6. 外套の男
あの夜から日は経ち、私たちは森の中を進んでいた。
夜が明ければ日の出に向かって歩き出し、道すがらミールが見つけた木苺や木の実、木のウロに
小屋での生活に比べれば
そんな日々を続けて四度目の朝。希望の見えてこない
それでも、支え合うように
◇
日も高くなってきた頃、私たちは足を休めるために
そんな
「……アズサ、なにか聞こえない?」
唐突なミールの言葉に対して、私も返事を返す。
「いや、なんにも聞こえないけど……?」
ごめんなさい、マ―――――――ジで何も聞こえなかったです。正直なことを言えば、私には吹く風と木々のざわめき、あとは
だが、そんな私の返事をミールは
「……うん。やっぱりあっちから、なんか聞こえるって」
そう言いながら、ミールはある方向を指差した。その先には、相も変わらず広がる深い森の
風が吹き抜け、葉が擦れる。鳥がさえずり、それよりも遠くで
枝の
――チリリン、チリン
「……っ!」
かすかにだが、確かに何かが聞こえた。思わず軽く息を
その存在を確かめようと私は即座に
「聞こえた?」
「……うん、聞こえた」
隣のミールに返事をする。疑ってごめん。というか、逆によくあの
見えはしないが耳が
「ねぇアズサ、
ミールが小さな声で不安を
あの小屋から逃げて四日。私たちはかなりの距離を歩いてはきたが、それでも
もし、あの男らが
「……わからない。けど、可能性は低いと思う」
――だけど、同時にそこまでの労力と時間をかけ、奴隷を探すのかという疑問も私の中にはあった。
全焼した小屋や燃えていた
それこそ、もし荷馬車などの移動手段にも被害が出ているようなら、
それに、私たちの体があと何日、この森での生活に耐えられるかも分からない。よくよく考えれば、
「……とりあえず、近くまで行ってみよう」
「うん、わかった」
考えられるリスクとポジティブな可能性を踏まえたうえで、私は後者に
少し
◇
どこまでもはびこる草木をかき分け、たまに足を止めて音を確かめる。耳を澄ますたびに
次第に、どこまでも青々と続いていたはずの森の奥は白く、明るく光り始めた。その眩しさに少し目を細めながら、ある程度近づいたところで、聞こえていた鈴の音が止んだ。
私たちは足を止め、その場にしゃがみつつ目を慣れさせる。すると、視界にはこの森を右から左へとまっすぐに横切るような一本の土の道が見えた。だが、鈴の音を鳴らすような人はおろか、人影ひとつすらどこにも見当たらなかった。
「……道、だけだね。」
「そうだね……アズサ、誰もいないけどどうする?」
私の右隣で肩を
だが、居ないなら居ないでやることは決まっている。進むしかない。
幸い目前の道を見れば木々が影を落とさない程度に開けており、乾いた土が日に照らされ
この様子なら、頻度や期間こそ分からないが、少なくとも人の往来に定期的に使われ、踏み固められている道だと考えていいだろう。そうであれば、この道を左右どちらに進むにしても、
「……道に出て、誰も居ないならどっちかに進もう。森の中よりは歩きやすいし、村とかには繋がってる、と思う……」
「……」
「……ミール?」
だが、隣にいるはずのミールからは返事がなかった。ふと、何かが右肩に触れる。
当の本人へと目をやれば、道から視線を外してこそいないが、じっと押し黙ったまま
「……大丈夫。一緒にいるから」
熊とか化け物とかから彼女を守れる力は正直ないけれど、この思いだけは嘘じゃない。だからキザな言葉をわざと言ったわけじゃない。違うからね?
しかし、ミールから帰ってきた返事は、想像していない内容だった。
「……違う。なにか近くに……いる」
その言葉を前に、
ミールが不安に感じていたのは一歩を踏み出すことではない。彼女だけが感じた、
心臓が
不安と疑問が
チリン、チリリン。
「――
――背後から知らない男の声が、あの鈴の音と共に語りかけてきた。
私とミールはほぼ同時に、
少なくとも、
……
――気づいていたのなら、なぜ逃げなかった?そして、もし奴隷商の仲間なら、なぜすぐに捕まえないんだ?
目前の彼は
それに、身なりだけでなく立ち振る舞い自体も、あの
だからこそ、目前の男が何者でなぜ私たちを待っていたのか、その意図が全くわからなかった。
そんな相手への
「……ん?あれ?えっ……違いました?」
その
さっきまでの緊張感が途端にふにゃりと
「いや、そうじゃないか。あー、えっと……うん、そうだね。まずは自己紹介からか」
そして、当の本人は
気持ちを切り替えるように彼は軽く息を吐き、ゆっくりと彼はこちらへと歩き出す。そしてこちらまでおよそ一メートルあたりの場所で、こちらを気にしながらゆっくりと足を止めた。
そして、目線を合わせるようにしゃがみつつ、こちらへと話しかけてきた。
「僕の名前は
◇
目前の彼、コウレンと名乗る男はそのままこちらへ優しく
だが、私は知っている。
……現実と物語を区別できていないだって?うっせぇ、こちとら現在進行系で
しかし、疑い続けてこのまま
「ミール、ちょっと相談。耳貸して」
「……うん、わかった」
「ミールはそのまま相手見続けててね」
そう言いながら私はミールの右耳を軽く手で隠し、顔を近づけながら続けて囁いた。
「……あの男の
「うん、私は何すればいい?」
「変な動きしたら声出して。出来る?」
「うん、任せて」
現状の判断は多分、これが正しい、と思う。火事の時も彼の鈴の音も、いずれも先にミールが気づいていた。相手を警戒する役割は感覚が鋭いミールのほうが
なら、私は多少マシなこの脳みそで相手を探るしかない。一応中身は現代社会で十八年生きてきた女子高生だ。多分、ミールよりはボロを出さずに済む……かもしれない、きっと、そう、うん、多分。
「あと、もしなにか攻撃してくるなら……構わず逃げて」
その後も続けてミールに指示を出す。これは最悪のケース。それでもとにかく生き残るための指示。これも警戒に集中しているミールのほうが、私よりも先に動けるはず。ならば、私は
「嫌だ。
だが、その指示はあっさりと否定された。ミールの声色は固く、
「……分かった。私もちゃんと逃げる。無理はしないで」
「うん、アズサもね」
今は無理に否定する時間もない。軽く念押しをしつつ、私はまたあの男、コウレンの方へ向き直った。
ここからは私の番だ。ミールの、私たちのためにも、ヘマはできない。
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