第2話 光の渦

 ……。……!。……!!



 うるさい。すぐ近くで誰かが叫んでいるみたいだ。



 ……せ! …なせってば!



 ……ここは、どこだっけ? 一体何が。

 虚ろだった意識が覚醒してきた。私は体を起こして目を開いた。どこかの部屋にいるようだ。部屋の中央には大きな檻があり、その中で両手両脚を椅子に縛り付けられた小汚い男が涙を浮かべて叫んでいた。



「いやだ! 俺はまだ死ねない! 死にたくないんだ!」


「まだ暴れるか。鎮静剤の分量に変更が必要だな」



 檻の外で、白衣を身に着けた男が手元の紙に何かを書き込んでいる。目の前にいる男の慟哭を意に介す様子もない。

 光沢を放つ金属製の檻の中には男の他に、太い縄で全身を雁字搦めにされた角兎が床に転がっていた。まともに動かせるのは尻尾くらいのものだろう。



「やはり個体差は大きそうだ。複数の指標と判別手段も必要か。しかし安易な数値化は……」



 白衣の男は誰に聞かせるでもなく何事かを呟いている。一面が灰色の無機質な部屋には大きな檻が一つあるのみだ。純粋に何者かを捕らえておくための場所なのだろうか。



「おーい、あっちは片してきたよ。褒めて褒めて」


「来たか羽虫。よくやった」



 奥に見える階段からやってきた少女に対し、白衣の男が顔も見ずに言葉を返した。褒められているのか貶されているのか判別がつかないのか、少女は困り眉で笑った。少女といっても人間と比較すると何十分の一ほどにも小さく、また背中の羽を使って浮遊している。妖精種と呼ばれる類いの希少な魔物だった。……ていうか、喋ってる? 人語を?



「これから合成するんだね。どんなのが生まれるかな?」


「さあな。それを確かめるんだ。合成してから考えるさ」



 白衣の男が檻に近づき解錠すると、おもむろにその扉を開いた。そして拘束された一人と一体それぞれの頭部を掴んだ。喚いていた男は自らの終わりを察知したのか、青い顔で口をつぐんだ。



「よろしい。では合成開始だ」



 白衣の男がニヤリと呟くと、檻の中が光に包まれ始めた。頭部を掴まれた人と獣の全身が光の粒子に変化して宙に溶けていく。光の粒子は少し浮遊するとその場でぐるぐると渦を巻きだした。

 二つの渦巻きが白衣の男の目前で互いに寄り添い、繋がり合っていく。時計回りの流れが滑らかに合流し、一つの大きな渦となっていく。

 やがて完全に一つとなった渦が高速で回転を始めた。光が激しさを増し、大きく発光したかと思うと瞬時に消失した。

 瞬きの間に、檻の中には一人の男が現れた。素っ裸で色白な、しかし瞳を赤く光らせた男だ。叫んでいた小汚い男と一匹の魔物は姿を消し、太い縄という痕跡を残したのみだ。



「ほうほう、これはこれは」



「おー、ラッキーかな、ラッキーだよね?」



 いつの間にか白衣の男は檻の外へ出て妖精種と語り合っていた。近くには見覚えのある銀髪の女性もいる。

 檻の中で、裸の男は後ろへ振り返り、白衣の男を見たかと思うと人間とは思えない唸り声を上げた。部屋中を震わすように声が反響している。その表情がよく見えない位置にいる私にも、男が怒り狂っているのが分かった。



「ありゃりゃ、こりゃダメかも」


「詳しく調べてみよう。おいA2型」


「かしこまりました」



 銀髪の女性が銃を裸の男に向けると、プシュリと音がして男に何かが突き刺さった。男は一瞬のうちに倒れ込み、ビク、ビクと二度体を震わせると動かなくなった。

 私は何が何だか分からず、ここに来てから自分がずっと口をポカンと開けていたことにようやく気付いた。



「ねーねー、それでそれで、その子はどうすんの?」


「ん? 答えろ、A2型」


「はい。分かりません」


「そうか、僕が悪かったよポンコツ。おい女、どうしてここにいる」



 白衣の男がこちらを向いた。私は今更焦って自分の身体を確認する。特に拘束されている様子は無い。全身が動くから毒を盛られているわけでもない。意識を失っている間にただ連れて来られただけのようだ。



「女」


「あの、コレットです。ここにいる理由は、どちらかと言えば私が聞きたいんですけど」


「そんな気はしていた。……A2型、聞き方を変える。仕事中に何があった?」


「はい、マスター。目標を殲滅後、指示にあった手頃な実験体を確保、しかし指示に無い人間が現場に居合わせ、判断に迷い、マスターの指示を仰ぐために連れてきました」


「ふん……」



 白衣の男は気難しそうな表情のまま唇に手を当てて考えを巡らせている。ボサボサに伸びた髪に白目の多い瞳、いかにも世捨て人といった風貌だ。



「女、コレットと言ったか。先ほどの実験を見ただろう。僕は人と魔物を合成する研究をしている。コレット、君は僕の協力者になれ。ならなければ君という存在は消滅する」



 ……何を言っているのだろう? 自分はおそらく拉致され、しかし拘束はされていない。すぐ目の前には戦闘力ヤバヤバだろう美女、何故か人語を話し人間と仲良くつるんでいる妖精種、そして明らかに目つきのおかしい人間の男。自分がまだ死んでないだけマシという気もする。



「一つ、聞きたいんですけど、その、合成とやらをした後って記憶とか残りますか?」


「残る場合も残らない場合もある。それを調べている」


「やります。協力します」



 ほとんどの事を飲み込めていないが、ここで断れば死ぬということだけは分かった。めちゃくちゃに碌でもないことをさせられそうではあるが、ここは一本の細い糸に縋るよりない。



「わわっ。新しいお友達だね。ぼくブレンダ。よろしく~」


「A2型です」


「前任は勝手に野垂れ死んだから、君はあまりすぐ死なないでくれ、僕が困る。シラサギだ」



 こんなに最低な自己紹介も無いと思うが、ニヒルな笑みがよく似合う。ちくしょうめ。



「改めて、コレットです。新米の冒険者です。それで、協力とは何を?」


「指定した魔物と人間の捕獲を頼みたい。報酬は弾む。手段も用意する。なに、ウチはお偉いさんお墨付きの施設だ。法に逆らえと言ってるわけじゃない。そこは保証しよう」



 予想通りではある。ミスを犯せば自分も同じ末路になりそうという予想も実現しなければいいが。



「了解しました。力は尽くします」


「やけに物分かりがいいな。それがただのポーズでないことを願おう。ブレンダ、あれをやってやれ」


「ほいさっ」



 ニコニコ顔の可愛い妖精種がふよふよと私の頭上にやってきた。そのままおでこに着地すると、何やらぶぶぶぶぶぶぶぶぶばああああああばばばあああばあああbbbbbbggyaaaaaaaaaaaga

 ――何かが私の中に侵入してくる感覚と共に、私の意識は再び消失した。

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