甘味病

埋梅

症例1-ショートケーキ

下記の文章はクライネ・レビン症候群、通称眠り姫症候群を患っていた依不治いふじリモさん(当時15歳)が、YouTube上にアップロードした動画『投稿したら死んでくる』を文字に起こしたものです。







オレの弟はショートケーキになった。

いや、正確には「なっていた」。それが伝えられたより二週間も前からそうだったらしい。




「なんで何も言ってくれなかったんだ」とか「ケーキになったってどういう意味だよ、何も変わってないじゃん」とか色々言いたい事はあったけど、どれも言えなかった。

アイツが真剣な顔をして、オレに何かを伝えようとしてたから。




ようやく口を開いたかと思えば……「腐る前に食べて欲しい」って言い出したんだよ。




そんな事出来るわけないだろ?でもそう言おうとした瞬間、口の中に甘い味がしたんだ。




……生クリームの、味が。あいつの指から。

しかもそれは、舌が当たっただけで、簡単に押し潰れて…………それで、アイツが、心底ほっとしたような、甘ったるい顔をしたから




…………その日からオレは、




毎日少しずつ




アイツを、食べ始めた。




……おかしいと思うか?でもさ、オレが何もせずにいたらアイツは……ショウはどうなるか考えたんだ。




オレが眠ってる間、アイツがオレの部屋で、オレを待ちながら、じわじわ腐って、人間としても甘味としても死ぬ様子を想像したら

……オレは……オレはこうするしかないって思ったんだ。




甘味病が治療法が確立されてる病気だったらオレは絶対にこんなことしなかったよ。




間違ってるとは思う。

でも、もう時間は戻せないから、




せめて、この動画が甘味病の解明に役立つと良いなって思って、今撮ってる。




みんなこれ聞いてどう思ってんだろうな。

「お前の世話できなくなったからって食べる事ないだろ」って感じ?

それは違うって言っとく。だって、ショウは動画撮影を手伝ってくれただけで、世話は家政婦とかにやってもらってたし。




オレの親、超金持ちだから、そういうのは困らないよ。




だからきっと、頼めばショウを国の冷凍保管庫に送ってくれたんだろうな……。




ああ、そうだな、きっと「甘味病の延命治療は冷凍保存だって誰でも知ってるだろ」って思ってるだろうな。……そう、延命治療……治療法が、まだ、見つかってないから……。




つまりさ、ショウは狭くて暗い冷凍庫の中で何年も、何十年も、ひょっとしたら、何百年も閉じ込められるかもしれないんだろ……?仮に、治療法が見つかったとしても、もうその頃にはきっと、今とは全く違う世界になってて、親も友達もオレも絶対に全員死んでるだろ!?




…………そんな世界でアイツに悲しい思いさせるくらいなら、間違ったことだとしても、オレは、オレの手でアイツを終わらせてやりたかったんだ。




急がなきゃと思ったから、まずその日のうちに両腕を食べきった。血と筋肉は苺とスポンジケーキの味で、骨はぬるくなった生クリームって感じだったよ。




そんで部屋の冷蔵庫にアイツを押し込めて

…………ああ、あの光景は思い出すだけでゾッとする。罪悪感ハンパなかったけど、アイツは嫌がらないどころか、むしろ嬉しそうに「明日も食べてね」って言ったんだ。




あれは、ちょっと……いや大分怖かったな。




……で、その次の日は右脚、そのまた次の日は左脚、胴体は三日に分けた。大きくて中身が詰まってたから、中々時間かかっちゃってさ。甘い物の食べ過ぎでいつもより眠気が酷くなったのもあるかな。だから最近は床で寝るかショウを食べるかって感じだったよ。




そしてアイツが首から上だけになった時、ここからどう食べるか少し悩んだ。だって、頭はどこも特別な感じがするだろ?




それを伝えたら、アイツが「口を最期にして」って言ったから首と顔の上半分はその日のうちに食べた。




……ああ、そうだ。脳みそはすごく甘酸っぱくて、大きな苺を食べてるみたいな感じがしたかな。目立つ部位だからか?それとも血が沢山流れてたからかもな?




……まあどうでもいいことか。もう分かんないし。




そうやって一週間経つ頃にはアイツはもう、口しか残ってなかった。……いや違うな。

この言い方は逃げだ。




オレがそうした。


 


食べてしまったんだ。




それから、オレは…………アイツに…………キス、してから食べようとして、でも中々踏ん切りがつかなくて……




食べきったら完全にアイツが無くなるって思うと、どうしても…………意味分かんないよな、自分で食べるって決めたのにさ……

でも……いざその時になると本当にこう思うんだよ。




それで、どうすることも出来なくてアイツの口元をぼんやり眺めてたら、突然アイツが口を動かし始めたんだ。声は……声帯が無いせいで出せなかったのかな。




オレはショウが何か伝えようとしてるんだと思ってじっと観察した。そしたら四文字分ずつ口を動かしては閉じて、動かしては閉じて……って繰り返してるのが分かったから、とりあえずその動きを真似して口に出してみたんだ。




「あ、い、う、い……?」




「あいうい……?」母音だけじゃ全然ピンとこなくてオレは焦った。




ショウが最期に伝えたい事なんだ。絶対に分からなきゃいけない。オレは必死に考えた。何度も何度も「あいうい、あいうい」って言ってみて、ふと思いついたのが




「大好き」って言葉でさ。




「あ、大好き?」って言ったらアイツは満足そうに口を閉じた。

「……オレも」って返したけどきっと、届いてなかったろうな……目も耳も、もうその時には、食べちゃってたからさあ……。




……口を最期にしてほしいってこういうことかって、その時になってようやく分かった。




キスしたいだけだと思ったのにさ。




ずるいよな。




それからはもうオレが何してもほとんど反応しなくて、アイツはただオレに食べられるのを待っていた。











そうして、オレはついに、愛する弟を、ショウを、食べきってしまったんだ。









この投稿がされた翌日、依不治リモ(本名 藤井モリヒト)さんは家政婦により自宅のドアノブに首を吊った状態で亡くなっているのを発見されました。享年は16歳でした。

弟のショウ(本名 藤井ショウタロウ)さんは依不治さんの動画の撮影だけでなく、自身もコスプレイヤーとして活動しており、翌月に開催されたイベントの参加を表明していました。


モリヒトさんの司法解剖を行なった結果、胃の中から大量の消化途中の生クリーム、苺、スポンジケーキが検出されました。

この事と動画の内容からショウタロウさんが甘味病を発症したと見られますが、未だショウさんの体の一片も見つかっていないため、確証は得られません。


また依不治リモさんのチャンネルで公開予約がされていた動画『【もうすぐ誕生日】眠り姫症候群のオレが眠り姫コスしてみた【重大発表あり】』は公開中止となりました。

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