50/50の生物合成士

厳島くさり

第1話 遭遇

「よう嬢ちゃん。儲かってるか?」



 後ろから突然声をかけられ、私が驚きながら振り返ると、そこにはいかにも野蛮そうな男が三人立っていた。ニタニタと笑いながらこちらを見ている。



「えと……何のご用でしょうか?」


「実はよう、俺たち金欠でなあ。すまんが、少し恵んでもらえねえか?」



 笑顔の男衆とは裏腹に、私の顔面は限りなく引き攣っていく。冒険者らしき三人はこれ見よがしにキラリと光る得物を握り締めている。気を利かせた建前があるわけでもない、ただ暴力にものを言わせたカツアゲだ。



「あの……私別にお金があるわけじゃ」


「ああん? アニキが金よこせって言ってんだ。大人しく有り金全部出しやがれ!」


「おいゴンザ、少し黙っとけや。なあ嬢ちゃん、周りを見てみろ。だあーれも居やしない。賢い嬢ちゃんなら分かるだろ? 出す物出せば、それ以上酷いことにはならないんだぜ?」



 男の汚い歯並びから目を逸らすように、私は言われた通りに周囲に目を向けた。岩、山、草。採取をするにはもってこいの場所だが、ここにいる四人以外には人気ひとけが全くない。カツアゲするには絶好のロケーションだった。ギルドは冒険者同士の諍いに一切関与しない。バレなければ何でもありの、自己責任の弱肉強食。私は飛んで火に入るなんとやらだった。



「……分かりました。命には代えられません」



 私は胸の内ポケットに手を入れた。財布を探るように見せかけながら考えを巡らす。毒投げナイフ、煙玉、気付け薬。どれも悪くはないが確実性が低い。すでに三方を囲まれていて、一人を倒せたとしても残り二人に対応できる保証はない。ならば。



「お兄さん! 助けて!」



 私は適当な方向へ素早く首を動かし、あらん限りの声で叫んだ。男達はびくりと肩を震わせ、瞬時に私と同じ方向に首を向けた。

 その様子を確認もせず、私は一目散に駆け出した。一応は町のある方向へ、しかし果てしなく遠く感じる距離だ。脚には自信があるが、男女の体力差を考えると逃走成功率は五分か。



「おまっ! ……ぐらあああ!!」



 汚い歯の男は言葉にもならない雄叫びをあげ、すぐに後を追ってきた。古典的な手は十分に効果を発揮したようで、兄貴分にいくらか遅れる形で二人の男も追ってきているようだ。

 一心不乱に草原を走る。背の高い草を掻き分け、ひたすらに町を目指す。時々後方を確認することも忘れない。飛び道具を食らってはひとたまりもないからだ。幸い連中は銃器などという高価な武器を持ってはいないようだった。



 ――――はあ、はあ。どのくらい走ったろうか。町はまだ見えない。最近野盗の話を聞かないからって油断していた。自分は戦闘力に欠けた新米冒険者だってのに、人気の少ない採取場所に無警戒で来てしまった。

 当所の目的であった薬草は鞄ごと途中で捨ててきた。かさばっていけない。糞野郎共が最悪薬草で満足してくれないかとも思ったがそんなことはなかった。

 三人とは少し距離を離したが、まだ続けて追ってきている。休むほどの余裕はない。油断せず町まで逃げ切るんだ。



「ぐばっ」



 そう思った矢先、足元を何かに取られて激しく転倒した。右の足首が酷く痛む。見ると束状になった草が横たわっており、トラップのように私の足を引っかけたらしい。

 後方から何か叫ぶ声が聞こえた。私の転倒はしっかり見られていたらしい。くそっ。

 不幸中の幸いか、周囲は背の高いもろこしの草が生い茂っており、隠れるには事欠かない。私は右足を引きずりながらすぐにその場を離れた。

 転倒現場からやや離れたところで屈み、息を潜める。男共はまだ遠いが、時間の問題だろう。もはや逃げるのは不可能だ。戦うしかない。

 私は右手にナイフを握り、左手で地面の土を目一杯に掴んだ。最初のアクションで確実に一人は動きを止めたい。止められなければ未来は無い。


 ふぅー。ふぅー。聞く価値のない罵声を聞きながら、暴れようとする呼吸をなんとか抑える。音が出ないよう、しかししっかりと空気を吸い込み、吐き出す。穏やかに大きく、それを意識するんだ。その時だった。

 遠くでクズやらゴミやら叫んでいた声が、鳥の鳴き声のように変化した。そしてドタドタと足音がしたのも束の間、声が突然途絶えた。風がもろこし畑を凪ぐ音だけが耳に届くようになった。


 ……? 私は引き続きじっと息を潜める。私を釣り出す男共の作戦というのが一番濃厚、魔獣に襲われたというのが次点。他は、なんだ?

 正しい呼吸のおかげか、爆音を上げていた心臓も落ち着きを取り戻してきた。男共の作戦だとして、ここまで気配を殺すことは可能だろうか。可能だとしてもすぐ近くにいるということはないんじゃないか。このまま潜んでいても埒は明かない。一度顔を上げて状況の確認を。いやしかし危険か――。



「あなた」



「っ!? 」



 突然現れた抑揚のない声に驚き咄嗟に仰け反る。すぐ目の前、声の方向には白とも銀ともつかぬ髪色の女性が立っていた。



「あなた、見ていましたか?」


「な、何をですか?」


「ふむ……困りましたね」



 まるで困っているようには見えない無表情な顔。人形のように整った顔は無機質に私を見つめ続けている。いつの間に、こんな近くに。それに……。

 女性の右手には男のうちの一人、ゴンザと呼ばれていた者の襟が掴まれていた。まるで鞄でも持つかのように軽々と男が一人持ち上げられていた。気を失ったように動かない。



「え、え? 痛っ」



 私は驚いて立ち上がった。痛めていた足首が悲鳴をあげる。しかしすぐにどうでも良くなった。男達が居たであろう場所が赤く染まっていた。男達の姿は草に隠れて見当たらない。しかし一面を染め上げた赤から、何が起こったかを想像するのは容易かった。



「一体、何が」


「はい、分かりました。分かりません。マスターに聞きましょう」



 目の前の女性が訳の分からないことを言い放つと、瞬時に視界から消えた。そして、私の意識もすぐに途絶えた。

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