日記①

『正則さんが亡くなってもう何年経ったのだろうか。今日は 3月10日、正則さんの命日だけは覚えているが亡くなったのがつい先日のように感じます。忘れたくない、そんな一心で正則さんとの思い出の写真が詰まったアルバムを毎日見ています。途中からは私たちの娘、瑠璃の成長の記録でもある私たちの写真にはいつしか孫娘の春恵も加わっていますが、写真が進んだその最後の方には正則さん、貴方の姿はありません……。それが私に貴方を失ったという現実を突き付けてきて辛い……』


 ―――自分の日記を読むのは物凄く恥ずかしいですが、正則さんがどのページを読んでいるか気になって後ろから覗き込むような形で私も一緒に自分の日記を読みます。


「その……、なんじゃ。……横で一緒に読んでくれんかのぅ。千代子の顔が近すぎてこっぱずかしいのじゃが……」

「あっ! ごめんなさいっ! ―――これでよろしいですか?」


 私はちょっと首を傾けたら触れ合うような距離に正則さんの顔があるのに今更ながらに気付いて、慌てて離れてから横へと移動し並んで日記を覗き込みます。


「千代子、ここはあの世じゃ。世間体もなければワシらの関係に口を挟むものもおらん。もっと自然にして欲しいのじゃ。この日記のように」

「―――っ! わかりました。けど、話し方なんて簡単に変わりませんよ?」

「うむ。今はそれでよい。日記を読んでいくうちに、―――千代子も乱れていきそうじゃしのぅ」


 私の心は丸裸……、いえ、日記なんてそういうものなんでしょうけど、本当に恥ずかしい。けれど、そんな私の本心に触れられて嬉しいのか正則さんは楽しそうで、きっと日記に書かれている私の正則さんへの想いで彼も悶絶するに違いないと逆に考えることで恥ずかしい感情を相殺しました。


「そういえば瑠璃と敏くんはうまくやっておったか?」

「ええ、あの二人なら大丈夫ですよ。どうしようもないことでもきちんと話し合って解決しようとお互いに歩み寄る姿勢を見せていますし、喧嘩は……、小さなことではしていましたけど二人とも非を認めて謝れる子たちなので」

「……そうか。苦労をかけたな」

「―――え?」


 正則さんは私の肩に手を回してそのまま私に対して抱擁してきました。いきなりのことで私の体は反応できず、目は丸くなりパチパチと瞬きを繰り返します。


「ま、正則さん!? 急にどうしたんですか!」

「いや、ちゃんと最後まで娘のことを見ていてくれて嬉しくてのぅ」

「は、母親として当然です! 娘の幸せは私たちの幸せでもあるのですから」


 嘘は言っていない。けれど、大事なことは伝えていない。―――正則さんとの愛の結晶であり、忘れ形見の愛しい娘だから。そこを少しだけ誤魔化して伝えます。


「それでも礼をいいたい。ワシが死んだ後もあの子たちを見守ってくれてありがとう」

「―――その言葉から滲み出る貴方の優しさ、その一言が聞けただけで私は幸せですよ」


 頬を伝った一筋の涙は貴方から気持ちを受け取れたことに対してか、生前、恥ずかしくて伝えられなかった想いを正面から伝えられて嬉しかったからか。私たちはしばらくそのまま抱き合って無限のようにあるであろう死後の時を贅沢に使った。

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