第4話 その手の温かさ

妖精種エルフの女性の案内されて、おおよそ30分くらい歩いただろうか。

遺跡を抜けて、更に雪深い森の奥へと進む。

森の更に奥に開けた場所が有り、そこに比較的近代建築の技法で造られた小さな集落が見えた。


遠目で見えるその集落は田舎の町なみといった印象で、どこか胸が落ち着く。

ここは目の前の女性が暮らす集落なのだろうか?


「・・・名前。私はネイ、この聖域を守る者だ。」


彼女はこちらを振り向く事無く質問を投げかけて来る。

素っ気なくて、物凄く他所他所しい。

まるで、そのままお互いの距離感を表しているようだ。


「僕はラルクと言います。」


「俺様はスピカだ。」


彼女は僕達の言葉に特に返答する事は無く、その一言で会話自体が途切れる。

最初に見た時も思ったが、冷徹でぶっきらぼうなタイプなんだろうか。

・・・悪い人じゃなさそうだけど、少し苦手なタイプだなと感じる。


集落を囲う木製の前には門番のような男が2名立っており、こちらの様子を伺っていた。

ネイと同じ銀髪に尖った耳、そして金属で出来た鎧と槍を装備しており集落の入口を守っている。

見た目的にアルテナの衛兵に比べて華奢な印象だ。


「・・・少し待て。」


彼女は短く言葉を発し集落の入口を守る門番と何やら話をしている。

そして、僕等に来いと手招きをして合図を出す。

話がついたのかな、まさかこのまま牢獄に連れて行かれるんじゃ・・・

逃げた方が良いのだろうか?


門番の奇異な者を見るような視線を受けながら、僕達は集落へと足を踏み入れた。

道行く人達と視線が合う度に、相手は気不味そうに目を逸らす。

・・・雰囲気からして歓迎されて無い事は明白だ。


集落に入ると、今まで冷え込んでいた気候が少し和らいだ。

肌に感じる寒気そのものが温暖なものに変化したような、そんな感覚を覚える。


「結界が張って有るな。」


スピカが上空をキョロキョロと見ながら周囲を観察している。

集落はお世辞にも発展してるとは言い難い。

しかし雪国とは思えない程豊かな緑に囲まれ、綺麗な田舎の風景が広がっていた。


よくよく見ると集落の柵を境に雪と氷の豪雪地帯が広がっている。

これがスピカの言う結界ってやつの境界線って事なのか?


ネイに案内されるままに集落を歩いて行く。

集落に暮らす人々は、余す事無く全員が銀髪の妖精種エルフで、僕達の事を物珍しく見つめて来た。


不意に故郷での事を思い出す。

大聖堂から牢獄までの道程を聖騎士に連れられて歩いた時の人々の視線が脳裏に思い浮かび、思わず目を閉じる。

あの犯罪者を見る興味と軽蔑の眼差しの数々が今の状況が似ていると感じたのだ。

ヒソヒソと話す人々の会話が、全て自分に向けられる悪意の気がして自由になった両手で耳を塞ぐ。


その時、急に肩を掴まれて目を開ける。

目の前には無表情ながら僕の顔をじっと見つめるネイがいた。


「・・・大丈夫か?」


何故か後ろめたい気持ちが込み上げて来て視線を逸らす。

そして視線を逸らした先のスピカと目が合う。

気のせいかも知れないが、スピカも少しだけ心配そうな表情をしているように感じた。


「・・・気にするな。黒い髪の人間が珍しいだけだ。皆、敵意は無い。」


僕の表情を見て気使ってくれたのだろうか?

そんな訳無いか・・・この女性にとって、僕等は遺跡荒しのような扱いかも知れないし。


その時、ネイは僕の手を握ると再度歩き始めた。

僕は突然の事態に驚く。

一瞬、体が反応して握られた手を引き抜こうとしたが、思いのほか力強く握られていてビクともしなかった。

華奢に見えて、冒険者なみに体を鍛えているようだ。


・・・温かい。


船内でのスピカの体温もこんな感じで温かかったな。

自分が辛い時に誰かの体温がこんなにも心地良いとは思っても見なかった。


不意にネイが立ち止まり手を放す。

そこは集落の中でも大きい2階建ての建物の前だった。


「・・・着いた。」


ネイはドアをノックすると中から妖精種エルフの男性が現れ、ネイと何やら話をする。

そして、笑顔を作り僕等を家に招き入れた。


「ここで待ってて。」


僕とスピカは少し広めの部屋に通されて待つように言われる。

そこは殺風景な部屋で家具や装飾も少ない、僕とスピカは椅子に座りおとなしく彼女を待つ。

まずは牢屋とかじゃなくて良かったと胸を撫で下ろす。


しばらくすると小柄の老婆とネイが部屋へと入って来た。

僕は立ち上がり老婆に頭を下げる。


「少年がラルク。そこの動物がスピカ。」


なんとも簡素な紹介をネイが行う。

老婆は舐めるような目で僕を上から下までじっくり観察する。


「悪意の有る人間では無さそうじゃの。ワシの名前はフェイル。この村の村長をしておる。それで、そなた達はこの島に流されて来たと聞いたが?」


僕は今までの経緯を詳しく話した。

破壊神の加護と言う物が付いており故郷を追われた事。

ネイが補足で隷属の印を刻印されていると僕の胸を指さす。


僕はシャツの襟元を下げ、鎖骨の辺りに有る印を見せる。

この印が何を意味するか名前から何となく想像が付く。


「ほうか、ほうか。それは難儀じゃったのう。すまぬが確認させて貰おう。」


老婆は僕の前に立ち、右手を差し出す。


特殊技能スキル【ステータス開示】。」


フェイル村長の手が光り、ぼんやりと輝く透けた長方形の石板が目の前に現れる。

以前大聖堂で見たものよりもかなり小型だ。


ラルク ♂ 15歳

加護:「破壊神の加護」

特殊才能ギフト:「不死状態」「魔族隷属」「意思超越」


故郷の巨大モニターで見たままの表示がそこに刻まれていた。

あの時の周囲の人々の反応が映像となり脳裏にフラッシュバックする。

検定結果と同じだ、夢でも幻でもない・・・僕は何者なんだ。


その時フェイル村長が僕の手を握り、もう片手で手の甲を優しく撫でる。

深く刻まれた手の皺がそのまま村長の年輪を表している。


「辛かったのう、辛かったのう・・・」


そう言いながらフェイル村長は涙を流す。

何でこの人は泣いているんだろう?


何で・・・その時ハッとする。

僕は自分でも気付かないうちに涙を流していた。


・・・何で僕は泣いているんだろう。


たぶん村長の言葉が、擦ってくれる手が・・・そして涙が僕に向けられたモノだと気付いたからだ。

スピカやネイの温もり、それとフェイル村長の優しさに触れて自分の中に渦巻き抑えていた憎しみや悲しみの感情が頬を伝う涙と共に流されていく。


僕はこの世界で生きていても良いのでしょうか?

その問いに「いいよ」と肯定されたような、そんな温かさが胸に流れ込んできた。

溢れる涙をそのままに、僕は村長の手を握り続けていた。


その後、フェイル村長の勧めでお風呂に入る事となった。

そう言えば約7日間、船に揺られていたんだっけ。

気温が低い地域を航行していたとは言え、やはり汗臭いと自分でも思う。


スピカに一緒に入らないかと誘ったら「ふざけんな!俺様は女だと言っただろう!」と言われ頬を引っ掛かれた。

いやいや、さすがに猫に性的興奮を覚える事はないぞっと・・・。


家に招き入れてくれた妖精種エルフの男性が風呂が沸いたと呼びに来たので、改めてお礼を述べてお風呂を利用させて貰う。

男性の名はガタルと言い、フェイル村長の孫だと話していた。


浴室に入ると、足が完全に伸ばせる程の石造りの風呂に乳白色の湯が張られていた。

ほのかに優しい香草の香が漂い、気分が安らぐような気がした。


数日分の垢を洗い流し、温かい湯舟に浸かる。

全身に血流が流れるように体の芯まで温かさが伝わる。

思わず安堵の溜息を付き、久々に感じる幸せと安らぎの感情に酔いしれる。


湯舟の中で改めて思い出す。

今日初めて出会ったフェイル村長の前で、一生分泣いた気がする。

それこそ、涙が枯れるまで・・・っていうのは大袈裟かも知れないが、少し恥ずかしい。

フェイル村長に母親から与えられる無条件の優しさのような感情を抱いてしまった。


僕が風呂から上がると、入れ替わるようにスピカが入ると言って姿を消した。

猫って風呂や水に浸かるのを嫌うイメージだけど、なんだか人間臭さを感じるヤツだ。

やはり喋れるだけあって、少し特別なのかな?


広間でネイに会い少しだけ気恥ずかしさを感じる。

しかし彼女は全く気にして無い様子で、僕の腕を引き部屋の奥へと案内する。


そこは一際大きな造りで天井まで、おおよそ5メートルの高さを誇る部屋だった。

正面には大きな神像が有り、壁には幾つかの絵画が飾られていた。

何処か大聖堂のような神聖な雰囲気を感じる。


「その像はこの島に代々伝わる守護神カノプス様の神像じゃ。」


不意に後ろからフェイル村長が現れて神像の事を語る。

この世界は創造神と破壊神と言う2柱の神によって造られたとされている。

そして創世の時代からこの大陸を守る守護神としてカノプス様を創造したそうだ。


やがて破壊の渇望に捕らわれた破壊神に創造神は倒され、守護神カノプス様は汚されて破壊兵器として使役されたと古い書物に記されていたらしい。


守護神カノプス様の事は聞いた事無いが、創造神と破壊神の伝説は誰もが1度は聞いた事の有る御伽話だ。

世界中の生きとし生けるもの全てが星となり、この世界が消滅寸前まで追い詰められた。

しかし最後は天界の使者と多数の守護天使に破壊神が倒され、現在のこの世界が新生したと言う話だ。


「この大陸に伝わる書物にはな、少しだけ歴史では語られていない記述が有るのじゃ。」


フェイル村長は話を更に続けた。

その内容は創造神と破壊神は実は同一神だったと言う話だ。

つまりこの国では、他国で禁忌として語られる破壊神も創造神と同一に崇拝の対象だと言う。


「ラルクや。もしかしたらお前がこの村に来たのは運命だったやも知れんな。この村ならお前を大切に思う者は少なく無かろう。どうだい、この村で暮らしてみないかい?」


僕は村長の言葉を聞いて驚いた。

歴史の授業でこの世の「悪」として教えられて来た破壊神が「善」の象徴の創造神と同じ扱いだと言う。

今まで教えられて来た常識がひっくり返ったような気がしたからだ。


そして何より、この集落で暮らさないかと誘われた事が、自分の中で1番衝撃的だった。

自信を証明する個人カードを持たない他国の浮浪者のガキを町に迎えると言っているのだから・・・。


「い、いいんですか?出来ればお願いしたい・・・です。」


少しも悩む時間は無かった。

もはや遠慮も無く、反射的に言葉が口から出た。


僕の言葉を聞いて村長は笑顔で頷く。

そして僕は、改めて深々と頭を下げた。

なんだか、とても嬉しかった。


こうして僕とスピカは南極大陸のタクティカ国の遺跡近くの小さな集落で暮らす事となった。

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