お菓子の箱に込められた想い

セツナ

お菓子の箱に込められた想い


『この箱は開けちゃダメだよ。開けるのは、どうしても辛くなった時だけだよ』


 と言われ、託された箱があった。

 高校生だった僕はそれを聞いて『浦島太郎』みたいだなぁ、とぼんやりと思ったものだ。


***


 社会人になり3年、社会の荒波にもまれ、嫌なことも嬉しいことも、辛いこともその受け流し方もそれなりに覚えてきた。

 そんな折、結婚を視野に付き合っていた人にフラれた。

 それはもうこっぴどく。

 彼女のことを大好きだった僕は、かなり傷ついたし心にぼっかりと穴が空いたようだった。

 人生で失恋をするのなんて初めてだったし、好きな人を失ってしまう事がこんなに辛い事だとは思わなかった。

 だから僕は、遠くに行こうと思った。

 ここではないどこかへ、誰も僕を知らないどこかへ。長年勤めた会社も友人たちも全部ぜんぶ捨てて、遠くに行ってやろうと思った。

 決意して部屋を整理していた時、ふとその『箱』を見つけた。

 それは、僕が高校生の時にクラスメイトの女の子から貰ったものだ。

 僕と彼女は恋人同士まではいかなくとも、それなりに仲が良くて、僕は漠然と彼女と付き合えると思ってた。


 ある日、彼女に告白をした事があった。

 彼女はなんとも言えぬ表情を浮かべて「ごめんね」と言った。

 ショックを受ける僕に、彼女は続けてこう言った。


「じゃなくて。お返事、少し待ってもらえる?」


 頷く僕に彼女は「ありがとう」と笑って、そして後日僕に手渡されたのがこの『箱』だった。

 彼女がこの箱を渡す時に言った言葉を当時は理解できなかったが、今がその時なのかもと思った。

 もうぼんやりとしか思い出せない彼女の顔を思い浮かべながら、僕はその箱を開いた。


 箱はよくあるお菓子の箱だ。

 お歳暮やお中元なんかで送られるちょっと高級なお菓子の箱。

 その可愛らしいパッケージの施された蓋を開けると、そこには一通の手紙と小さなクマのぬいぐるみのキーホルダーが入っていた。

 僕はしっかりと封筒にしまわれた手紙を手に取り、ゆっくりとその封を開けた。

 その手紙の中にはこう書かれていた。


『こんにちは。君がこの手紙を読んでるのは何歳の時かな。出来れば、こんな手紙思い出さずに、一生押入れの中に居てくれればいいのに、って思ってます。

 君がこの手紙を読んでるのなら、君はとても辛い事があったのでしょう。それこそ生きていられなくなるくらいに。

この手紙は私のワガママなのですが、どうか読んでくれたら嬉しいです。』


 高校生の割にとても綺麗な字で、つらつらと手紙は書かれていた。


『君のことが好きでした。

優しくていつもニコニコしてる君の笑顔が好きでした。

でも、私は君のそばには居られなかった。私は身体が弱く、産まれた時には寿命が決まっている病気にかかっています。

君のそばで一生を終えたいけれど、それでは君があまりにも辛すぎるから、私はこの前君からの告白を断りました。』


 そんな、彼女にそんな事情があったなんて。

 だって、彼女は箱を受け取った学期の最後に転校していって――そんな、まさか。


『私の話ばかりしていてもしょうがないですね。

でも、最初から死ぬ事が分かっていた私だから生きる事の大切さに気付けたと思うんです。

どうか君は生きて。辛くて悲しくて苦しくてきつくても、生きてください。

大好きだった君が、自ら死を選ぶことは私には耐えられません。

辛いこともあると思います。でも生きていればとても大切な人に出会えると思います。それは人じゃないかもしれません。それでも、そのために生きたいと思える何かに出会えると思うんです。

私にとっての君のように。』


 そこで、僕は一度読むのをやめてしまった。

 目がかすんで仕方なかったから。

 近くにあったティッシュで目元を拭い、再び手紙に目を落とす。


『君は私の太陽でした。

君がいたから私の人生は悔いのないものになりました。

君と過ごした毎日は私にとって大切なものです。

そして君は私にとって大切な人です。

だから、どうか精一杯に生きてください。

私の分まで長く生きてください。』


 そして、手紙の最後はひっそりとした追伸で締めくくられていた。


『P.S. 一緒に入れたキーホルダーは、この前見つけた物です。本当はお揃いで買って君に渡そうとしてました。直接渡す勇気がなかったんだけどね』


 追伸の更に下の方に、震える文字で一文が添えられていた。


『大切にしてください。』


 僕はその手紙を読み切って、両目から途切れる事のない涙を、もう拭くこともせずキーホルダーを両手で握りしめた。


 枯れるほど泣いた後、ティッシュで鼻水をかむと、手紙だけを箱の中に戻した。

 彼女がくれたクマのキーホルダーを机の上に置くと、ゆっくりとしまった物たちを机の上に戻していく。


 きっと僕は、明日からも生きていくだろう。

 どんなに辛くても生きていくだろう。

 年齢に不釣り合いなこのキーホルダーは家の鍵につけよう。

 必ず家に帰って来れるように、忘れないように。

 今日は久しぶりに美味しいご飯を食べよう。

 そう心に誓って、キーホルダーに目をやる。

 肯定するようにキーホルダーのクマの目が少し、動いた気がした。


-END-

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お菓子の箱に込められた想い セツナ @setuna30

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