第5話 嘲笑
あー。制服脱がないと…。
頭では思いつつも体が全く動かない俺は、睡魔に襲われ瞼を閉じた。
◇
響き渡る鐘の音で目を覚ます。窓から差し込む光に目を細めた。
ここ、プロスペラーレ国の王都プロスペラーレでは明け方から夕方まで定期的に鐘がなる。明け方の鐘は朝を知らせる鐘でこれを合図に皆起床する。逆に夕方の鐘は夜を知らせ、この鐘で仕事をやめ家へ帰る。俺達騎士団にとっては夕方の鐘に何の意味もないんだが。
隣を見るとエドはまだ眠っていた。
エドは休みなのか。
彼を起こさないよう細心の注意を払いつつ準備をし、部屋を後にした。
◇
寮内の食堂でご飯を済ませた後、朝礼のため本部前に向かう。
朝礼には任務にあたる隊だけが集まる。休みの隊まで集まる必要はない。更に朝礼の際には同じ隊の隊員で集まるという決まりがある。
エレナ隊を探していると、イーサ隊の面々を見つける。
イーサ隊も今日から任務なのか…。あの任務から体制が整うまで休みだって言われてたから、万全になったんだろう。声かけに行こうかな。
イーサ隊の方に近付く。でも誰も目を合わせてくれない。というか、俺を見て何か話をしているような…。
「おいおい、駄目だろう。お荷物隊に行った落ちこぼれが我らイーサ隊に近付いちゃ〜」
粘着質な話し方で近付いてくるこの男はイーサ隊の先輩隊員だ。いつもイーサ隊長やサイラス副隊長のいない時にだけ嫌味を言ってくる。正直苦手な男だ。
「あいつ、お荷物隊に異動になったらしいぞ」
「なると思ってたよ。ギフトないんだろ?」
「あの人のせいで怪我した子いるんでしょ?」
先輩隊員が話し出したのをかわきりに周りからも冷やかす声や笑い声が聞こえてくる。
先日まで仲間だと思っていたのは自分だけだったのだろう。悔しさや怒りの感情が混ぜ合わさったよくわからない気持ちが腹の底から湧いてくる。俺は拳を握りしめ、唇を噛んで気持ちを落ち着かせる。
「挨拶だけしようかと思いまして」
「あいさつう〜? それは同じ隊員同士でするものだ〜。挨拶した所でお前みたいな落ちこぼれに挨拶する人間など!?」
話している最中に先輩隊員は横に飛ばされ、俺の左肩にはずっしりと重い何かが乗り、隣には人が立つ。先輩隊員が飛ばされると、冷やかす声も笑い声もなくなり、周りは静まり返った。
見上げるとそれはレイモンドさんだった。という事は肩に乗ってるのは彼の腕だろう。
レイモンドさんは他の隊員とは体つきが全く違う。肩に乗る重い腕といい、先輩隊員を体で突き飛ばした事といい並の隊員とは鍛え方が違うのだろう。
「ミカエルおはよう! 昨晩はよく眠れたか?」
視線を合わせるように少しだけ頭を傾けて笑いかけてくれるレイモンドさんに俺は何故か泣きそうになった。唇を噛み、涙を堪える。
「おはようございます。ぐっすり眠れました」
俺はちゃんと笑えているだろうか。
そうか、といったレイモンドさんは俺の頭を優しく叩く。
「おまえ〜。何してくれてんだよお」
倒れていた先輩隊員が起き上がり、服の汚れを払いながら近付いてくる。レイモンドさんは俺の前に腕を出して俺を守るかのように半歩前に出た。
「すまない。ぶつかってしまって。大丈夫か?」
口では謝っているが、悪びれる様子もない気がする。もしかしてさっきの話を聞いていたのだろうか。
「あれ〜お前、お荷物隊の副隊長じゃん〜。落ちこぼれ同士助け合うってか〜。ヒヒ。笑えるねえ。ていうか〜、謝るなら〜頭を深く下げて〜許しを請うのが常識だろう。お前らみたいな〜落ちこぼれには〜そのぐらいしか出来ないだろうけど……ぶっ!!!!」
話をしている最中の先輩隊員に大きな物体が飛んできて、顔面を直撃する。頬の骨が折れているんじゃないかと思う程の衝撃音と共に先輩隊員は再度倒れた。
顔面を直撃した物体は大きな肩掛けの鞄だった。
え、鞄? 誰の? というか、何が入ったらあんな音がするんだ?
あまりの事に俺もレイモンドさんもすぐには動けなかった。すると、鞄の飛んできた方向から見覚えのあるキノコのような頭をした細身の男が走って倒れている先輩隊員の元へ向かう。真っ先に鞄を拾い、肩に掛けると倒れたいる先輩隊員にすいません、すいませんと頭を下げる。逃げるようにしてこちらに来たシャノンさんは挨拶もそこそこにすぐレイモンドさんの後ろに隠れる。
「てめえら〜。もう許さねえぞお」
再度起き上がった先輩隊員の頬は赤く腫れ上がっていた。ここまで起き上がると怖いとさえ思えてしまう。ふらふらになりながらこちらに歩いてくる彼は剣を抜く。
彼の目は本気だ。元は俺のせいだから自分でなんとかしないと。腰にある剣に手をかける。
「そこまでだ」
急にかけられた声。全員が声のした方を向いた。
声の主はイーサ隊長だった。隣にはエレナ隊長の姿もある。隊長達の姿に俺はひざまづいた。
「ミカエル、ひざまづいてどうした?」
「え?」
顔をあげると、レイモンドさんが心配そうに見ている。周りを見てみると、イーサ隊は全員ひざまづいている。逆にレイモンドさんとシャノンさんは何故ひざまづいてないのだろう。
「隊長が来たらひざまづくんじゃないんですか?」
「多分..それはイーサ隊だけ…です…。僕達の…隊は..そういうのない…です」
シャノンさんに手を差し出される。その手を取って立ち上がる。
入団してからイーサ隊にしか所属した事がないから知らなかった。その隊によってそういう所も変わるのか。
「いつも思うけど、イーサの隊は息苦しそう」
エレナ隊長はイーサ隊がひざまづいているのを見ながらそう言った。
「お前の隊が自由すぎるんだ」
イーサ隊長は呆れるように言い放つ。
「大体、お前は隊長という自覚が足りないんだ。下の者が友人のように話しかけてくるなど言語道断だ。それだけじゃない。名前も呼び捨てで呼ばせて…」
「あ、そうだ。レイモンド」
「人の話を聞け!」
この人達合わないんだろうな。上下関係に厳しく、規律や規則を重んじるイーサ隊長と団長や俺達隊員にも友人のように接する自由なエレナ隊長。同じ隊長でも考え方が違うと隊の雰囲気もここまで変わるんだ…。
イーサ隊長の止まらない注意に適当な返事をするエレナ隊長がうんざりしているのが見てわかる。話題を逸そうとしたのかエレナ隊長は不意にレイモンドさんを呼ぶ。さすがのレイモンドさんも驚いたように返事をする。
「お前の忘れていった盾と剣、サイラスに運ばせてたけど、多分そこらへんで潰れてるから助けに行ってあげて」
それを聞いたレイモンドさんは慌てて走り出す。
サイラスとはイーサ隊副隊長の事だ。イーサ隊長に剣の実力を認められ、副隊長に指名されたと聞いている。そんな強い人が剣と盾を運んで潰れるとは一体どういう事なのか。
「で、イーサ。あいつはどうする?」
指をさされた先輩隊員の体はここから見てもわかるくらい震えている。
「彼の処分はこちらに任せてもらいたい。いいか?」
「私は構わない。ミカエルもそれで大丈夫?」
「は、はい」
確認されるなんて思っていなかったから少し返事がつまってしまった。イーサ隊にいた頃は隊長や先輩の言うことは絶対で意見や確認を求められるなんてなかった。
エレナ隊はちゃんと意見を聞いてくれる隊なんだ。
「ミカエル」
「はい!」
イーサ隊長に呼ばれる。驚きのあまり声が裏返った。
「俺の隊員がすまなかった」
イーサ隊長が俺に頭を下げる。そして何故かシャノンさんは俺の後ろに隠れる。
「俺は気にしてないので、頭上げてください!」
嘘だ。本当はめちゃくちゃ気にしてる。でも、イーサ隊長は何も悪くないからこう言うしかなかった。
イーサ隊長は頭を上げると、自分の隊へ戻って行った。先輩隊員も後ろをついていったが、心配になるくらい顔が青ざめていた。
「おーい」
声の方からはレイモンドさんとサイラス副隊長が揃って戻ってくる。レイモンドさんの腰には剣が収まっているが、肝心の盾を持っていない。代わりに背中に何かを背負っている。まさかあの背中からはみ出て見えているのが盾なのだろうか。
イーサ隊に戻ろうとするサイラス副隊長をエレナ隊長が呼び止める。
「サイラス、ありがとう」
「お安い御用っす! あ、ミカエル! こっちでも頑張るっす! 応援してるっす!」
そう言うと、手を振りながらイーサ隊に戻っていってしまった。
「あの、レイモンドさん。その背中のって…」
聞こうと思った矢先、騎士団本部の扉が開いた。その場にいた全員が話すのをやめ、静まり返る。扉の奥から姿を見せたのは、団長と副団長だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます