第26話 建設業における残業規制の話

 2024年4月から建設業においても猶予されていた残業規制が始まった。ゼネコンで働く人にとっては良い話だろう。私は1987年4月に入社したが、初日こそ19時に帰ったものの、次の日からは毎日午前2時退社だった。笑い話でもあるのだが、ある雑誌に「新入社員は帰る前には上司に『お手伝いすることはありませんか』と声かけをしろ」と書いてあったので実践したら、じゃあこれやってと雑用を与えられたのだった。パソコンが無かった当時、今なら派遣社員にやらせるようなルーチンワークだったのだ。具体的に言うと、見積書の項目をひたすら移すというものである。今ならコピーをうまく使えばなんてことないのだが、当時はコピーも貴重品で基本青焼きが使用されていた。こう考えるとずいぶんと前近代的な時代だった。毎日同じ方向に帰る上司とタクシーで帰り、寝る間もなく出勤していたのだが、よくやっていたものだと思う。

 私はゼネコン社員である。ゼネコンというのはすべての業務を効率的に短時間でこなすものだという思いを新入社員の時から持っている。ゼネコンは多くの専門工事業者を下請けとして使って一つの建物を作っていくのだが、雑用が多い。作業員は毎日新人が入ってくるし書類も多い。ほとんどが労働安全衛生法に定められているもので、いうなればゼネコンが法違反をしていないことを証明するための書類だ。だから中味はあまりない。

 これらの書類は新入社員が担当することになるので、やり方だけ教えてもらったら自分たちだけでなんとかまとめなければならない。本来私が各社に用紙を配布するのだが、これは無駄だと思った。そこで壁に封筒を張りつけて用紙を入れておき、各社自身が各々持って行ってもらうようにした。今では当たり前だが、当時はまだ当たり前ではなかったのだ。作業間調整をするための書類も、早く帰るために昼休みに作ったこともある。しかし、昼間の仕事をどんなに効率化しても上司からの雑用が増えて結局夜遅くまで残業しなければならなかったのだが。

 私が入社した年は、会社の規定上隔週週休二日制となった初年度だった。最初は守られていたのだが、社会人はずいぶん暇だなあと思ったのを覚えている。4月に入社して5月の長い連休を経たらば、いつの間にか土曜日の休みは無くなり日曜日の休みもなくなり、1年もたたないうちに24時間営業となった。一応昼勤夜勤の交代制なのだが、交代の人間はただの留守番みたいなものだったので段取り関係は私一人で行わなければならない。夜勤当番の週は結局朝8時の朝礼を行って一日の段取りをして昼食をとってからホテルに行き仮眠し、18時ごろには現場に行き夜の段取りをして20時から夜の朝礼をするような日が続いたのであった。今考えればブラック中のブラックだった。

 当社の場合、現場の組織としては所長がトップで現場採算性というシステムを採用している。これは、現場に大いに責任を持たせて頑張らせるという仕組みだ。数十億という金額を所長という会社が経営するようなものなので、責任も重大だが楽しさもひとしおだ。実際には所長はお目付け役で次席が運営して所長に報告する。私は次席を10年くらいやっていたのだが、いろいろと忙しくて時間が足りない。次席時代には自宅に帰らずに現場で寝泊まりしたこともしばしばだった。これもかなりブラックだった。

 さて、残業規制が今年4月から始まったわけだが私個人については現場を引退しているから変化はない。その対策について主体性をもって計画する部署でもないのだが、社内では法の施行1年前ぐらいから対策が騒がれた。ところが、対策の計画を立てる人たちには現場を引退して久しい人が多く、彼ら自身も考えたことの無い事象だから良い案が出てくるはずもない。働き方改革だとか生産性向上などといっているが、中味がないのである。例えば会議を開催するときに、事前に資料を配布し検討事項を明確にしてから会議に臨むといったようなものが「対策」なのだと思うが、そういうことを言わずに「残業するな、残業するな、法律守れ」と言ったって言われた方はウザいと思うだけだ。

 そもそも、建設現場は一般的に8時~17時である。これは職人の労働時間なのだから、それを管理する現場監督はその時間より早く職務につき遅く終業するしかない。毎日職人の労働よりも早く仕事につき職人の終業より一時間遅くまで仕事をしたとすれば月24日で計算すればそれだけで48時間であり法律の月45時間を超過する。それでは早番と遅番を決めて残業時間を減らせばよいではないかというが、現場監督の業務において一人でできることを二人で行うのは大変効率が悪く間違いも起こりやすい。だから、少数精鋭で現場管理をして現場が竣工したら長期休暇を取るのが現実的なのだが、法律上それもできない。将来的には職人の作業時間を減らすことになっていくような気がする。

 いずれにしても、現場監督でも職人でも労務費が上がる方向にしか進まない。そうではなくても昨今マンションの高騰が騒がれているのに、今の若者は将来持ち家ができるのだろうか。建設費の高騰よりも持ち家を購入しようとする人たちの賃金が上がっていけばよいのだが、それはインフレスパイラルのような気もする。

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