迷宮のアズサ
井之頭護
第一章
奴隷商編
1. 意図しない終わり、想像出来ない始まり
ふぅーっと吐き出した嬉しさと少しの寂しさが、
二月の半ば。東京を横に
高校三年生の私は、幸いにも第二志望の私立大学に合格することができた。そして今は担任への報告とお礼の一言を言いに、快速の電車を待っている。
……が、正直に言えば教師
ホームの時計を見れば、通勤ラッシュから少し外れた時間。だけど、今日は思いの外、電車を待つ人が多い気がする。
……それにしても寒い。早く暖房の効いた温い教室で、紙パックの紅茶片手にしょうもない話を早くしたい。
ユミの恋愛相談、また聞く羽目になるんだろうなぁ。そういえば、ぐっちの好きなあの漫画、アニメ化するんだっけ。
マチコとは毎日通話してたけど、ちゃんと合って話すのは二週間ぶりだ。楽しみ。
そんな、どーでもいい事を考えていた時だった。
背後からの衝撃とともに、目に映る光景が瞬く間もなく、ぐわんと縦に暴れた。
「えっ」
本当に一瞬だった。突然の出来事に
体が軽くひねりながら
視線のちょっと先、電車の先頭車両が視界に入る。距離にして二十メートルほど。
いつもこの駅を使っていたからこそ、分かってしまう。
この電車は、この駅には止まらない。
これ、私、助からない。どうしよう。でもどうしようもできない。
ふと、車内の
あぁ、せめて最後にマチコと話しておきたかっ――
◇
――
ガラガラと、
ガタン!と
「ったぁ……!」
突然、体に走る痛みで思わず声を漏らす。一体何だ、何が起きているんだ?私は、電車に……
何もわからない。けど知らないままでいるのも、同じくらいに怖い。そんな考えが頭の中で何度か繰り返された後、私は答えを求めるように、
そうして私の眼が最初に視たものは、膝を抱えながら、光が消えた目をした子どもたちの顔だった。
子どもたちの服装を見てみると、どの子も汚れた
それらは一本の
そこでようやく、私も彼女らと同じ身なりで、同じ手枷をされていることに気づいた。
そして次に私の頭を支配したのは、臭いだった。
一体何日、何ヶ月も体を洗っていないのだろう。それすら分からないほど、強烈な匂いがここには満ちていた。
そんな中、顔に何かがぶつかった。口にも何かが入った。……苦い。草だ。思わずツバと一緒に吐き出したが、嫌な味が舌にへばりつく。
思わず口元を拭った手を見ると、そこには太い
一瞬にして肌が
そうして揺れに慣れ始めた頃、馬の
よく聞けば、力強く大地を蹴る
……一旦、まずは、状況を整理しようか、うん。
まず、馬がなにかを引っ張っていて、それは木製で、そこには人がたくさん入っていて、そして私たちは鎖で繋がれていて、さっき見た
ゆっくりと、改めて振り返ったおかげか、ようやく私は己の置かれた状況を大いに疑いつつもなんとなく理解し始めた。
要するに私は、何故か知らない世界で
……夢であってくれ。いや、もしかしたらこれは事故後の
―― 痛かった。普通に、痛かった。
夢じゃ、なかった。嘘だと言って……いや、生きているだけでもありがたいのか?いやいやこれ、ご都合主義じゃなければ、生きてても地獄なのでは?
そんな現状を飲み込みきれない私のことはお構いなしに、馬車は
時折、顔を照らしてくる
時間にして数秒ほど経ったあたりで、私はゆっくりと、上を見上げるように瞼を開いた。
そこには森を抜けたのか、太陽が黙々と照りつけ、どこまでも高く青く広がる青い空が広がっていた。
目が痛くなるほどの青さに耐えかねて、視線を地平線に落とす。その先には、明らかに現代日本では地方でしか見かけないような
◇
目が覚めてから二十分ほど経っただろうか。
隣にいる奴隷商らしき人の身振りと鎖の先を持っている
ふと、荷馬車から降りた足元、その
ボサボサに伸び切った紫がかった髪はまぁ酷いものだが、顔は前世の頃に比べれば
そして、顔を正面に戻した時のこの視線の低さ。多分、身長は一五〇センチも無い気がする。もう一度視線を落とし、水たまりを見る。
……うん、なんでか分からないけど、一応これが自分の顔だと認識はできる。
それ故に、何もかも前世と違う姿に対して、強烈な違和感が
「アニメキャラじゃん……ってまじか、声
見直した水たまりの中の自分に対し、思わずそう呟く。それほどに、現状が非現実的すぎる、正直、まだ
手枷に繋がった鎖が前に引かれ、従うように前へと歩く。
そこに転がる石は裸足で歩くにはあまりにも鋭く、硬く、痛かった。足元を見れば、そこには小指の先ほどもない小石がひとつだけ転がっている。
足裏の触覚の
今更、自身の都会っ子さを感じてしまった。もう関係がないのに。
その後、石はなるべく避けながら歩きはするが、気づかず踏んでしまった時は声を出しそうになるほどに痛かった。
そうした痛みを耐えて歩いた末、私は大きな建物の裏手で足を止めさせられた。
手枷はそのままに、
だが、平和な現代日本を生きていた現代人にとっては、この後どうなるかを明確に想像が出来ず、ただ
ふと、遠くから
「る一〇四、アズサ!!」
……明確に、
そんな具合に呆けていると、私の全身に影が落ちた。疑問に思い顔を上に向けると、一九〇センチはあろう男が目前でこちらを見下ろしている。私たちの鎖を握っていた男だった。
アイツ、こんなにデカかったのか。そんな風に驚く間もなく、彼は手に握っていた鉄製のフックを私の手枷にひっかけた。そして、一切の
管理番号であろう数字とともに叫ばれた「アズサ」。
この時が、この世界で私を指し示す名を初めて知った瞬間だった。
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ここまでご一読いただき、ありがとうございます!
処女作となる本作、未熟な点も多々あるかと思いますが、頑張って書いていきますのでよろしくお願いいたします……!
もし楽しんでいただけましたら、執筆の励みとなります【作品のフォロー】【⭐︎評価】【応援のハート】をしていただけると非常に嬉しいです!!
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