第22話 2度目のお出かけ
「こっちがいいかしら?それとも、こっち……ああ、これもいいわっ!」
パパとママと馬車に揺られて街に出てきた。
侯爵様と行ったお店とは違うお店で、私は現在着せ替え人形のように次から次へと服を着せ替えられている。
「リディアは締めつけが強い服は嫌よね?だったらこれは、なしだわ!あ、こっちは悪くないわね」
侯爵様の時と違うのは、お店だけではない。
店員さんに服を選ばせて、私の反応を見ながら購入を決めていた侯爵様とは違い、ママは自ら選んで私に着せ、購入するかどうかもまた自ら判断している。
選ばれた服の中には私が選ばないような服もあったけれど、やはり侯爵様から好みを聞いているからなのか、どれも着心地がよくてかわいいと思う服ばっかりだった。
そうして買うと決めたお洋服の山がどんどん積みあがっていくのを見て、私は時折助けを求めるようにパパの方を見るのだけれど。
「うん、かわいいね」
パパはにこにことしながらそう言うだけだった。
ママはお洋服だけではなく、お洋服にあう靴にバッグ、帽子やスカーフなんかも選んでいく。
そうして選んだアイテムによって、崩れんばかりの山ができあがった頃、ようやくママが店員さんを呼んでそれら全ての購入の手続きが行われた。
「つ、疲れた……」
「ブリジットは楽しそうだなぁ、生き生きしてる」
侯爵様の時の何倍もお洋服を着た気がする。
買うと決めたものも、侯爵様と来たときよりずっと多い。
でも、確かにママは本当に楽しそうで、それを見つめるパパもなんだか嬉しそう。
なんとか無事に終わったし、まぁいいか、なんて思っていたのだけれど。
「じゃあ、次のお店に行きましょう!」
「えっ!?」
お洋服を全てお邸に届けてもらうようにお願いをして、お店を出た瞬間、ママから恐ろしい一言が飛び出した。
「えっと、次はどちらに……?」
「もう少し先にも、洋服店があるの。そこのデザイナーのお洋服もかわいいから、きっとリディアに似合うわ!」
ま、まだ買う気なのか……
さすがにそんなに着られないと思うのだけど。
「いくつかはシュヴァルツ家に持っていくといいよ」
多すぎる、と思った私の心を読んだかのようなパパの言葉。
それにしたってそんなにいらない、と思ったのだけれど、私はそのまま引きずられるように次のお店に連れていかれた。
あ、まずい……
私は最初のお店と同様に着せ替え人形にされながら、気づけば数軒のお店に連れていかれていた。
これで5軒目だっただろうか、そう思いながらお店をあとにした時、疲れのためかくらりと視界が揺れ、足がもつれそうになる。
しかし、そのままバランスを崩すかと思った私の身体は、何事もなかったかのようにふわりと浮かぶ。
「え?」
見ればすぐそばにパパの顔があって、私は見事にパパに抱っこされた状態だった。
「ママ、ちょっと休憩しない?お店をたくさんまわって疲れちゃった」
疲れているのはきっと私で、パパはとても元気そうに見えるけれど。
「そうね、ママも疲れちゃった。どこかでお茶でもしましょうか」
お二人はそう言って笑うと、パパは私を抱っこしたままで2人で移動し始めてしまう。
「あ、あの……」
「せっかくかわいい娘とのお出かけだからね、街のみんなに自慢しておかないと!」
パパはそう言うと、よいしょ、と私を抱えなおす。
きっとお二人とも私が疲れて動けなくなったことに気づいたのだと思うのだけれど、一言もそんなことは仰らない。
正直少し休まないと歩くのは辛いかなって思っていたので、私はそのまま甘えさせてもらうことにした。
「あ……」
移動中、あるお店が目に留まった。
思わず声をあげると、2人分の視線がこちらへ向いた。
「ん?知ってるお店かな?」
「前に、侯爵様と一緒に来たことがあって……」
「あら、そうなの?おいしかった?」
「はい!チョコレートケーキが、とっても!」
「それはとても気になるね」
「じゃあ、ここでお茶にしましょうか」
お二人の提案に、私は二つ返事で頷いて、またこのお店でお茶ができることになった。
侯爵様の時とは違って、お二人はケーキもお茶も私が頼んだものと全く同じものを注文した。
私が選んだのは前回と全く同じなのだけれど、お二人はご自分の好みで選ばなくてよかったのだろうか……
「あ、あの、同じで、よかったのでしょうか……?」
「うん、リディアがおいしいと言ってたものを、食べてみたいからね」
パパがそう言うと、ママも隣でうんうんと頷いている。
「それより、リディア。もう少し砕けた話し方でいいのよ?親子なのに敬語だなんて……」
「そうだね。敬語だと少し距離も感じるし」
親子間で敬語って使わないものなんだろうか。
私も元の世界では、お父様にもお母様にも敬語ではなかったけれど。
でも、ふっと侯爵様は思い出した。
侯爵様は、おじ様に敬語を使っていたはずだ。
「でも、侯爵様も……」
「ジークはいいの!」
「あははっ!まあ、僕も父上には敬語だったなぁ……」
「あら、私は違ったわよ」
「うん、ブリジットはそんな感じだよねぇ」
「リディアにはそんな、かしこまった言葉使われたくないわ」
「確かに、せっかく呼び名はパパ、ママなんだし」
そういえば侯爵様は、父上、と呼んでいらっしゃった。
パパ、ママ、という呼び方と、敬語はちょっとちぐはぐなのかもしれない。
「えっと、努力してみます……じゃなくて、努力、して、みる……」
「まぁ、無理なくね」
「はい、じゃなくて、えーと…………うん」
なんだか思った以上に前途多難かもしれない。
パパとママも、ちょっと苦笑いだ。
私はいたたまれなくて、ちょうど運ばれてきたチョコレートケーキに手を伸ばした。
あの時と同じ、幸せな味にほっとする。
すると、それを見ていたパパとママもケーキを食べ始めた。
お二人とも、おいしいね、と笑っている。
みんなで同じものを食べておいしいと笑えるのも、幸せだと思った。
「パパ、重くないですか?」
カフェを後にする際、パパはまた私を抱っこして、今もそのまま移動中である。
さすがにずっと抱っこしたままでは、重いのではないだろうか。
「リディアは軽いから、大丈夫だよ。むしろちょっと軽すぎて、心配だなぁ」
「そうね、たくさん食べてもっと大きくならないと」
侯爵様も、似たようなことを仰っていたな、と思う。
15歳という年齢にしては、どうしてもこの身体は小さすぎてしまうから。
「でも、ずっとだとやっぱりパパが疲れてしまうのでは……?」
「うーん、確かにそうかもね」
うん、やっぱり降りて自分の足で歩こう、そう思った時だった。
「じゃあ、リディアが手伝ってくれる?」
「えっ?」
私が抱っこされている状態で、私はいったい何を手伝えるのだろう。
そう思っていると、パパがよいしょ、と私を抱えなおす。
「いや?」
「う、ううん……」
嫌ではない、ただやれることが思いつかないだけ。
私はふるふると首を振った。
「じゃあ、手伝ってくれるね?」
「う、うん……」
私が頷くと、なぜかパパとママが顔を見あわせて、嬉しそうに笑っている。
「パパ……?」
「ああ、ごめん、じゃあ僕の首に手をまわして?」
「うん。えと、こう、かな……?」
「そうそう、うん、これで楽になったよ、じゃあ行こうか」
たったこれだけで、楽になる気はしないのだけれど。
パパはとても満足そうに笑っている。
そして、私はこの時、全く気づいてなかった。
いつの間にかパパに対する返事が、はい、ではなくなっていたことを。
そして、敬語で返答することをいつの間にか忘れてしまっていたことも、パパとママがそれを非常に喜んでいたことも。
「あ、ここにちょっと寄ってもいい?」
ママがそう言って立ち寄ったのは、手芸用品を扱うお店だった。
前回街に来た時には見なかったお店なので、私も興味津々で、パパはそれを悟ってか私をおろしてくれた。
「ママ、何買うの?」
「刺繍糸かな、久々に刺繍でもしてみようかと思って」
すごい、ママは刺繍ができるんだ……
「リディアもやる……?」
「ううん、私は、その……」
魔法以外は基本的に壊滅的にダメだった。
当然、お裁縫もしかりである。
とてもじゃないけど、できる気がしない。
「そう?」
ママは少し残念そうにしたものの、布や糸を選んでいる。
私はそれを横目にお店の中を見ていた。
本当にいろんなものが置いてある。
普通のお裁縫道具、刺繍用のセット、ぬいぐるみが作れるキットや、編み物ができるもの。
こういうものを使って、何か作れたら、きっと楽しいのだろうな……
不器用な私では、完成する未来が見えないけれど。
「これは……」
「ミサンガだね」
「わっ!」
「ごめん、驚かす気はなかったんだけど」
実はパパもすぐ傍で見ていたなんて、全然気づかなかった。
きっと、それだけ店内のものを見るのに夢中になってしまっていたのだろう。
「えっと、ミサンガ……?」
「うん、願いごとを込めて作ると、願いが叶うと言われているお守りなんだ」
「お守り……」
「最近では令嬢たちが、意中の殿方なんかに渡すのが流行りらしいね」
縫い物や編み物よりは、簡単そう、というのが目に留まった理由だったのだけれど。
どうやら単純な飾り紐とかではないようだ、まさかこれがお守りになるとは……
「これ、作るの難しい、のかな……?」
「なぁに、作ってみたいの?教えてあげるわよ」
いつの間にか、ママまですぐ傍に来ていた。
「私、本当に、不器用で、だから……」
「大丈夫よ、練習すればきっと作れるわ」
「せっかくだから、パパに作ってくれたら嬉しいなぁ」
不安でいっぱいな私とは対象的に、パパとママは満面の笑みでとても楽しそうだ。
「がんばってみる……」
「そう、じゃあ糸を選びましょうか、何色がいいかしら?」
「この色と……あと、こっちの色はどう?こっちはリディアの髪の色、こっちは瞳の色に似ているだろ?」
「いいわね、最初は2色くらいの方が作りやすいだろうし」
私の髪と瞳の色。
そんなので、パパは嬉しいのだろうか。
「好きな色でなくて、いいの?」
「うん?好きな色だよ、どっちも」
そう、なんだろうか……
「リディアが、リディアの色で編んでくれるんだもの、パパは嬉しいわよね?」
「うん、もちろんだよ!」
そういう、ものなんだろうか……
他にも素敵な色の糸、たくさんあるのに。
そう思って糸を見ていると、ある色の糸が目に留まった。
キラキラと光る銀色の糸、まるで侯爵様の髪の色みたいにきれいな……
「あ、あのっ!侯爵様にも、作っちゃダメ、かなぁ……」
勢いで言葉を発したつもりが、なんだか自信がなくなってどんどん声が小さくなってしまう。
そもそもちゃんと作れるかわからないのに、1つもまともに作れた経験がないのに、こんなこと考えて大丈夫だろうか。
何より、侯爵様はこんなものを貰ったら、困ってしまうのではないだろうか。
あれこれ考えるうちに、言わなければよかったかも、と思ってしまう。
「ジーク君に、嫉妬しそうだなぁ、僕」
「まぁまぁ、きっとジークも喜ぶわ。ジークには、どの色がいいかしら?」
そう聞かれて、私は迷わず、さっき見つけた銀色の糸を取った。
それからもう一つは、侯爵様の瞳の色にそっくりな、深い青色の糸。
すると、ママの手が伸びて、もう一本別の糸を取った。
さっきパパが私の瞳の色に似てるといった糸だ。
「まず、パパの2本で練習して、ジークのは3本で頑張ってみましょう?この色なら、その2本に加えても、きれいだと思うわ」
銀色と深い青色の糸に、ママがそっとアイスブルーの糸を重ねる。
確かに色合いはきれいかもしれない。
よし、がんばってみよう、と気合いを入れる。
「ママはいいの……?」
訊いといてなんだが、作れる自信は全くないのだけれど。
「ええ、ママはリディアと一緒に作れるだけで十分よ」
明日から一緒に頑張りましょう、と笑いかけてくれた。
ますます頑張って作ろうと、そう思った。
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