第七章 炎の神殿
隠し扉を抜けた先には苔むしった古い石畳が広がっており、その奥には今にも壊れそうな程ひびわれた石の柱が左右に一本ずつ立っていた。
「ここだけ穴が開いている……?」
アップルが呆けた顔で頭上を仰ぎ見ると小さな声を漏らす。
そこには人工的に掘られた穴が開けられていて、そこから日の光が差し込んでくる。
(外は夕方か……)
差し込んでくる光の弱さから僕はそう推測した。暗い洞穴内では時間の感覚が鈍るから分からなかったよ。まぁ、どうでもいい事だけどね。
「ここは……」
「神殿?」
静かな口調でライムが呟くと前方にある柱を見上げる。彼の隣へと並びやったピーチが不思議そうな表情をして尋ねるように言う。
「洞穴の中なのに?」
「そうか……ここは炎の神殿だ」
アップルが訝しげに眉を寄せながら言うと、その背後から一人で納得した顔のタルトがいきなり大きな声をあげた。
「炎の神殿?」
「ここは遥か昔に火の精霊を祀るために造られた神殿だよ」
レモンが不思議そうに首を傾げ尋ねるように呟き彼の顔を見やる。
彼女の方へと向きやったタルトが一度大きく頷くと、静かな口調で言葉を紡ぐ。
「火の精霊が住むこのイーグズ山の何処かに、その神殿への道がある……って僕の故郷では言い伝えられてきたんだ」
「へ~。そんな言い伝えがあったんだ。だけど……まさかこんな洞穴から行けるとは思わなかったね」
彼の話しが終わるとアップルが楽しげに笑いながら言った。
(……くだらない)
早くこんな茶番を終わらせてここから出たいと思っているのに、更に興味のない話しを聞かされて苛立ちと不満が募っていく。
「そんな話しはどうでもいい。さっさと邪竜を倒しに行くよ」
「あ、おい。一人で勝手に行くな。危険だろ!」
僕は冷たく言葉を吐き捨てると皆から背を向けて歩き出す。
その僕の右手をライムがつかむと少し声を荒げて言い放ち、僕の身体を無理やり自分の方へと向かせる。そして僕は彼の顔を見る形となった。
「……セツナは今俺達と一緒に旅をしている。だから、勝手な行動は止めてくれ」
ライムが自分自身の言葉に何か思った様子で一瞬瞳を見開くと、掴んでいる手をそっと離してから今度は静かな口調で僕に語る。
「……嫌だと言ったら?」
「……そしたらセツナのペースに俺達が合わせるだけだ」
僕の言葉に彼が答えるとピーチ達も無言で肯定した。
「君達は……」
「え?」
僕は言いかけた言葉を飲み込む。その声が小さすぎた為にライムには聞き取れなかった様子で不思議そうに呟きを漏らす。
「……分かった。仕方ないから付き合ってあげるよ」
「……ああ。よろしく頼む」
渋々ながらに頷くと彼は嬉しそうに笑う。
(君達はどうしてそんなに誰かのために尽くせるの。……僕には分からないよ)
声に出して言えなかった言葉を内心で呟く。
この世界に来てから僕にとっては分からない事だらけだ。答えが出てこなくて気分が悪くなる。
(これがもやもやした気持……か)
初めて懐いた「モノ」に非常に不可解でたまらない。こんな事を思う僕もどうかしている。
「……それじゃあ、皆で邪竜を倒しに行きましょうか」
「うん」
ピーチが優しく微笑むとそう言って皆の顔を見やった。それにアップルが力強く頷き答える。
「セツナさん。行きましょう」
「……」
レモンが柔らかい笑みを湛えながら僕の右手を取り囁く。それに対する受け答えが分からなくて、黙って彼女の顔を見詰める。
(……分からない)
この手の温もりも優しい言葉も嬉しそうな微笑みも、僕にはどうやって接したらいいのか分からない。
「それではお先に」
いつの間にか俯いてしまっていた僕にレモンが声をかけると手を離し皆の後を追って歩き出していった。
「……コレは何なんだろう」
僕の中で感じている「モノ」が何なのかライム達といれば分かる日がくるのかもしれない。
「……もう暫くこの茶番に付き合ってみるか」
皆の後姿を眺めながら呟きを零すと、彼等の背を追うような形で僕も足を進めた。
「よし、今日はここで休もう」
神殿内に入って一時間が経過した頃、僕達は小部屋のような場所までやって来る。
ここはかつての炊き出し場だったらしく土間になっていて、壁には空気穴が掘られていた。そこにライムの声が発せられる。
「ここまでずっと歩きっぱなしだったから皆疲れただろう?」
「ええ。お腹もすいた事だし、そうしましょう」
彼の言葉にピーチが一つ頷き賛同するとお腹をさすっておどけてみせた。
「それじゃあ私が焚火の用意をするね」
アップルが言うとそそくさと準備に取り掛かる。
「それなら僕達は料理の準備をしようか」
「はい」
タルトもレモンの顔を見やり言う。それに彼女は元気良く返事をして荷を降ろし、調理用の道具を取り出し始めた。
「できたわ。旅をしているからちゃんとした物は作れないけど……味は大丈夫よ」
料理を担当したピーチがそう言って僕達の前にお湯の中に乾燥野菜を入れて塩で味付けしただけのスープと、硬くなってしまったパンが一個入ったお皿を差し出す。
まぁ、僕にとっては食事などただ肉体を動かすためだけに食べるものだから、味も見た目も食材すらどの様な物であれどうでもいい事だけどね。
ようは食べられるものならば腐っていようが硬くなっていようが、甘すぎても辛すぎても何でもいいのさ。
「……そういえばアップルは何で村から離れてたんだっけ」
「「「「「え?」」」」」
焚火を囲って食事をしている時にふと気になった事を僕は口に出し尋ねる。
その言葉に皆が驚いて一斉にこちらへと視線を向けた。
「……セツナ。覚えてないの」
「覚えてるさ。親の仕事の都合でしょ」
唖然とした面持ちでライムが発した言葉に僕は淡々とした口調で答える。
「そうじゃなくて! その仕事が何かって事だよ」
彼は苦笑するとそう言ってこれみよがしに溜息を吐いた。
「私のお父さんは冒険者で、お母さんは行商人でしょ」
アップルも苦笑すると僕の顔を見て話し始める。
「……そう言えばそうだったね」
記憶を辿るのに一泊ほどかかってから彼女の言葉に頷く。
何事にも興味を持たないからすっかり忘れていたが確かにそうだった。
「王国からお父さんに護衛の仕事が入ったのと、お母さんの仕事場もそこから近かったのとで暫く町のほうで暮らしてたんだよ」
「ああ。確かにそんな事言ってたね」
彼女の話しが終わると以前確かにそんな事を言っていたのを思い出し納得する。
「お父さんの仕事が一ヶ月前に終わって、お母さんの仕事もその二週間後におわったからようやく家族皆で村に帰ってこれたんだ。そしたら……」
「ふ~ん」
アップルはまだ口を動かし喋っていたが、気になった事を聞き終えた僕はすでに話しに興味をなくしていて、適当に相槌を打つといつの間にか止まっていた手を動かし食事を再開した。
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