第32話 助けたい
おじ様とユースお兄様は、ジーク様のお誕生日の翌日には帰られてしまった。
ユースお兄様は、アカデミーというところに通っていて、卒業するまでは寮で生活されるそうだ。
卒業されるのは、1年以上も先になるのだそうだけれど、これからはたまに帰ってくるし、お手紙もくださると約束してくださった。
お兄様の将来の夢は、中央騎士団の副団長になって、ジーク様をお支えすることなのだそう。
今はそのためにアカデミーというところでお勉強を頑張っているそうで、私もお兄様の夢が叶うよう応援したいと思った。
お二人が帰られて数日後、その日は、いつになくお邸が騒がしかった。
だからなのか、いつもならとっくに寝ている時間だったにもかかわらず、私は寝つくことができなかった。
1人でお部屋にいるのも、どうにも落ち着かなくて、皆さん起きているなら少しくらいはお話できるかもしれない、私はそんな軽い気持ちで、下へと降りただけだった。
「あの、どうしたんですか……?」
「お嬢様?こんな時間にどうしてこちらへ?」
私を見て、そう問いかけたルイスさんは、なぜだかとっても顔色が悪い気がした。
他に数名執事さんやメイドさんがいらっしゃるけれど、同様で。
私のお世話がメインのお仕事であるミアさんは、本日のお仕事は終了ということなのか、そこにはいらっしゃらなかった。
「お嬢様、眠れないのでしたら、ミアを……」
「どうして、こちらに副団長様が?」
ルイスさんが、私の方へ来たことで、私ははじめて副団長様の存在を認識した。
副団長様はなぜか床に座り込んでしまっていて、すぐにお姿が見えなかったのだ。
どこか項垂れたようにも見える副団長様も、やはり顔色がよくない気がする。
「お嬢様っ!?」
私が副団長様のお顔を覗き込むと、そこで副団長様ははじめて私に気づいたみたいだ。
副団長様が私の両手をがしっと握りしめる。
「あ、あの……」
「どうか、お嬢様のお力で団長をお助けいただけませんか!?」
「え……っ」
団長……というのは、副団長様が団長をお呼びになるのは、ただお一人だけのはず……
「ジーク様に、何かあったのですかっ!?」
「お嬢様、その件については我々の方で対処いたします、お嬢様はどうか……」
「教えてください、ルイスさん!」
ルイスさんは、きっと私に余計な心配をさせないようにしてくださっているのだと思う。
けれど、副団長様が助けて欲しいとおっしゃるようなことだ、きっととてもよくない何かがあったに違いない。
「何があったんですか?私は、何をすればいいんですか?」
私はルイスさんではなく、私に助けを求めてくれた、副団長様にお聞きすることにした。
「実は、魔獣に遭遇したのです」
「魔獣、ですか……?」
以前も魔獣が出たことはある、けれど正直、ジーク様は余裕で倒していらした。
途中私が獲物を横取りしたような形にはなったけれど、あれならジーク様お一人でもなんとかなったはずだ。
それだけでは、別にたいしたことにはならない気がするのだけれど。
「はい、それが今までに見たこともないほど強い魔獣でして……」
「えっ」
「恥ずかしながら、団長以外の騎士たちでは、歯が立たなかったのです」
「ジーク様は、大丈夫だったのですか?」
「ええ。ですが、我々を庇って怪我をされ、さらに我々を逃がすためお一人だけその場に残られて……」
「……っ」
「それで、ジーク様は今、どちらに!?」
そう訊ねると、副団長様は俯いてゆるく首を左右に振った。
つまり、わからない、ということなのだろう。
「魔獣は!?ジーク様が倒されたんですよね!?」
「それも、わかりません……」
「そんなっ」
私は思わず、助けを求めるようにルイスさんを見てしまった。
こんな絶望的な状況でも、ルイスさんならなんとかしてくれそうな気がして。
「騎士団を逃がしたのは、数時間ほど前。それ以降、旦那様からの連絡は何もないそうです」
けれど、ルイスさんから聞かされたのは、さらに絶望的な内容だった。
「ジーク様がいらした場所に、戻ってはみたのですか?まだ、いらっしゃるのでは?」
「魔獣が倒されたかどうかも定かではないため、うかつに近づけません。下手をすれば、怪我を負っている団長の足手まといになる可能性もありますから……」
副団長様の言葉に、目の前が真っ暗になるような気がした。
魔獣が倒せているかどうかさえわからない、確認に行くことも、もしかしたら助けを求めているかもしれないジーク様を助けに行くことも、誰もできないなんて。
「私が、探します」
「お嬢様、さすがに危険すぎます。そんなことをお嬢様にさせたとわかれば、私が旦那様に怒られてしまいます」
「大丈夫です、ルイスさん。居場所を確認するだけなら、ここに居てもできます」
私はルイスさんに少しでも安心してもらえるように、精一杯笑った、つもりである。
ジーク様が心配で、不安が大きくて、ちゃんと笑えたのか、自信はないけれど。
目を閉じて、魔力の感覚を研ぎ澄ませ、ジーク様の魔力の気配を探す。
ものすごく遠くにいらっしゃる、というわけではないなら、絶対に見つけられるはずだ。
「見つけたっ!」
ジーク様の魔力の気配を、はっきりと感じられた。
けれど、その気配はどこか弱々しい気がして、また不安が押し寄せる。
でも、まだ大丈夫、絶対に助けられるはず、私はそう信じてぐっと手に力を入れた。
「ルイスさん、お願いがありますっ!」
「なんでしょう、お嬢様」
「この家で、一番魔力の気配が強く感じられるの、ジーク様の執務室なんです!だから、お医者様を呼んで、お医者様と一緒に執務室で待っていてもらえませんか?」
「それは、いったい……」
「ジーク様を連れて、執務室に戻って来ますから」
「危険すぎます、お嬢さま」
「大丈夫です、魔力の気配さえ辿れれば、転移魔法が使えます。もし、心配なら、なおさらルイスさんが執務室にいてください!」
「はい?」
「ルイスさんも、強い魔力をお持ちですから。きっと道標になってくれます」
もちろん、ジーク様やおじ様、ママほどの魔力ではないけれど、おそらくルイスさんも魔法を使える人だ。
「かしこまりました、お嬢様。お待ちしております。どうか、旦那様を、よろしくお願いいたします」
ルイスさんも、ジーク様を助けたいと思っていて、でも助けられなくてもどかしかったのだ。
本当は副団長様みたいに、すぐにでも私に助けを求めたかったかもしれない、でも、私を気遣って何も知らせないようにしようとしてくださった。
そんなルイスさんのためにも、絶対にジーク様と無事に戻ってこなくては。
転移魔法なら、浄化魔法のように、たくさん魔力を使ったりしない。
絶対大丈夫、そう信じて、私はジーク様の元へと、転移魔法を発動させた。
「ジーク様っ!」
「……っ、なぜ、ここに……」
暗闇の中、ジーク様は剣を地面に突き立て、膝をついていた。
真っ暗でちゃんと確認はできないけれど、血の匂いがする、きっと出血も多い……
「魔獣は……」
「たお、した……、あん、し……うっ」
倒したから安心しろ、と言ってくださっている。
そのことにほっとする気持ちもあるけれど、ジーク様の苦しそうなうめき声を聞くとやはり安心できない。
「ジーク様、戻りましょう」
「さき、に……」
きっと私では動けないジーク様を抱えてはいけないと思って、先に戻るようにおっしゃっているのだ。
けれど、こんな状態で放ってはいけない。
「すまない、少し、ふかく、を……いま、は、うごけ……くっ、うぐっ」
「ジーク様!?」
怪我をしているだけで、こんなに苦しむだろうか。
身体を丸めて苦しそうなジーク様は、剣を強く掴みなんとか身体を支えているみたいだけれど、その手も震えていらっしゃる。
様子が明らかにおかしい気がする、早く戻らなければ。
「大丈夫です、ジーク様、すぐにお邸にお連れします」
「な、にを……」
「少しだけ、失礼しますね」
ジーク様に、そっと手を触れる。
あとは、ジーク様の執務室の魔力の気配を探して……
「見つけた」
ルイスさんも、そこに居てくれるのがわかる。
「ちょっと気持ち悪いかもですが、少しだけ我慢してくださいね」
私はジーク様にそうお声をかけて、もう1度転移魔法を使った。
「ルイスさんっ、ジーク様を早くっ!!」
私はジーク様の執務室に着くや否や、ルイスさんにそう叫んだ。
さすがに2回連続で転移魔法を使ったからか、少し身体が重いけれど、今はそんなことにかまっていられない。
ルイスさんは状況を把握してくださったようで、執務室に一緒に待機してくださっていた他の執事さんたちによって、ジーク様はすぐにお部屋へと運ばれた。
そして、私も慌ててその後を追った。
「う……っ、ぐぅっ、がぁ……っ、はぁっ」
苦しそうな呻き声、やはり、ただ怪我の痛みに耐えているのと、ちょっと違うような気がする。
何より、ベッドに寝かされたジーク様は、苦しそうに胸のあたりを抑えていらっしゃる。
とはいえ、私は医者ではないので、ただお医者様の診断結果を待つしかないのだけれど……
「毒、を摂取されたかと……」
「何の毒ですか?」
「それはわかりません。解毒薬を煎じてみますが、それで解毒できる毒かも……」
「解毒、できなかったら、どうなるんですか……?」
その問いかけに、答えは返ってこなかった。
けれど、お医者様とルイス様の表情で、悟ってしまった。
解毒できなければ、毒がまわれば、きっと助からない。
それは、どんな世界でも、同じなのかもしれない。
私は、ジーク様のベッドに近づき、苦しそうに胸を抑えるジーク様の手に、そっと自分の手を重ねた。
『何を、するつもり?』
私が治癒魔法を使うかもしれない、と思ったのだろう。
フィーネはすぐに姿を現わした。
「大丈夫、わかってるよ。今の私では、この毒は消せない」
きっと、元の世界の私なら、この毒も怪我も治して差し上げられた。
けれども、今の私にはどちらも不可能だ。
だから、毒がまわりきるまでに、解毒ができるように、間に合わせられるように、ちょっと酷だけれど、ジーク様にもがんばってもらうしかない。
「ジーク様、聞こえますか?」
「あ……」
「毒がまわってしまうと危険です、ジーク様の魔力で、体内の毒を抑え込んでください」
おそらく出血も多く、毒にも耐えて、かなり体力を消耗していらっしゃる。
この状況で、自分の魔力を使って毒を抑え込め、なんて非常に酷なことだと思う。
それでも、ジーク様ほどの魔力があれば、しばらくは抑え込めるはずだ。
やらないよりは、やった方がきっといいはず。
「私が少しだけ魔力を流して、導きます。ジーク様なら、それを感じ取って、ご自分でできるはずです」
私はそう言うと、ほんの少しだけ魔力を流し、ジーク様の体内の毒を探す。
そして、それが広がらないように、ジーク様の魔力が抑え込むように、ジーク様の魔力を導いていく。
「ぐ……っ、うぐっ、ぐぁっ」
一際苦しそうな呻き声があがった、きっと魔力を使っているからこそ、より苦しいのだ。
けれど、そのおかげか、毒はしっかりと抑え込めているみたいだ。
「旦那様、大丈夫ですか?お気を確かに」
ルイスさんが、あまりに苦しそうな声に耐えかねて、ジーク様にお声をかけている。
「ジーク様、ごめんなさい。少しだけ、そのまま耐えてください。毒は私が必ず解毒しますから」
「な、にを……」
「大丈夫です、絶対解毒できます」
ジーク様自身がかなり弱っていらっしゃるから、この状態も、きっと長くはもたない。
ただ、ほんの少しだけ猶予ができただけだ。
さっきのお医者様の様子だと、その猶予の間に、確実に解毒剤を作れるとは期待できない。
『何をするの?』
「私には毒を消せるだけの力はない。でも、この毒を解毒できる力を持つ薬草なら、探せる」
毒の成分は、さっき毒に触れたことで私の魔力が理解をしたはず。
私は毒にも薬草にも全く詳しくないけれど、私の魔力は毒に触れることで、その毒を消す薬草を見つけ出せる。
これも、突き詰めれば治癒魔法、ということなのかもしれない。
さらにその薬草を私の魔力で煎じれば、普通の解毒薬よりずっと効果の高いものになる。
薬草さえ見つけ出せば、きっとジーク様を助けられる。
「お願い、手伝って」
私は、私の使い魔でもある白い鳥を呼び出した。
「薬草を、探してきて、お願い!」
使い魔は私の言葉を聞いて、すぐに飛び立った。
どうか、少しでも近くで薬草が見つかりますように。
私はただ、それだけを願って、使い魔が戻るのを待った。
『薬草を、魔力で煎じるの?』
「うん」
『それは、危険だと思う』
「でも、そうしないと、間に合わないかもしれないから」
普通に薬草を煎じただけでは、すぐに効果が出ないことだってある。
でも、私の魔力で煎じたものならば、確実な即効性が期待できる。
「大丈夫、大丈夫だよ。治癒魔法より、使う魔力はずっと少ないから」
例え、倒れたとしても、絶対ジーク様は助けてみせる。
私は心の中でそう決意して、使い魔が戻ってくるのを、ただじっと待った。
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