03-08 したくない気分の日くらいある!

「そういえば……」


 〝ジラウザ様の自慢話を思う存分、出来て満足しました〟と言ってジーキルが影の中へと消えていくのを見送ってジーはオリーとバラハ、ラレンに向き直った。


「ここに来てから三人の顔色が良くないのが気になっている。オリーはスクワットもしていない。体調が悪いのか?」


 表情こそ変わらないけれど心配しているのだろう。ジーにじっと見つめられてオリーとバラハは顔を見合わせた。

 前回、魔王の間を訪れたとき。確かにオリーは魔王であるジーを前にしながら隙あらばスクワットをしていた。でも、今日は山ほど隙があったはずなのに一度もスクワットをしていない。


「別に魔王であるジーに心配されることなんて何もないよ。オリーだってスクワットをしたくない気分の日くらいある!」


 ラレンはと言えば敵視する魔王に弱っていると知られたことが気まずいのか、それとも心配されることが気まずいのか。唇をとがらせてそっぽを向いてしまった。

 でも――。


「いや、そんな日はない! 戦士は肉体のみならず精神も強くなければならない! 鍛えなければならない! したくない気分の日こそやらなければならないし、したくない気分の日こそ精神の鍛え時……!」


「うるさいな、筋肉バカ! その体育会系根性、暑苦しいからやめろって!」


 オリーに力いっぱい否定されてラレンは顔を真っ赤にして地団駄を踏んだ。そんなラレンの頭をよしよしとなでて、さらにブチギレられながら、オリーはジーに向き直った。


「魔王領に入ってからずっと息苦しさは感じていたんだが、魔族たちが暮らす町に入ってからそれが一層、ひどくなってな」


「前回、魔王の間に来たときにも多少、感じてはいたんですけどね。ここ二日はあまりの息苦しさに夜もろくに眠れない状況で」


「……一応、全員に毒耐性をかけてるんだけど、あんまり効果がないみたいなんだよね」


 オリーとバラハはため息混じりに、ラレンは仏頂面で言った。

 そして――。 


「あれ? みんな、そうだったの? 全然、気が付かなかった」


 リカ一人だけが目を丸くした。そんなリカをジーはあごに指をあててじっと見つめた。


「リカは特に息苦しさを感じていないのか?」


「全然。むしろ、魔王領に入ってから空気がおいしいなって思ってたくらい」


「神剣の力、女神アルマリアの加護の一種ですね、きっと! さすがは勇者様です!」


 あっけらかんと答えるリカを、キラッキラの羨望の眼差しで見つめるラレンを、オリーとバラハは〝ああ、また勇者崇拝過激派さんのお出ましですか〟と言わんばかりのあきれ顔で見つめる。

 そして、ジーは――。


「……」


「ジー君?」


「ジーキル」


 勇者パーティの面々をもう一度、ぐるりと見まわしてから自身の世話係である老紳士ジーキルの名前を呼んだ。すぐさまジーの影からジーキルが姿を現わす。


「なんでしょうか、ジラウザ様」


「医務室に行って空気清浄塗布薬をもらってきてくれ。三つ……いや、念のため四つ、頼む」


「かしこまりました」


 胸に手を当てて一礼するとジーキルは再び、影の中に姿を消したのだった。

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