とおるくんのゆめにっき

現観虚(うつしみうつろ)

開幕ーおれのせかいー


「——ねえ、君って○○君?○○君であってるよね?」


「ああそうか、よかったよかった。友達の名前忘れちゃったらやだからさ…………。」


 時計がカチカチと沈黙を刻む。


 1秒、2秒…………。


「え?いや、だってほら、友達はやっぱ大事じゃん。n日前から同じ空気を吸い続けた仲だからさ。人生一期一会だぜ、一人一人ががかけがえのないものだから大事にしないとってお釈迦様も言ってただろ?ほら、昨日の道徳の授業でさ。それにほら、そんなに深い仲なのに、名前忘れてたらさ、やな奴だって思われるじゃん?KYみたいな?俺嫌われたくないからさ、うん。ま、そう言う訳だから、これからも仲よくしような、あはははははははっ!」


 またしても、沈黙。 


 1、2、3、4……。


 なんでもいいから、「会話」を続けなくてはならない。


 絶えることなく口を回し続けろ。


「あ、××ちゃん!そこにいたんだ!ごめんごめん気づかなかった!あははっ!」


 名前、名前だ。名前を、呼ばなくては。


「ああいや別に、××ちゃんが影が薄いとかそう言う訳じゃなくて、むしろオーラが強すぎて空気そのものと一体化してたって言うか、××ちゃんって本当に可愛いよねうん。うちのペットの金魚みたいに可愛いっていうか。目も大きいしさ。もうほんとにこぼれそうなくらい。そんなに大きかったら前頭葉潰れてるんじゃねえかって……いやほんと、お世辞とかじゃないよマジで!そんなウザい奴じゃないからさ俺!アハハハハッ!」


 中身のない台詞で、台本を埋め続けろ。さもなくば、この舞台せかいは止まってしまう。


「ああ△△、ごめん何の話だっけ!?うん、ああうんそうだねめっちゃ楽しみ!確かにね、みんなで行けば怖くないもんな、うん。あれ、ていうかどこ行くんだっけ?なんつって!アハハハハッ!」


 息が苦しい。でも、止まるわけにはいかない。


 正常を演じ続けろ。


「あ、そうだ。◆◆くんはどうする?いつもぼっちじゃん◆◆くん。つれないなぁ。あ、ごめんいや別に、馬鹿にしてる訳じゃなくてさ。でも少しくらい仲良くして欲しいなぁって。俺もさびしいからさ——」


 自分はおかしい。そんなことはわかっている。


 でも、やめるわけにはいかない。


「…………そういえばさあっ!この前食べたあれっ!あの赤くてぶにょぶにょしてて、ホルムアルデヒドみたいな匂いがするあれさっ!すっげえうまかったよなっ!」


 この世界そのもののおかしさに、気づかないで済むように——


「…………な、みんなそう思」


 その瞬間、夕焼けの空を誰かの叫び声が引き裂いた。


「う」


 窓の外が血の色に染まっていた。


 キーンと甲高い音がこだまする。世界がぐにゃりと、水の底のようにゆがむ。


 ——数えるのを、忘れていた。


 叫び声は、ただのチャイムの音に戻って行く。


 そこで我に返ってしまった——のが、いけなかった。


 今、何秒間——


「…………………………………………あ。」


 周りを見渡し



「」


 目。


    目。


       目、目、



          目、目、目、目、目、目、目、目、目、目、目、目——


「うわあああああああああああああぁぁぁぁぁっ!」


 かたんっ、と、目の前の「誰か」だったものが倒れた。


 木の板に描かれた目。


 図工の時間で作ったみたいな


 へたくそな


 やたらと縁の線がはっきりしていて


 くろぐろとした瞳孔と


 しろめのこんとらすとが


 きもちわるい


 ただのはりぼて


    つくりものの


        しんだようなめが 

 


              きょうしつのなかに ずらぁり。



 あのこも、あのこも、あのこも——



 みんなみんな、にせもの


「あ、ああぁぁ…………!」


 ただの、おれの想像の産物。


 名前もなければ、呼びかけにも答えない。


「やだ…………やだ、やだっ!やだあああぁぁぁぁぁぁっ!!!」



 さいしょから、ここにはだぁれもいませんでした。


 









 …………逃げろ。



 逃げるんだ、この教室から、この何もない世界から!


 かたんっ、かたんっ!


 はりぼて共をなぎ倒し、踏みつけて駆けだす。


「うわああああああぁぁぁっ!」


 そう、この世界の、そと…………







 …………「外」?



 まて。


 みんなをつくったのがおれなら

 

 もしかして、そとのせかいにも、だれもいないんじゃ



 ——もう、教室のドアに手がかかっていた。



 いや、むしろ。


 外の世界なんて、最初から——




 がらがらがらっ——扉が開く。



 —— 一歩踏み出して、後悔した。



 真っ暗闇の、上も下も広さもない真空。

 




                ——そこには確かに、「みんな」がいた。



 せんせぇも、おとぉさんも、おかぁさんも、おとぉとも


 みぃんなみぃんな、おそろいの目。


 どこまでもどこまでも。80億のはりぼてたちが、なかよくびっしりと。


「あっ、あ……………………。」


 背後でぴしゃっ、と扉が閉まる。


 暗闇に、残像のように時計が浮かび上がる。


 46、47、48—— 


「……っ!誰か、誰かあぁぁっ!!!」


 返事はない。


 誰か、俺の、なまえ を——


「…………あれぇ?」



 少年は力なく笑う。




「——おれのなまえ、なんだっけ?」



 58、59——







                           ————からんっ。


 

 



 






 


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