5. 二人だけの木陰
走り出した先、目前に広がる暗く
ミールを担ぎながら、私は改めて後ろを軽く振り返った。
視線の少し先では、私達がいた
あの母屋も、おそらくここに来るときや
どこか
そんなことを
「……アズサ?どうしたの?」
背に
……そうだ。私たち、まだ自由じゃない。逃げないと。
そう思うよりも早く、私は再び燃える炎に背を向け、また走り始めた。
「ぅえぇっ!?ちょ、ど、どこ行くのアズサ!?」
「逃げるの!ここから!」
「だからどこに!?」
「目の前の森にッ!!」
さっきまで炎で照らされていた木々の
時折、夜風で
とにかく、とにかく遠くへ。あの奴隷商から見つからないぐらい、できるだけ遠くへ。
進むに連れて増す
視界の端、帯のように流れていた景色は次第に
(駄目だって、まだ行けるだろ。早く、逃げないと……!)
そんな思いも
なんとか、なんとか、あと一歩だけでも……!そんな思いで一歩を踏み出そうと、両足に力を今一度込める。
次の瞬間、私は崩れ落ちた。
力が抜けた両足はガクンと
だめだ、足に全く力が入らない。両手を地面について体を支えるのも正直、
……いや、ろくに
そんなことを考えているとふと、背中が軽くなった。と同時に右隣から
「アズサ、だいじょうぶ?」
「うん……ごめん、ちょっと、動けないかも」
「えっ!どこか怪我したの……!?」
「いや……体力、限界、な、だけ」
あぁそうか、ミールが私の背中から降りたのか。そんな事すら忘れかけていた。
それでも、ミールが自分から動けるくらいには心を持ち直してくれたのかと思えば、少しばかり心が晴れた気がした。
「……ごめんねアズサ、今日はもう休もうよ」
地面についたままの私の手に、ミールの手が重なる。顔をあげると、彼女は
「そう、だね……ただ、せめてどこかに隠れないと」
「じゃああの木、どうかな?」
そう言ってミールが指さした先には、小さな
「クシダキ、って木なんだけど……内側の、
「……よく、知ってるね」
「うん。あの木、家の近くでよく生えてたから」
「そっか……」
ミールの、この世界で生きているからこその知識だった。そして目前のクシダキを差し置いて別の場所を探せるだけの気力は、今の私にはなかった。
……それに、あんな顔を見せられたら、断れないじゃん。
「……それじゃ、そこにしようか」
「わかったよ!あっ……アズサ、歩ける?」
「ちょっと、キツイかも……肩、貸してくれる?」
申し訳なさそうに私はミールへ
◇
ミールの肩を借りつつ、私達はクシダキの
木の内側は意外にも
「アズサは休んでて?わたしが見張ってるから」
「うん……ありがと」
ミールの提案に乗り、私は体をゆっくりと横にした。地面に低く生い茂る草花が
ミールをあの奴隷商から助け出し、一時的とはいえ心身を休める場所を確保することができた。まだ奴隷商から逃げ切れた
そう思うと、
「へへっ……」
「ど……どうしたのアズサ?」
隣に座るミールが訝しむような眼差しでたずねる。……確かに、
「……私、ミール、助け、だせっ……たんだぁ……」
「え?」
今にも隣にいるミールに抱きつき、大きな声で泣き叫びたかった。
そのまま抱き合ったまま、泣きつかれて深い眠りにつきたかった。
「よかった、よかっ――」
「――せ!探せぇッ!大事な売りもんだ、一人も逃がすなァッ!!!!」
だが、その声を耳にした瞬間、あの
忘れもしないあの声だった。
草木をかき分ける音が森に響く。音はやや遠く、そこまで近くにはいない。それでも、大人がこちらに真っすぐ走れば十数秒、それほどの距離のように聞こえた。
気づけば私はとっさに息を殺し、口に手を当てていた。ミールも私を
瞬間、ミールの顔が、体が、さらに
新たな葉音。あの大男とは真逆の方向からだった。
一歩一歩踏み出すように、かき分ける音が一定のリズムで響く。
近い……いや、近づいている。だれ、なんで。もしかして、バレて――
――そして、音が止んだ。距離にして多分、一メートルもない場所で。
気づけば、私は
「……兄貴、明かりもなしに無理ですって!!!暗すぎる!!!今は火消しが先です!!!」
大男とは違う、若い男の声だ。息を切らしながら慌てている調子で、さっきの葉音が止んだあたりから聞こえていた。
「馬鹿言うなッ!!売るもん無きゃ俺も、テメェの
大男が私達を
「わかってます!!!!けど十五は
「三人足りねぇ!!!!!」
「火消さないと屋根も、足も消えて……明日生きる
大男からの怒声は、ない。
若い男の必死の訴えが
かすかに聞こえる上がった息、風で
「……兄貴っ!!!!」
そして、永遠のような一瞬の、張り詰めた
「……ッだぁッ!!!!!うっせぇ、戻るぞッ!!!!!!」
「はいっ!!!」
若い男の
大男たちの気配が遠くに消え失せて
「……助かったの、かな」
消え入りそうな震えた声で、ミールがぽつりと言葉を漏らした。
「……多分」
私も私自身に言い聞かせるように、小さな声を絞り出す。
「「……はぁ~~~~~~っ」」
私たちは
男らから隠れ通せた
冷たくなっていた
「……ねぇ、なんでわたしなんか助けたの」
「え?」
「助けなければ……アズサだけならもっと遠くまで逃げられた」
ふと、ミールが私に
私はそのままミールを見つめながら、私なりの言葉で答えた。
「……私の、わがままで助けたかったから」
「……なんで」
「あの日……ミールが焼印をつけられた日、私は声をかけられなかった。あの日からずっと、どうすればいいか分からなくて。それで、結局今日まで話せなくて」
「……」
「でも、あの場所で、あんな形で別れるのは嫌で……ううん、違うな。あの日からずっと、こうしてミールと話したかった。だから助けたんだ、私」
「……なにそれ」
「ん?」
「それだけで……そんなことで、死ぬかもしれないのにさ……助けてくれたの?」
「そんなことだからだよ。……今はさ、なにもないけどさ。なにもないからこそ、私がもってる唯一の、一番大事なものだから。ね?」
「……ぅ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛……ばがぁ゛ぁ゛……!!!」
そんな私の言葉を聞いて、ついにミールの目から涙がこぼれた。体を軽く起こし、ゆっくりとミールの隣へと近づく。そして何も言わず、私は
胸元に抱えるミールの暖かさと共に、ボロボロの私の
気づけば、あの日から感じていた
今日はもう寝よう。そして明日の朝焼けとともに、また一歩、今度はミールと一緒に前に進もう。そう思いながら、私はゆっくりと
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます