【KAC20243】若者のライブ離れ

熟々蒼依

無名だが無価値ではない

 ほうほうの体で夜の街を歩く、スーツ姿の松井美緒。美緒の目に生気はなく、背筋も曲がっており、カバンも三本指に引っかけて持っている。


(上司も厳しくないし、残業も少ない方。仕事内容もシンプルで明快なはずなのに、なんで毎日こんなに疲れるの? 私がダメダメだから?)


 溜息をつき、涙を溜めた目を擦る美緒。そんな美緒とは対照的に、街は大いに賑わっていた。


 駅に向かおうとする道中、美緒の耳にふと耳慣れない音楽が微かに入ってくる。音のする方向に目を向けると、そこにはライブハウスの看板があった。


「……懐かしいなあ。6年前、この箱でサークルの皆と毎月ライブしてたっけ。えーどうしよ……」


 駅とライブハウスを交互に見る美緒。しばらくそれを続けていたが、ついに美緒はライブハウスの扉を開けるのだった。


 中に入ると小さなカウンターがあり、一人の若い男性が気だるげに立っていた。


「らっしゃっせー」

「誰が今ライブしてますか?」

「んえ、名前は覚えてねぇッス。まあ中ガラガラなんで、気になるなら入ってみては? あ、入場料2000円なんで、それだけおなしゃーっす」


 入場料を払った美緒は、カウンターの横にあるドアを押して中に入った。その先で見た光景に、美緒は思わず絶句する。


 中には、一人も観客が居なかったのだ。それにもかかわらず、ステージには全力で演奏をするガールズバンドの姿があった。


(ぜ、0って! 確かに最近若者のライブ離れが激しいとは聞いてたけど、ここまでだったなんて)


 美緒は会場の中央まで歩き、演奏を終えて次の曲の準備をするバンドの姿を静かに見守る。


 バンドマン達がエフェクターを踏んだりギターやスピーカーのセレクターをいじる様子を、美緒はかつてバンドマンだった時の自分に重ねる。


(懐かしい。メンバー皆プライド高いから、ステージに並んでる機材全部借金して自前で買った物にしてたっけ。結局メジャーデビュー出来なくて、各々が機材全部売っちゃったけど)


 しみじみと過去を思い起こす美緒を余所に、バンドマン達は次の曲の演奏を始める。その時、ボーカルがスタンドから取り出したギターを見た美緒は思わず息を飲む。


(アレ、私が使ってたメーカーのギターと同じ! そういえば、アレだけは手放せなくて家に置いたままにしてた記憶が――)


 その時、照明の色がガラッと変わったことに驚いた美緒は再びステージに意識を向ける。ステージ上では、バンドマン達が笑顔で歌ったり演奏したりしている様子が見て取れた。


(……お客は私一人しかいないのに、楽しそう。恐らくもう何曲もこの前に演奏してて、汗だくで疲れてるだろうに)


 ウーファーから鳴り響く重低音を全身に浴びながら、美緒はバンドマン達と自分との違いに気付く。


(そうか、あの人達は退屈じゃないから疲れが苦じゃないんだ。毎日疲れるのは当たり前で、それを紛らわせてくれる何かがあるかどうか……)


 美緒は目を閉じ、つま先で床を叩いてリズムを取る。


「まだ、やれるかな」


 右手でギターの弦を押さえるフリをしながら、美緒はバンドマン達の奏でる音楽に耳を傾けるのだった。

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【KAC20243】若者のライブ離れ 熟々蒼依 @tukudukuA01

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