回収屋
神白ジュン
第1話
「……えぇ、えぇ。滞りなく」
男はそう言って手に持った通信機器を懐にしまうと、側にある宝箱に目線を落とした。煌びやかな装飾の施されたその箱は、このダンジョンにおいて最も貴重な宝箱であった。
だが、その中身はとうに空っぽであった。既に冒険者によってこのダンジョンは踏破されており、魔物も殆どいないこの場所には滅多に人は訪れなくなっていた。
ならばなぜ男がこんな場所にいるかというと、彼の仕事だからであった。
世界各地に存在するダンジョン。恐ろしい魔物が犇くその地には、希少な宝箱や素材が無数に眠っているとされる。そんな夢を追いかけて、冒険者たちは己を鍛え、仲間を作り、ダンジョンに挑む。
けれどもその陰で、ひっそりと動く団体が存在した。回収屋と呼ばれる彼らは、冒険者が残していった空の宝箱を回収していくという奇妙な集団であった。
ではなぜそのようなことをするのか。答えは単純であった。
「……これでここの回収は全部終わりました。とりあえず一度帰った方がいいですか?」
「いや、その近くに数日前現れたダンジョンがある。そこへ向かってくれ。やり方は任せるが、くれぐれも気をつけるように」
「分かりました」
電話越しの相手の声はやや老いぼれた老人のように聞こえた。会話の内容から察するに、この男はすぐにまた別のダンジョンに向かうらしい。しかもその場所は、まだ未踏らしい。
次の男の目的地は目と鼻の先だった。魔物を退けつつ、仄暗い道を少し進んだ先で、男は不意に立ち止まった。すると何でも入ると噂の収納袋から先ほど回収していった宝箱をおもむろに取り出す。そしてまた別の袋から何かを取り出して箱の中にしまい込んだ。
────ダンジョンに配置された宝箱の数々は、彼らの仕業だったのだ。確かに冷静に考えてみれば、何もなかった所から宝箱がぱっと現れるなんて余程の仕掛けでも無ければ普通ではあり得ない。そもそも、貯蓄や遺産を残しておくためであったり、バレないようにするため盗品を隠しておいたり、でない限りこんな危険なところに宝を隠そうと思わないだろう。
気がつくと男がまた移動していたので、気配を消しながらも慌てて跡を追った。
気づけば最奥部らしき場所に来ていた。最後の宝箱らしいものを設置したところで、男はまた通信機器を取り出し、通話を始めた。
「一通り完了しましたので、ご報告を」
「……流石だな。念の為に聞くが、誰にもバレてはおらんな?」
「ええ、勿論」
「うむ。しかし、ダンジョン攻略がここまで娯楽化するとはな……」
「まぁ仕方ないですよ、お陰でうちらも商売出来てるんですから」
言っていることが最初は理解できなかった。
ダンジョンの攻略が、娯楽だって??
じゃあ、道中にいる魔物たちは何なんですか。娯楽のついでに狩られてるって言うんですか。
何だか腹が立ってきて、思わず身を乗り出してその面をこの目に焼き付けてやろうとした。
「……ところで、さっきから知能のありそうな魔物につけられてるんですが、どうします」
思わず息を呑んだ次の瞬間、天地がひっくり返っていた。
……人間って、恐ろしい。
回収屋 神白ジュン @kamisiroj
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