ゴールデン・ナゲット

@yanenite_yoru

第1話

 「日給十万」と書かれたメールが知らないアドレスから送られてきた。ただ箱を壊すだけの、たったの一日のバイト。

 仕送りでは足りなかったが、十万円あればこの先しばらくは飲み会を断って白い目を向けられなくて済む。


 起きたことを誰にも言ってはいけないなどの条件にざっと目を通して、先着一名とあるので急いで返信する。

 何度かメールの応酬を重ね、バイトに赴くことになった。


 時間通りに約束の場所へ向かうと、黒いスーツを着こなした四十代らしき男に先導された。

 通された部屋は薄暗く狭い。


 化学物質のような刺激臭がして鼻をつまむ。五つも並べられた消臭剤は意味があるのだろうか。

 作業台は薄汚れている。赤茶色の液体が乾燥したようなものや何か分からないものがこびりつき、凸凹している。


 作業台の右隣には鉄製テーブルがあり、段ボール箱が山盛りになっている。しかしガムテープで貼られて閉じられた部分がなく、組まれた隙間に指を入れて引っ張り出さなければ開けられない作りになっている。


 ここまで案内してくれた彼は、「なんとなく破壊できたら左側のカゴに移せ」などと指示をし、俺のスマホを回収していなくなった。終わったら返してくれるらしい。


 箱を潰すだけの簡単な仕事だ。渡された軍手をつけ、金槌を握りしめる。すべての箱を潰し終われば、十万円もの報酬を得ることができる。

 

 言われたとおりに箱を潰していくが、何も入っている気配がない。全く同じ小さめの段ボール箱を破壊し続ける。

 右側から段ボール箱を取り、ぺちゃんこになったのを確認し、左のカゴへ移す。それを何度も繰り返す。

 金槌を手にしているだけで右腕が痛む。また段ボール箱を作業台へ運ぶと、違う種類の箱が現れた。


 ケーキの箱らしきそれを作業台に移す。消費期限切れだろうか。特に腐った匂いなどはしない。そのまま焼却炉に投げ込むわけではないのか、と疑問に思いつつ金槌を振り上げる。


 箱に当たるとすぐに砂の山を上から押し潰したような手応えがあった。金槌がぶつかる音とともにシャリシャリと音を立てて潰れていく。スコーンに思えるが、それにしては大きい。


 壊さなければならないものはあと三つ。何も知らなければ、何も考えなければ、無事にこの一日が終わり、大金を手にできるだろう。


 手汗で濡れた軍手に不快感を覚えるが、次にボウリングの玉くらいの大きさの木箱を壊す。中身まで壊さなくていいと付箋が貼ってある。

 加減して金槌をぶつけ壊れた部分から、衝撃で揺れる植物が見えてしまう。


 何かを考える気力も起きず、次の箱に取り掛かる。箱というよりは手のひらと同じくらいの長方形の物体に紙を巻き付けたかのようなものだ。金槌を振り下ろすと、ばき、と音がした。


 そのまま作業を続け、とっくに箱が金塊に見えてきていたが、最後に残ったものは麻袋だった。


 これまでと同じように金槌で殴る。ずりっ、となにかがずれるような感覚を受けながら叩く。赤黒いものが滲んでくる。思わず声を上げて後ずさった。


 何時間も刺激臭にさらされ続けて鈍った嗅覚が、それでも警告するかのように凄まじい悪臭を捉える。あまりの鉄の匂いに吐き気を催す。


 左手で口を抑えながら無心で金槌を打ち付ける。長かった作業がようやく終わろうとしている。なかなか力が入らず何度も殴る。硬い何かが粉々になっていく。


 麻袋の汚れていないところをつまみ、カゴへ移す。まさにそのとき、ここに案内したのとは違う男が部屋へ入ってきた。


 カゴの中身をさっと確認して「はい、いいよ」と上着のポケットから出した現金を突きつけてくる。俺はそれを無言で受け取った。

「また機会あったら頼むよ」

 固まって動かない表情筋を無理やり押し上げて、「ははは……」と笑い返した。


 何時間ぶりか建物から出ると真っ暗になっていた。明かりがついている家もほとんどない。

 スマホを取り出そうとカバンを探るが、見つからない。一度踵を返したものの、あの悪臭が体の何処かから湧き上がってきて、俺はそのまま家路を辿った。

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