第4話 評価

 重厚な扉の中は白い空間だった。しかし病室のような清潔感のある明るさではなく、どこか無機質な、落ち着かない感じがした。

 部屋の中にはベッドが一つと椅子が一つある。ベッドには合成で生まれた白い男が寝かされており、椅子にはA2型と呼ばれていた女性が座り読書をしていた。

 部屋を見回してみても椅子とベッド以外の調度品は何も無い。一つの部屋にしては広い中に、それだけしか物が置かれていないことが落ち着かない原因なのかと思った。



「おや、コレットさんではないですか。ようこそ、試験場へ」


「座ってろ、A2型。あと、本が上下逆だ」


「そうでしたか、マスター。やはり文字は難しい……」



 A2型は全く表情を変えることのないまま再び座り、指示の通りに座り直した。本を正しい向きに直すと読み始めた。が、あの分ではまともに読めてはいないだろう。



「さて、コレット君。君の脳内では合成についてどの程度理解が為されているだろうか。簡潔に説明できるか?」


「ええと、生物と生物を組み合わせて全く新しい生物を生み出す、魔法ではない不思議な力です。合成体は素材の記憶や身体的特徴を持ち越したり、持ち越さなかったり、まちまちですが、概して人と魔物の性質を兼ね備えています」


「うむ、十分な説明だと言えるだろう。記憶の定着、意識の明瞭さ、共に良好そうだ。どうやら「コンマイン」との相性が良かったらしい。羽虫がそう上手くやったとも思えんしな。――いや、魔法との相性が優れているのか、だとすれば、良い合成素材になるかもしれん」


「えーと、ははは……」



 シラサギは至極真面目な顔で私を見つめてくる。冗談を言っているようには全く見えない。私は冷や汗を流しながら愛想笑いを浮かべた。

 シラサギはすぐに私を観察するのをやめるとバインダーを取り出した。どこから取り出したかというと、虚空からだ。インベントリという、これまた不思議な力で物をいつでも自在に出し入れできるらしい。

 コンマインされる前の私ならびっくり仰天して地面に転がっていただろう。しかしブレンダの記憶が自分の記憶のように存在している今は驚きの感情はない。ああ、これか、という納得感が強かった。シラサギという人物については、とにかく計り知れない常識外れの人物だと思っておくことにした。



「君は今回見学だけだ。色々なことをいちいち説明するのが面倒だからコンマインを使ったが、実際に見てみなければ分からないことも多いだろう。よく学んでくれ。それと、A2型の側に行くように」



 シラサギはつかつかと白い男の元に歩いていく。私は座っているA2型の元に急ぎ走って行く。彼女は読書を続けたままなので私もしゃがんで後ろに身を隠した。これから始まることを考えればこれでも少し不安が残るくらいだ。

 シラサギは私の方を確認することもなく、何かを取り出して白い男の鼻元に差し出した。

 ベッドの上で眠っていた白い男は、びくんと跳ね上がるように飛び起きた。その赤い瞳で目の前のシラサギを捉えると、歯を剥き出しにして襲いかかる――その前にお辞儀をするようにベットの上にダウンした。

 シラサギはいつの間にか右手にハンマーを持っていた。私の目で捉えきれぬほどの速さで男の頭部に振り下ろしたらしい。そのハンマーをどこかに消すとすぐにペンが現れ、涼しげな顔で紙に何かを書き込み始めた。



「やはり凶暴性は最悪レベルか。戦闘力も大したことはない。せっかくの人型なんだが……」



 シラサギはもう一度白い何かを男の鼻に近づけた。綿に湿らせた気付け薬らしい。町で流通しているそれとは純度が桁違いの特別製であるようだ。

 動かなくなっていた白い男はすぐに覚醒し、シラサギを確認するとすぐにベッドから飛び降りて距離をとった。唸り声をあげているが、何かを迷っているように見える。シラサギの強さを察知したのだろう。



「ふむ。多少の知性はあるか。おい、言葉は分かるか?」


「……コとば、コトばことば……う、があああああ」



 白い男は苦しむように頭を抱えた。自分の中にいる何かと戦ってでもいるのだろうか。先ほどまでつるりと丸かった頭部に角兎のような角が生えてきていた。



「これは、一応は要経過観察か。あまり期待できるとも思えんが。A2型、お前はどう見る?」



 シラサギの問いかけを受けたA2型は読んでいた本を閉じた。そのまま無造作に放りなげると、本は緩やかな放物線を描いて白い男の頭部に直撃した。顔を伏せていた男が真っ赤な瞳を大きく見開き、こちらに向けた。

 あの、私まだここに居るんですけど。

 その言葉を発する間もなく、男がこちらに飛びかかってきた。私の目の前にいたA2型は瞬時に姿を消し、かと思ったらまたすぐ目の前に戻っていた。その白くたおやかな右手が赤く染まっている。



「雑魚ですね。加えて格の差を見極める力も無い。つまり、ザコです」



 シラサギの大きなため息が聞こえた。ボサボサの黒髪をさらに乱すように頭を掻いている。

 白かった男は腹部に穴を開けられたようで、床にうずくまり悶えている。床に拡がりつつある血液を体に付着させ、純白だった姿が見る影も無い。



「素材が素材だから弱いのは当然だろう。コレット君、A2型は最高の反面教師だからよく学ぶといい。A2型、そいつを集中治療室に運んでおけ」


「ラジャ、マスター」



 A2型は自分が穴を開けた男の元へ歩いていき、肩に担ぐとすたすたと部屋を出て行った。シラサギがこちらに歩いてきて、私の顔を見たかと思うと吹き出した。色々とドン引きしていた私の表情が気に入ったらしい。



「ふはは。まあ、あんなんでも相当に貴重なサンプルなのだ。人型で判断能力が残っているのは珍しい。私に反抗することだけはないから使っている。ここではいつも人手が足りないのだ。A2型が人か魔物かはまだ未分類だがな」


「やっぱり合成体だったんですね……なんか、何もしてないのに疲れました」


「そうか。なら今日は休んで明日からの任務に備えるといい。受けていた依頼については心配するな。僕から話は通しておく」



 よれよれの白衣を纏ってシラサギが去っていった。

 あの戦闘力、私のような新米冒険者には及びもつかない恐ろしい強さなのだろう。それでいて本業は研究者なのだから、食い詰めた一般冒険者の私としてはたまったもんじゃない。

 でも、口は悪いが性根の腐った人間には見えない。私の事を賢いと褒めてくれたし……。役に立ちたいという気持ちすら現れ始めている。この感情が魔法によって操作されたものでなければ、いいんだけど。

 多大な不安の裏に、思いがけない未来への期待が少しだけある。私は震える足で扉に向かい、まだ血溜まりのある白い部屋を後にした。





――――シラサギレポート


窃盗犯の中年男性×角兎


結果 A-1


暫定評価


凶暴性A

知性D

人間社会適合性E

戦闘能力D

成長性C


凶暴性に性能が追いついていない。能力制御も不安定で記憶に混濁が見られる。素材の性能の低さがそのまま表れた形。人型であることから成長性に期待したいが、大成は望み薄か。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る