【KAC20243】少子化対策専用バイオ端末F【箱】

あんどこいぢ

 やはり彼はまだ少数派なのだろう。


 今世紀一〇年代以来の与党のその半世紀間最大の政策、希望単身者への少子化対策専用バイオ端末F(female)/M(male)の無償供与──。究極のバラ撒きでありまた、問題の性質上どうしても〝女性性のバラ撒きだ〟などとも批判される政策なのだが、同政策の主たるターゲットとされる四月新年度から都会生活を始める男性単身者たちの反応は、当然ながら慎重だった。

 何しろそれは既存の道徳上禁止されていたヒトクローンのバラ撒きであり、なおかつ、セクサロイドのバラ撒きだとも取られ兼ねない政策なのだから、多くの場合それを受領する側になる男性たちもまた、慎重にならざるを得ないのだった。


 さらに四月から都会にでてくる若い男性といえば大学生が多くなり勝ちなのだが、彼らが通い始めた大学には、そうした問題に関わる研究団体、運動団体が多数存在している。彼女たち彼たちの眼も気にしないわけにいかない。


 しかし、彼は……。


 三年間の予備校通いの果て大学進学は諦め、いまは喜多見アニメーション学院でAI向けプロンプトの組み立て方を学んでいた。

(バイオ端末との対話だってちょっとはその参考になるんじゃないかな? いや、そんなのただのいいわけだよな……。肝心の専門学校のほう、早くもサボっちゃったりしてんだもんな……)


 藤井靖男、二十一歳──。遂に成人式前の童貞喪失は果たせなかった。


 そしてそんな靖男がいま、予備校時代の友人二人の訪問を受けているのだった。


 1Rのキッチンへの仕切り戸は開いていて、車座になった男たちから問題の対象の斜め後ろ姿が見える。


 この四月から英正令和大学に通う原田という友人のほうがいった。

「彼女が?」

 こうした微妙な話の口火を切るような男である。多少軟派な雰囲気の男だ。というわけで、声を落とし続けた言葉も──。

「やっぱいい尻してるよな? 少子化対策専用だもんな? 夜のお務めも彼女のほうから?」

 靖男の地元からの友人だった。

 従がって彼も三浪したということになる。それでFランクの私大止まりというのは……。靖男もコンプレックスを感じることなく、気兼ねなく話せる相手だったのだが、意外なことにその話を引き取ったのは、問題の対象それ自体だった。


「原田さんっていいましたっけ? 聴こえていますよ? 私が相手だったからよかったようなものの、ヒトの女性が相手だったらもう一発でセクハラ男認定、恋愛対象外ってことになっちゃいますね」


 ゲッ! と原田は呻いたあと、少々不自然な丁寧語で反問した。

「そっ、そんなことまで仰られる機能をお備えでしたか?」

 キッチンでコーヒーを淹れている〝彼女〟は、なぜか応えない。一瞬の気マズさのあと、続けたのは靖男だった。原田の印象では予備校時代よりハキハキしている感じがする。

「彼女たちのレゾンデートルは広い意味での少子化対策だからね。君たちにもちゃんと女性たちと会話できる男になってもらって、それでヒト同士で子供作ってもらったほうが、彼女たちにとってよりよいソリューションなんだよ」


「そっ、それでお前は、そんな風になれてんのかよ?」

「いや……。僕はやっぱルックスがイマイチだからね。普通に話せるようになっただけじゃあ……」


 と、そこでも問題の彼女が、スッと介入してきたのだった。


「ルックスを気にしている時点ですでに、その会話相手と自然に話せているとはいえませんね。普通の服装さえできているなら、特に顔の造作や身長などを、気にする必要ないんです。相手もその時点ではそんなこと気にしていないんですから──。つまりそうしたことを気にしてしまっている時点で、心理的面での距離感を見誤ってしまっているんです」


 原田は再たび呻き声をあげそうになったが、そんなダメだしをされた靖男自身のほうは、案外大らかにゴメン、ゴメンなどといっている。


 やがて彼女がお盆を持ってキッチンから帰ってきて、コーヒーを配り終えると、靖男の隣りにこれまたスッと座り、そのままの流れで彼に上体を預けたりする。

 流した脚の膝下が妙にエロい。


 男たちはまあ大体胡坐だったが、原田が多少居住まいを正し、靖男、そして問題の彼女とチラチラ視線を移しながらいった。


「あっ、あの、少子化対策専用ガイノイドさん……。コイツにはなんて呼ばれてんのかな? あの……。あなたに直接話しかけちゃって、いいのかな?」


「勿論です!」


 彼女が空かさずいう。さらに靖男の顔をチラっと見ながら、いいよね? と短く確認を取る。彼はコクッと頷いた。


「原田さんって仰いましたね? なんでも聴いてください。ちなみに私はこのひとからは、エミリって呼ばれています。あまり私に依存して欲しくないんですけど……。それにこの名前、実在の誰かの名前だったりするとそれもちょっと問題なんですけど……。原田さん、このひとの旧友なんですよね? このエミリっ名前について、何か御存じありませんか?」


 そこで初めてもう一人の男がいった。


「ああ、それ、このひとが好きなアニメのキャラの名前ですよ。一応近未来SFだけど、あの世界、まだガイノイドは存在してないな。あのアニメも現実に追い越されちゃったってわけだ……」


 予備校二年目からの友人だった。確か生田春馬という名前だった。

 千葉第三都心市大に合格した。今春からの下宿先からは、ずいぶん遠距離な来訪である。


 靖男はふと考える。

(英正令和と違い学生運動が盛んな大学だから、ひょっとしてエミリのこと、あまり快く思ってないのかもしれないな……。そんな気持ちからの偵察なのかも……)


 と、その彼のほうが原田より先に彼女に質問した。


「あれって、バイオ端末洗浄ユニットですよね? バストイレはやっぱ、お二人別々ですか?」


 彼女の背後、部屋の北の隅に置かれているのはドラム式洗濯機サイズの四角い箱である。サイズはその手の洗濯機サイズでも前面の傾斜がなく、またそこにあるはずの窓兼洗濯物の取りだし口もない。代わりに上面に首をだす穴があるのだが、頭を洗う際バイオ端末は数分間、その箱のなかで体育座りになって息を止めていなければならない。


 靖男、そしてエミリが顔を見合わせる。

 エミリの視線は〝あなたが話す?〟、とでもいったところか?


「あああれは、前のひとが置いてったんだよ。でも彼も使ってなかったようだね」


 そこで生田はエミリにハッキリ眼を据え問うた。


「そりゃエミリさんも嬉しいですね? もう完全に、ヒト同士の同棲カップルと変わらない感じですね?」


「んっ? 嬉しい?」


 エミリはなんと続けるのだろう? 彼女はしばしば〝あまり私に依存して欲しくない〟といっているのだが……。

 またロボット工学三原則を遵守するようチップを埋め込まれた彼女は、事実上自由意志を持っていないはずなのだが……。

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