03-09 ……瘴気。

「オリーたちの体調が悪いのは魔王領の空気が合わないからだろう。人族だった私の母はこの空気を〝瘴気しょうき〟と呼んでいた」


「……瘴気」


「どおりで息苦しいわけですね」


 オリーとバラハが自身の喉を押さえて顔をしかめるのを見てジーはこくりとうなずいた。


「だから、魔族である父に会いに行くことはできないと言われていた。母も、魔族と人族であるハーフの私も死ぬ可能性があるから、と」


「人族を魔王領に近付けさせないために魔族たちが放った毒混じりの空気が瘴気なんだよな。村に来てた神父様から子供の頃に散々、教わった」


「え、いや……」


「人族の村の中では近いと言っても魔王領から私たちの村まではかなりの距離がありました。そんな場所でも村全体に週一度、神父様に浄化魔法をかけてもらってなんとか生きていける状態だったんです」


「魔王領近くの村の浄化は毎年、かなり財政を圧迫してるって僕の父様も――アルマリア神聖帝国現国王も言っていたよ」


「バラハ、ラレン……いや、その……」


「魔王領を浄化し、生き物が生きていける環境にするには浄化魔法を得意とする白魔導士が千人単位で必要となるでしょう」


「その前に毒をまき散らすのをやめさせないとだよな。そうでなきゃ、いくら白魔導士をかき集めて浄化したってムダになる」


「やっぱり魔族を倒すのが先! 勇者様、魔族は倒さないとダメなんですよ、勇者様ぁぁぁあああーーー!」


「違う、そうではなく……!」


 熱のこもった瘴気論議をくり広げる勇者パーティの三人に割って入れず、あいかわらず表情は変わらないけれどおろおろとジーは手を伸ばした。

 と――。


「僕は息苦しいどころか魔王領の空気の方がおいしく感じるんだけどな。オリーもバラハもラレンも、ジー君も違うんだ。……なんでだろう?」


 今まで瘴気論議を黙って聞いていたリカが口を開いた。真剣な、どこか深刻な表情のリカを見て何かを感じ取ったのか。ラレンが浮かべた微笑みはどこか引きつっている。


「だ……だからそれは神剣の力、女神アルマリアの加護の一種ですって! 勇者様が勇者様だからこそ息苦しくないだけで……!」


「いや、恐らくだがリカの肉体は魔族寄りなのだろう」


 ラレンの言葉をさえぎり、静かだがよく通る低い声で言ったのはジーだった。そんなジーにラレンは目をつりあげる。


「勇者様が魔族寄り!? 失礼なことを言うな、魔王!」


「あれ、殺気? ジー君に殺気が向けられている……?」


「いいえ、勇者様ーーー! 気のせいですよ! 誰も殺気なんて向けてませんよぉぉぉおおおーーー!!!」


 でも、神剣の柄に手を伸ばすリカの殺気ダダ洩れの声に即座にバンザイ、降参のポーズを取って見せた。オリーとバラハもあきれ顔で思わず無言になる。


「魔王城に連れて来られるまでは私も瘴気を人族を魔王領に近付けさせないために魔族たちが放った毒混じりの空気だと思っていた。しかし、そうではなかった」


 三人が口をつぐんだのを見てジーはようやく、ゆっくりと話し始めたのだった。

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