クロエと初めての友人
それからのクロエは、何ともないというように学園には来ていたものの、ぼーっと頬杖をついていることが多くなった。
以前のように、アリオンの周囲を牽制し毒を吐くこともなく、休み時間にアリオンを追い回すこともない。
ただ黙って窓の外を見ているその姿は、
「婚約者に振られた脱け殻の悪役令嬢」
と噂された。
クロエは元々、類い希な美人だったが、従来の噂と言動が強烈なことから、容姿を注目されることは少なかった。
しかし今は、薄紫色の髪の妖艶な美女が、一人物思いにふけっている(ぼーっとしている)様子は、絵画から出てきたように美しく、男女ともに見惚れてしまう生徒も少なくなかった。
ある日、食堂でクロエが1人で窓の外を眺めながら座っていた時のことである。
黒髪で背の高い男子生徒が、クロエに近付き、意を決したように、話しかけた。
「あー、、、あの!!もし良かったら、お昼、俺らと一緒に食べませんか・・・!?」
周囲は、なんて命知らずなやつだとザワついた。わがまま高飛車令嬢クロエが、どんな言葉で一刀両断するのか、食堂が静まり返った。
クロエはしばらく男子生徒を見つめ、無言になった。それから、小さな声でこういった。
「ええ、ぜひご一緒したいわ。」
この返答に、話しかけた男子生徒もひどく焦った様子だった。
「ええっ?いいんですか。。。」
と間抜けな声をだし、食堂の机にぶつかりながら、仲間のいるテーブル席へクロエを案内した。
クロエが男子生徒の誘いに乗ったのは、友人の一人もいない自分を変えたいと思ったからだ。
アリオンもセリーナも、友人に囲まれ楽しそうなのに、クロエだけひとりぼっちでみじめだった。
また、この男子生徒をクロエは実は知っていた。異性としての興味はなかったが、同じクラスの女子生徒が、
「推しにするならアリオン様で、彼氏にするならイオ!」
とくだらない恋愛話で盛り上がっていたのを覚えている。
そのときは、アリオンの名前を出した女子生徒を睨み付け、その場を凍りつかせたのは言うまでもない。
よく女子の話題に名が上がるということは、人気者なのだろう。
背が高く、筋力のついた体つきで、ハンサムだとは思う。
しかし、特別家柄がいいわけでも、所作がスマートなわけでも、特異な美貌を持っているわけでもない、普通の生徒に見えた。
また、普通の生徒のランチタイムとはどんなものなのか、クロエは少し興味があった。
◇
案内されたテーブルに近づいていくと、イオの友人と思われる生徒が2人座っていた。
一人は、遠くから見ても、均整のとれた長い手足と分かる、美しい焦げ茶色の髪を持つ女子生徒だった。もう一人は、栗毛に眼鏡をかけた小柄な男子生徒だった。
女子生徒が、
「イオやるじゃん!ほんとにお嬢様連れてきた!」
と笑いながら言い、栗毛眼鏡の男子生徒が
「やめろよ!失礼だろ!」
と焦ったように彼女をたしなめた。
クロエは女子生徒の言葉に特に気にすることもなく、
「こちらに座ってよろしいのかしら?」
と聞いた。女子生徒は、勢いよく立ち上がり、
空いていた椅子を引き、大袈裟な動作で
「お嬢様、こちらにお座りください!」
とおどけて言ってみせた。
クロエが席につくと、女子生徒が先頭をきって話し始めた。
「私はリナリー・ハリソン。3人とも専門科の2年生よ。」
残りの2人が自己紹介しようと口を開く前に、リナリーが勝手に2人の紹介を始めた。
「お嬢様をナンパした男がイオ・ミドルズ。こう見えて女ったらしだから気をつけてね。眼鏡のコイツはラリー・パディントン。ただの変人よ。」
リナリーの言葉にイオが勢いよく反論した。
「誰が女ったらしだ!!適当なこというな!」
クロエが納得したように
「ああ、だから私に声をかけてきたのね。。。」
と小さく呟くと、栗毛眼鏡の男子生徒が笑いながら言った。
「リナリー、その紹介はないんじゃない??僕は変人じゃないし。。。イオが、クロエお嬢様に声をかけたのは理由があって」
「イオは、テストの成績が3人の中で一番悪かったんだ。で、一番良かったリナリーのいうことをイオが聞くっていう約束だった。そしたら、リナリーが『傷心でいつも1人でいるクロエお嬢様をランチに誘え。』って。」
ラリーは言葉を続けた。
「あとね、女ったらしっていうのはあながち間違ってないかな。だってさ、僕たちと友達になりたいって女の子は、みーんな、イオのこと好きになっちゃうんだよね。」
「僕が何度、イオとのキューピッド役頼まれたことか。。。いい迷惑だよ~」
うんざりしたような顔でラリーが言うと、リナリーも同調した。
「分かる!私もイオと幼馴染みだからって嫉妬されて、何回嫌味言われたことか。本人は全く気づいてないのが、また腹立つんだよね!」
2人に責められるような形になったイオは、不満げな表情でラリーとリナリーを睨んだ。
「おい、好き勝手言ってんなよ!お嬢様に変なこと吹き込むな!」
イオは2人を軽く小突いた。
そんな3人のやり取りを見ていたクロエは、この3人に好感を抱いた。
今まで、クロエに取り入ろうと媚を売ってきた同級生とも、天真爛漫を装って近づいてきたセリーナのような人間とも違う気がした。
罰ゲームのような形でランチに誘ってきたのはなんとも失礼な話だが、クロエ相手に特に気を使うこともなく、同級生として接してくれる3人に、居心地の良さを覚えた。
「1つ、伺いたいことがあります。なぜリナリーさんは私を誘うように言ったのですか?お話したことはないはずですが。」
クロエは、単純な疑問をぶつけてみた。
リナリーは、当然だと言わんばかりの顔でこう答えた。
「かわいい子と仲良くなりたいのは当然でしょう?お嬢様、最近やっとフリーになったんだから。」
かわいいから仲良くなりたいなどと言われたのは、クロエは初めてだった。
自分の容姿が整っている方だとは思っていたが、絶対にかわいくはないと自覚している。
かわいいとは、セリーナのような庇護欲をそそるような明るい女の子を言うのだ。
きっとお世辞で言ってくれているのだろうと思い、少し卑屈な気持ちになった。
「かわいいとは、初めて言われました。私はかわいくはないと思いますが。。。」
ためらいがちにクロエが言うと、3人が揃って断言した。
「かわいくない!?それはない!!」
あまりにも声が揃っていたので、クロエはフフっと吹き出してしまった。
クロエの笑顔を初めて見た3人は、瞬時にドキッとし、しばらく見惚れたような表情になった。
「クロエお嬢様、破壊力やっば。。。」
リナリーの呟いた言葉の意味が、クロエには分からなかった。
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