第4話 大学デート?
教えてもらった大学をネットで調べ、今まで降車したことのない駅で下車した。
駅周辺に大きなショッピングモールはないが、飲食店や雑貨屋が立ち並び栄えているところだった。
白沢とは大学の校門前で待ち合わせをしている。スマホの地図アプリを立ち上げ、目的地までのルートを検索した。真っ直ぐ歩いていけば到着するようで方角さえ間違えなければ簡単に辿り着けそうだ。
スマホを向けた方向が目的地方面と一致していることを確認できたところで歩みを進めた。
今日は10℃に届かない気温であったが、太陽があるからほどほどに暖かい。歩くのには気持ちいい日だった。
歩いてしばらくすると、前から同い年くらいの男女とすれ違った。教科書が入りそうな大きさのバックを持っているのでおそらく白沢と同じ大学に通う人だ。大学へ順調に向かえていることに安心した。
そしてすれ違った男女のことを思い浮かべる。二人は指を絡めるように手を繋ぎ、体を密着させるように歩いていた。一目で恋人同士だと理解した。知らない人に恋人同士であることをアピールするためには、これくらいの距離でいないといけないものなのだろうか。記者に撮られるためには私も白沢と手を繋いで密着しないといけない?
白沢と手を繋ぐシチュエーションを考えてみる。しかし想像できたのは、手を繋ぐ前に「どうしてですか?」と理由を聞かれ、答えられないでいると無言で置いて行かれるというシチュエーションだった。全然恋人には見えないし、何なら友達未満だ。現状から手を繋ぐような関係までもっていくことなんてできるのだろうか。
そんなことを考えていたところで地面がコンクリートからタイルのおしゃれな塗装へと変わり、立派な門の前に辿り着いた。門柱に白沢の通う大学名が書いてあり、待ち合わせに指定された校門であることが分かった。
「これが大学か……!」
高校時代にオープンキャンパスも行かなかったので人生で初めて大学を見た。校門から真っ直ぐ延びるタイル道が花壇や森林に囲まれ、その先に国会議事堂のような横長で綺麗な建物が見える。校門の向かいに置かれたベンチには学生が座って読書をしたり友達と談笑していたりする。目新しいものにきょろきょろしていると、門柱のすぐ横に見慣れた顔を見つける。白沢だ。
白沢はタイトな太もも丈のワンピースの上にオーバーサイズのパーカージャケットを羽織り、ロングブーツを履いている。顔が小さく、背が高い。スタイルが良いからこそできるファッションだ。校門から出ていく人が時々白沢のことを見ていくが本人はスマホに目を向けているため全く気付いていない。
「白沢ー!」
初めての大学に高揚した気持ちを抑えられないまま、白沢の元へと駆け寄る。
私の声に反応してスマホから顔を上げ、声の主を探す。2回ほどきょろきょろしたところで私を見つけ、白沢からも歩み寄ってくれた。
「こんにちは」
「素敵な大学だね。私、大学って初めて来たんだけど、こんな凄いところだと思ってなくて」
「そうですか? よかったですね」
「……はっ!」
白沢の薄い反応を見て我に返る。一人で浮かれて恥ずかしい。
「ちょっと取り乱しました」
別に言わなくても良いことだが、自分の気持ちを切り替えるために一言伝えた。
……浮かれるのは心の中だけにしよう。
「今日はありがとう。友達との予定もあるのに私に合わせてくれて」
「大丈夫です。いないので」
「え?」
「いません。大学デビューに失敗しましたので」
「そんなわけ」
白沢を頭から足先まで見てみる。
この容姿を放っておく女子がいるのだろうか。……綺麗すぎて近づけない、というやつ?
何を見ているのか、という表情をしている白沢が何かに気づいたように口を開く。
「叶野さんは普段からツインテールをしてるわけではないんですね」
「まぁ。ツインテールはイメージ作りでやってることだから」
そう伝えると納得したように相槌を打つ。そして、
「下ろしてる方が可愛いです」
さらりと褒められた。ねむりの話でないと表れない白沢の小さな微笑みを添えて。
突然のことに「え?」と小さい声が出る。聞き間違いじゃないよね? 私のこと、褒めてくれた?
あまりの嬉しさにぼーっと黙ってしまった私に何か勘違いをしたのか「不快にさせてしまったのならすみません」と頭を下げた。
「いや、そういうわけじゃないんだけど」
「そうですか? それなら良かったです」
安心してふっと笑う姿が見たかった。現実は相変わらずの真顔であり、
「授業遅れちゃうんで行きますよ」
と私の出発を待つこともなくスタスタと前を歩いていく。
「え。……授業?」
* * *
白沢の背中を追い、授業があるという教室に入る。大学の教室とはドラマで見るような段々になった机が並んでいるものをイメージしていたが入ったのは実際は小綺麗な会議室のような部屋だった。
白沢は3列に並んだ机のうち、窓側の後ろから3番目の席を選び着席する。席は自由なんで、と私に教えてくれた。確かに周りを見ると仲良しグループで固まって席に座っているのが見受けられる。大学は自由な場所だと高校時代に聞いていたけど、本当にそういう場所なんだと実感できた。
……って、そうじゃなくて!
「ねぇ。授業って言ってたけど、私も一緒に授業受けるの?」
「サボったらダメなんですよね? では一緒に受けるしかないかと」
一人で待っててもらうのは悪いですし、と気遣いを受ける。その優しさがあるなら待ち合わせの時間を相談しているときに授業があることを伝えてほしかった。大学に通っていない私は大学への理解が浅い。15時であれば授業は終わっているものだと思っていたのだ。
「学費払ってないよ? 私、部外者なんだけど」
「大丈夫ですよ。時々、友達へ会いに他の大学から潜入してくる人を見かけますし」
それに出席は取らない、受講人数も多い。だからバレないと言われるが私の中の良心がなかなかそれを許せなかった。アイドルの仕事をし始めてから、というか社会人(と呼んで良いかは分からないけど)となってからお金の存在は嫌というほど認識させられてきた。人に何かをしてもらうとき必ず費用が発生する。これは大学も同じで、授業を受ける対価として学費を払う。だから学費を払っていない私は役務を提供される資格がないのだ。
しかも目立つ白沢と一緒にいるせいで、女子からの視線が痛い。この子たちに指摘されて潜入がバレ、大事になるのも嫌だった。
「やっぱり! 私、外で待ってるよ。駅の近くにカフェあったし、そこにいる」
椅子から立ち上がり宣言する。
「気にしなくていいと思いますが」
「脛齧りの白沢には分かんないよ!」
「…………」
少し言い過ぎたのだろうか。白沢は黙り込んでしまった。
「……あ。ごめん」
素直に非を認め、謝罪をする。
すると白沢はそういえば、と視線を送ることなくぽつりと呟く。
やがて、立ち上がった私の方へ顔を上げ、
「この講義は人気なので週2回、同じ内容のものが開催されるんです」
と教えてくれる。まだ状況が読み込めない私を置いてきぼりに、白沢は広げた教科書や筆記道具をリュックへと片付け始めた。もしかして帰るつもり?
「明後日の授業に出ることにします」
私の考えは当たっていたようだ。急に罪悪感が押し寄せる。
「いや、それは悪いよ」
「別に良いですよ、ちょうど空きコマですし」
空きコマって何?
私の言葉を聞き入れることなく支度を終わらせ、白沢も同じように立ち上がる。そして
「サボりじゃなくなればいいですよね? 行きましょう」
と、私の手を掴み優しく引っ張るように教室の扉へと向かう。俯いていたか確信はないが扉に着くまでの間、白沢を見る女子たちの視線が痛かった気がする。
白沢の手は大きくて温かかった。
* * *
教室を出ると手は離され、白沢は無言でどこかへと歩き出す。ついていくと着いたのは学食だった。
学生のための施設ではないかと再び不安になったが、『一般の方もお気軽にどうぞ』と書いてある看板を見つけて安心して入ることができた。
白沢は慣れた手つきで入口にあった機械で食券を2枚購入し、窓口?で商品と交換する。
コーヒーをどうぞと手渡され、空いているテーブル席に座った。時刻は15時半。ピークも過ぎて人が少なく、さっきような視線もなかったためある程度居心地の良い空間になっていた。
座ってまず最初に口を開いたのは意外にも白沢だった。
「授業のこと、説明しておくべきでしたね。すみません」
「ううん。私こそ授業サボらせちゃってごめん」
両手を横に振りながら、全然気にしていないアピールをした。元はと言えば、きちんとスケジュールを聞かなかった私も悪い(さっきは感情に任せて白沢のせいだとか思っちゃったけど、確認しなかった私のせいでもある)。
「今日の授業は明後日に振り返るのでサボりではありません」
いつも通りの無表情ではあるが、口調は少し幼くてツンツンしている。サボったと言われることを嫌がっているのだろうか? 白沢にもこんな幼い仕草することあるんだ。少し可愛い。
「今日は何しに来たんですか?」
「白沢へ会いに」
「会って何をするつもりだったんですか?」
「……え? えっと」
何も考えていなかった。
事務所からは記者を用意したと伝えられただけで、今後どう動いたら良いか全く分からない。
何をしたら良い? 具体的な指示もされておらず私へ放任している。結構な無理難題を押し付けられたではないか?
とりあえず一緒にいる時間を取りたい、というアリバイ作りが目的だがその通りに伝えるのは失礼な気がした。
「仲良ク、ナリニキタ」
「ロボットみたいな口調ですね」
嘘ではない。だけど咄嗟に思いついた言い訳を述べたために片言になってしまった。
仕方ないので素直に白状した。
「何も考えていませんでした」
白状すると、そうですか。と何も気にしていないような軽さで返事をした。
「とりあえず、その……恋人の振り的なことをお願いしてしまったので、一緒にいる時間を取れたらと思いまして」
「そうですか」
同じ反応を二度されたところで沈黙が流れると思ったが、意外にも白沢が言葉を続けた。
「どうして、恋人の振りが必要なんですか?」
「……詳しくは説明できない。巻き込んでるのにごめん」
熱愛記事の件を説明すると、デビューが決まったことまで話さなければならなくなる。これはメンバーもまだ知らない情報だ。白沢を信じていないわけではないが、むやみに話さない方が良いだろう。
「でも本当にグループのためだから。それだけは信じて欲しい」
「分かっています」
具体的に答えられなかったせいか、会話がここで終わる。だけど白沢の返答は最初に会った時のような敵意むき出しのものではなく、理解しようとしてくれている大人な対応だった。
コーヒーを飲む白沢の姿は綺麗だ。窓から入り込んだ光が白沢を照らし、より美しさを引き立てる。
こんな綺麗な人が大学にいれば、男女問わず見入ってしまうことだろう。実際にさっきの教室では視線を感じたし、学食に来てからも凝視されることはなかったが通り過ぎる人が白沢を見てハッと息を飲む姿が確認できた。
余計なお世話かもしれないが、本気を出せば沢山友達が作れることを伝えることにした。
「白沢さ、友達いないって言ってたけど本気を出せばたくさん作れるんじゃないの?」
「どうしたんですか、急に」と言われると思い、間髪入れずに話を続ける。
「大学内で会ったときから感じてたんだけど、結構見られてるよ?」
「叶野さんへの視線じゃないんですか。知らない人がいる、みたいな」
「そういう視線じゃなかった」
まず視線の先は白沢だ。そして、その視線は好奇ではなく憧れや好意のように感じた。その証拠に女子たちの表情はまるで乙女だったのだ。
「白沢から声掛ければ、いっぱい友達できるんじゃないかな」
「最初はいました、友達。ですが、長続きはしなくて。いつの間にか避けられるようになってしまいました」
「何それ。いじめ?」
大学生になってもそんなことをする人がいるのだろうか。
自らに劣等感を抱く人がいじめを行うという。白沢の容姿と自分を比べ、圧倒的優勢の白沢を否定したくてそういう行為に至ったのだろうか。
「……いえ。多分、私が恋愛対象は同性だって言ったのが原因でしょう」
「え?」
恋愛対象は同性。つまり女の子が好きってことになる。
「入学して同じ学科で気になる男子はいないか、みたいな話をされて。私の恋愛対象は同性なのであまり興味がありませんと答えたら、気まずい雰囲気になりました」
「ほう」
「普通じゃないから気持ち悪いらしいです、こういうの」
突き放すように冷めた目をした。
「女の子が好きだと言うと、みんな目の色が変わるんです。別にあなたが好きと告白したわけではないのに。ほら、みんなするじゃないですか。自分は拘束系が好きだとか」
「何の話をしているの……?」
話の展開が急カーブすぎて真顔になってしまった。
「日常会話の1つの話題だって話です。その友達は拘束されるのが好きでも、私にしてと求めるわけではないじゃないですか。…あ、アイドルはこういう話、しませんよね」
確かにねむりちゃんがこういう話をしていたら嫌だなと呟いている。いやいや日常会話でもしないでしょ? 何の話をしているのか。
まぁ、そんな感じです。と適当にその話題を終わらせる。
「ねむりちゃんには内緒にしてください。ファンから一線を越えるつもりはありませんが、わざわざ印象をマイナスに持たれる必要もないので」
「別に誰を好きになってもいいと思うんだけど」
「え?」
「普通じゃないっていうけどさ。私のような〝特別〟な存在の人を『普通じゃない』というの」
「叶野さんが、特別な存在?」
「ちょっと疑わしい目で見ないでよ!」
会話のペースを崩されたため、コホンとわざとらしい咳払いをしてから話を続ける。
「拘束されるのが好きな人が普通だったら、する側は? そっちは普通じゃないっていうの?」
「何の話を? アイドルには夢を見させてほしいのですが」
ものすごーく嫌な顔をされる。あなたが出した話題でしょ。
私ももっといい例を使いたかったがパッと思いつくものが他になかったのだ。
つまり私が言いたいのは何かというと。
「普通って1つじゃないって話」
「…………」
「私は白沢に好きって言われたら嬉しいよ。実際に付き合うかは分からないけど」
「すみませんでした」
「え? 振られた?」
「あ、すみません。こちらの話で」
「え、はい」
「叶野さんっていい人ですね」
「え? 急に何……?」
「あなたからもらった言葉、大切にします」
急に白沢の人を寄せ付けないオーラが消えた気がした。
真顔ではあるのだが肩の荷が降りたような、そんな雰囲気がある。
この会話で白沢との距離が縮まったのだろうか。
「きちんと言っていなかったので改めて。叶野さんのお仕事、ちゃんと協力しようと思います」
「!」
「また用事があるときは連絡ください」
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