推しの箱

ケイティBr

濡れ鼠の番

 灰色の雲が空を覆う中、シトシトと冷たい雨が降り続けるとある放課後。


 高校2年生である、葉山 隆司はやま りゅうじは、学校の門を出て間もなく、壊れた傘を持ちながらずぶ濡れで家路を急いでいた。そんな彼は一冊のスケッチブックを大切に抱えるようにしていた。


 その大切なスケッチブックも、すでにずぶ濡れであり、その事実が彼の心を重く沈めていた。


 一方、新垣 星菜にいがき せなも同じく下校途中で、雨に打たれながら孤独に歩いていた。


 彼女は俯き、誰も近づかない。かつて白かった上履きは雨によって黒ずみ、その姿が彼女の足取りをさらに重くしていた。


 控えめな外見と臆病な性格が原因で、星菜せなは特にクラスの女子生徒たちからいじめの対象にされていた。


✧✧✧


 自宅への近道として公園を突っ切る隆司りゅうじは、屋根のあるベンチの片隅でクラスメイトの新垣 星菜にいがき せなを見つけた。


 隆司りゅうじは、星菜せなと話した事は、無かったが彼女がアイドル志望だと言う事を知っている。


 なぜならば、イジメの発端になったのは彼女が学校に持ってきた、とあるアイドルの雑誌だったからだ。


 その雑誌に写っているアイドルは星野 美咲ほしの みさきと言い。新垣 星菜にいがき せなさんと星繋がりだね。と言う所から、女子達の仲で話題になったのだ。


 けれど、その会話は楽しげな物ではなく、どこか小馬鹿にした調子だった。


 周りのクラスメイト達は、遠巻きに見るだけで何もしなかった。それは、隆司りゅうじもだ。


 ――でも、今はあの時に何もしなかった事を後悔している――


 アイドル雑誌を馬鹿にしていた一人の女子が「もしかして、アイドルに憧れているの? アンタみたなのが?」


「憧れちゃ悪いんですか? 私は、アイドルになりたいんです」星菜せなは言い返した。


「は? なにそれナマイキ」女子生徒が唇を歪めると雑誌を手に持っていた表紙を引き裂いた。


 周囲は突然の事に唖然としていたが、星菜せなは雑誌を取り返そうと手を伸ばした。その時――


「HRやるぞー。席につけ……ん? 何か有ったのか?」先生がクラスにやってきて不思議そうにクラスを見渡した。


「せんせー、新垣にいがきさんが、雑誌持ってきてまーす。没収してくださーい」


 女子生徒が言いながら、雑誌を旗のように振って先生に手渡した。


 雑誌を受け取った先生は、顔をしかめながらその様子を見て、星菜せなに問いかける。


新垣にいがき、そうなのか?」

「持ってきたのは私です」

「これは先生がいったん預かるから、放課後に取りに来なさい」

「はい……」


 それから、星菜せなはクラスの女子達から何かと、いたずらをされる対象になってそのうち、それはイジメに発展した。


 ――この出来事に隆司りゅうじは、ホッとしてしまっていたんだ。それが、彼の心の棘となっていた。


✧✧✧


 隆司りゅうじ星菜せなは、ずぶ濡れになりながら公園のベンチで雨宿りをしていた。


新垣にいがきさんってさ、アイドルを目指してるんだよね」

「だから何? 葉山はやま君も馬鹿にするの?」


 彼女の声色には、拒絶が有った。この所、クラスで話しかけられるさいは、その言葉から始まってからかわれるのだから仕方ないだろう。


「俺さ、服飾デザイナーを目指してるんだ。女性物の」

「……」星菜せなは、答えずただ体を震わせていた。


 それを見た隆司りゅうじは、自身の上着を脱ぎバサバサ、振って軽く乾かしてから星菜せなに服をかけた。


「体冷えるよ。俺ので良ければだけどさ」

「それどうしたの? 最近は持ってきてなかったよね?」


 星菜せなの指さした先には、隆司りゅうじが持っていたスケッチブックが有った。


 彼は、それを手に取り捲ろうとしたが雨で濡れた紙がくっついてしまい、上手く行かなかった。

 

「ごめん、俺、新垣にいがきさんにイジメの対象が移った時にさ。ちょっとホッとしてしまったんだ。」


 星菜せなの前にクラスでイジメられていたのは隆司りゅうじだった。


 理由は、些細な事だった。隆司りゅうじは、女性物の衣装をデザインするのが好きで、スケッチブック片手によく描いていた。


 それがある日、クラスメイトに見つかって問題となった。


「これって、盗撮って奴じゃなーい?」「絵だから違うけど、ちょっとキモいよね」と女子生徒に詰め寄られた隆司りゅうじは返答に困っていた。すると――


「おい、テメェ、なんでこんなの描いてるんだよ」


 女子生徒に乗っかってだろうか、男子生徒が良いところを見せようとして言葉が投げかけけられた。


「ちょ、ちょっと絵が好きだからさ。俺の両親は、服飾デザイナーなんだ」


 それから良いカモを見つけたとでも言うのだろうか、何かとからかわれるようになった。


 両親にも相談出来ずに数ヶ月が過ぎ、もうこのまま過ぎ去ってくれれば良い。ただそれだけを隆司りゅうじは願ってた。


✧✧✧


「そのスケッチブックが何の関係があるの?」

「実は、新垣にいがきさんがアイドルにふさわしいと思って、このスケッチブックに君に合う衣装をデザインしたんだ。でも、誰にも評価されなかった。イジメの対象が俺に移るだけだったんだ。ごめん、何も変えられなくて」


 隆司りゅうじは、立ち上がり星菜せなに頭を下げた。


 彼は、彼女に何か悪い事をした理由ではない。だが、体が自然と動いてしまった。


「同情なんていらない」

「そんなんじゃない。これはもう見せられないけど、家には他にもスケッチした物があるんだ。きっと気に入ってくれると思う」


 隆司りゅうじの家は、この近くだ。星菜せなを見つけなければ、もう家についている筈だった。


「もしかして、ナンパ?」

「ち、違うって!」


 隆司りゅうじは、ずぶ濡れになったスマホを取り出して、電源をつけた。


 震える指先で、操作をして写真を星菜せなに見せた。すると、彼女は納得してくれた。


「私、葉山はやま君のこと、信じてみるよ」

「はい。ありがとうございます」


 ついかしこまった感じで返事をしてしまった隆司りゅうじ。すると星菜せなは「何それ、変なの」と隆司りゅうじを見て笑っていた。


 その笑顔は、隆司りゅうじの鼓動を早くして、冷えた体を温めた。


✧✧✧


 こうして、隆司りゅうじ星菜せなは互いの夢を語り合う友となった。


 隆司りゅうじは、次の学園祭で星菜せなに合う衣装をデザインし、星菜せなはそのステージで自分自身を表現するパフォーマンスを披露することを決めた。


 二人は互いの夢に向かって一歩一歩進んでいくことを誓い合い、その日から準備を始めた。


 この目標実現の為には、障害が有る。二人は、次の日から保健室登校をするようになった。


 クラス内に問題が有る事を訴えるのと、学園祭までの準備の時間を作る為だ。


 そんな風に過ごしやがて、夏休みになると互いの家やカラオケに行って練習や衣装合わせを進めていった。


隆司りゅうじ君、衣装のこの部分なんだけど。もうちょっとフワッと出来ないかな?」

「ここか、うん。もう一度直してみるよ」

「ありがとう」


 星菜せなは、隆司りゅうじを下の名前で呼ぶようになっていた。それは、隆司りゅうじの家に連れて行った時に、両親を鉢合わせたからだ。


 隆司りゅうじは、星菜せなのことを名字で呼ぶと時折不満そうな顔をしていたが、なかなか名前呼びの一歩を踏み出せないでいた。


✧✧✧


 矢のように日々が過ぎ去って、学園祭の当日となった。


「それじゃ、行ってくるね。隆司りゅうじ君」

「あぁ、頑張って、応援してる」


 この日、星菜せなは大勢の前でパフォーマンスを披露する。


「……星菜せな、君ならこの箱の中で輝ける。いつか皆が君の推しなるよ」


推しの箱おわり。


―――――――――――――――――――――――――――

あとがき


KAC2024お題「箱」です。


このお題で真っ先に思いついたのは、ココロノボックス

そして、この推しの箱でした。

『ココロコネクト』と『推しの子』が好きなんですよ。うん。


もし物語を楽しんでいただけたら、お星様、感想や応援の「いいね」、フォローをお願いします。

皆さんの支援が私の創作活動の大きな励みとなります。


それでは、また別のお話でお会いしましょう。

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推しの箱 ケイティBr @kaisetakahiro

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