ビブリオフィリア
POND
第一話 紅玉のウエディングドレス I
一 詞章 <にのまえ ししょう> 斎書大学一年
この物語の主人公であり、文豪・書物をこよなく愛する本の虫である。
まだ五月だというのに、鬱陶しい気温が肌に纏わりつく日。突如後ろから聞こえてきたのは、声というにはあまりにも大きい音が僕の耳に響いた。
「にのまえ!」
振り向けば名前も知らぬ人物が立っていた。五月蝿い。そんな言葉を飲み込んで彼に返答する。
「誰ですか?」
やはり大きな声で彼は答える。
「俺は、深澤修治!さっき隣に座ったんだけど!」
僕はそこから率直な疑問をぶつける事にした。
「だからと言って、なぜ僕の名前を知っているんですか?」
彼から意外な回答を聞くこととなった。
「昨日の講義で気になって周りのやつに聞いたんだよ!俺と友達になってくれよ!」
「別に良いけど、僕はきっとつまらないですよ。」
今まで友人と呼べるのは数人だった。彼のようなタイプはいない。実際僕に飽きてそのうち離れてくれるだろう。
「いいって!お前本好きなんだろ!聞いた!それから名前の漢字も教えてくれよ。珍しい名前だから気になってさ!ちなみに俺の漢字は深いに難しい方の澤で深澤。名前は修学の修に怪我を治すの治!」
口から産まれた、と言うのはきっと彼のような人を言うのだろう。
彼の言葉の中から気になる部分と、僕に対しての質問の部分に答えた。
「いい名前ですね。僕は漢数字の一でにのまえ、歌詞の詞に一章二章の章です。」
それから彼は人息つく間もなく話し出した。
「お前もいい名前だな!俺の名前、爺ちゃんが付けてくれたんだよ。一みたいに本が好きでさぁ。特に好きだったのは…」
ここで僕は一つの仮説をもとに彼に被せるように発言した。
「太宰治。」
彼は驚いた表情で、僕の瞳に映る彼と目を合わせるようにして顔を覗き込ませた。
「な、何で分かったんだよ!」
耳鳴りを抑えながら僕は彼に仮説を説明する事にした。そうしなければきっと彼は話し続けるだろう。
「君のお爺さんの年代で、本が好き。それから君の漢字、そこから太宰治だと思ったんだ。太宰治の本名は津島修治、君と同じ漢字だ。」
それはら彼は目を輝かせながら僕に質問を続けた。しかし、そこからはあまり覚えていない。覚える必要性のない質問だったことは覚えている。その中で一つ有意義な質問フだったのは…
「一って何で本が好きなんだ?」
彼がそんなことを聞いてくるとは思わなかった。僕は驚きを隠し冷静を装って返答した。
「『読書を廃す、これ自殺なり。』国木田独歩が残した名言です。読書を辞める事は、死ぬと同じ。と言う意味です。」
一瞬まるで汚物を見るかのような視線が向けられた。
「なんか怖いな。」
なんと言われようと、僕はこの考えを変えるつもりは無い。本を読み始めてから、一番僕の中に深く刻み込まれている言葉。僕はこうあるべきなのだと言われたようで今でもあの時の衝撃を覚えている。
その後閑静な住宅街には似つかわない悲鳴と紅玉の景色が広がるなど誰が予想できただろうか。
「きゃー!!」
それは今までに聞いたことがないような声だった。
「あっちだ一!行こう!」
そこに広がっていたのはレッドカーペット、その中心には赤いベールを纏った女性、それを一層華やかにするような装飾。それが何かを理解するのに数秒かかった。散らばっていたのは、人間と思われる生物の肉片だった。柔らかな紐や硬い破片が道を彩っていた。
「気分が悪いなら、向こうで吐いてください。」
そう言い切る前に深澤君はどこかへ行ってしまったようだ。
非日常的な光景に恐れを抱きながら同時に興奮さえ覚えた。それは今までにない感情だった。世界はまた一つ面白いものに変わった。まるで小説の中を生きているような心地だった。
それから程なくして、日常に戻されるようなサイレンの音が鳴り響いた。
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