと珍しい奴がいるじゃねぇか・・・」


突然背後から殺気に似た圧力を感じた。

俺様が背後を取られた?一体誰だ!?声の主を確認する為に振り向く。


そこには踊り子が着るような衣装を纏った1人の少女と黒衣を纏った怪しい2人が立っていた。


「・・・お前は何者だ?」


「あああん?気配で分かんねぇのか?俺だよ、俺。」


・・・俺々詐欺か?

いや、待てよ。

・・・この気配は覚えがある。


この気配は俺様の見知っている"魔人"の気配だ。

しかし、俺の覚えている魔人の中にこんな顔のヤツ居たか?


・・・どこのどいつかは思い出せん。

さしずめ、この国の偵察と言った所か?


「お前はそんな恰好で何してんだよ。食べ歩き紀行か?」

「なんだって良いだろ?俺様は6日間この国に滞在するんだ。暴れんじゃねぇぞ。」


どこのどいつか名前は思い出せないが俺様の邪魔をする奴は容赦しねぇ。

俺様の態度にカチンと来たのか、ヤツの表情が歪み雰囲気がガラッと変わる。


「てめぇ・・・誰に指図してるかわかっているのか?」


分かんねぇよ!あんた誰よ。

・・・あーもう!面倒だ。

俺様は眼中に無いとばかりにきびすを返してとっととズラかる。


「ああん!コラ!逃げんな!!に・げ・ん・なっぁぁぁ!!」


無視無視。

ちっ!何を企んでるか知らねぇが面倒なヤツに見つかっちまったぜ。

追って来るなよ馬鹿が!!

・・・と心の中で思う。

口に出すと永遠に追っかけてきそうだしな。


俺は小さい路地を駆け抜け街の中を疾走した。

この国に何か企んでいるヤツが居るな。


・・・しゃぁねぇ、ラルクの安全の為にも少し調べてやるか。

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