♰Chapter 8:部活動と実行委員
部室に入ろうと扉に手を掛けた瞬間、中から何かが雪崩落ちる音が聞こえた。
それはもう派手に、天と地をひっくり返すのではと思われるほどだ。
「外まで聞こえてたぞ。何をして――」
見れば周防が本棚と無数の本に敷かれていた。
よお、と片手を挙げる様は気軽な挨拶を装っているが隠し切れない救難信号の色。
「さて今日の依頼でもこなすか」
「ちょっと待てよ⁉ 嘘だろ……この状態の俺を見捨てるのかーっ⁉」
状況からして自業自得。
何もみなかったことにするべきとの判断は彼の呼びかけにあっさりと崩れた。
「何をどうしたら本棚ごと倒れてくるんだ?」
「それは助けてくれたら話すから! 頼むからここから出してくれ!!」
それはもはや懇願だった。
やや嗜虐心をくすぐられたがオレも鬼ではない。
手を貸して救助するとほっとしたように息を吐かれた。
「いや、実はだな……部室に本棚があったから山積みにされてた本を収納していたわけだ。するとどうだ。うち一冊が『妹』を題材にした娯楽小説ではないか! あまりの喜びに舞い上がっていたら体勢を崩して運悪く本棚の下敷きに――」
「……底抜けの馬鹿だな」
「いや照れるぜ……」
『妹』に関して言えばこの学校で右に出る者はいないだろう。
口を開けば妹、自分は妹のために存在する騎士だとか何とか。
一説によればお兄ちゃんという言葉を聞くだけで妹の存在を錯覚するほどのシスコン。
色々と頭の痛くなるような人間性でも人付き合いができているのは天性の――いや突き抜けている者の才能か。
散らばっている本をジャンルごとにてきぱきと戻しつつ、タイトルを確認する。
いずれも物置として使われていた頃の本であり、内容は整理されていない。
勉学に関するものから彼が見つけたという娯楽のものまで幅広く。
「……まあ、オレも水瀬も積み本の整理までできていなかったのは悪かったが。次からは気を付けてくれ。部員から死傷者が出たなんて知られたら、猫の手部自体が怪談の一つになるからな」
「ああ、もちろんだ。ちなみに今日の活動内容は軽いんだよな?」
何も分かっていなそうな切り返しに小さく溜息を吐く。
これはこういう人間だと割り切ったほうが早い。
棚の引き出しから依頼帳を引き出すと依頼内容を確認する。
「財布の捜索が一件、恋の悩み相談が二件、数学の学年課題プリントの印刷が一件。今日はそれくらいだな」
猫の手部が本格的に活動を開始しておよそひと月。
錦や笹原の協力もあり、順調にその存在を知らしめている。
ただ依頼内容自体は生徒や教師の雑用でしかないのだが。
――神宮寺の依頼はオレ個人に対するものだったしな。
「それなら俺が恋の悩み相談を終わらせてくるぜ。妹に恋する俺には恋する奴らの気持ちが痛いほどよく分かるからな」
「さらっと犯罪者発言は止めておけ」
頭痛の種は尽きないが周防以外には務まりそうにないのも事実だ。
オレは恋愛という概念を知っていても実感したことはない。
水瀬も恐らく似たようなものだろう。
「そいじゃ、行ってくるぜ!」
「ああ、依頼完了のサインは忘れずに貰ってくるんだぞ」
「妹に誓って!」
その言葉で妙に安心する自分に再度の溜息を吐く。
彼の絶対が妹ならそれに誓われた約束は必ず果たされるからだ。
依頼書を二枚持って行った彼の姿はもうここにはない。
「あいつの場合は仕事はしっかりこなす。……まあ今日のところは早々に依頼をこなして妹についての本を読みたかっただけだろうが」
そんな独り言を漏らしつつ、オレ自身も部活に従事することにしよう。
まずは数学のプリントを印刷することから。
プリンタは職員室前に配置されている。
学校関係者であれば誰でも無料で印刷できるというのだから太っ腹と言うべきか。
あらかじめ渡されていた原本を数百枚単位で印刷していく。
――がしょん、がしょん、がしょん。
一定間隔の音は人を眠くする。
呆然としていたところに不意に知った声が響く。
「失礼しました」
視線を運べば水瀬だ。
オレに気付き軽く微笑む。
隣りにいるのは彼女と共に朝凪祭実行委員を引き受けた久留米だ。
彼は無気力そうに水瀬と一言二言交わすとそのまま去っていく。
水瀬はオレの方にやってきた。
「ごめんなさい。ようやく今日の朝凪祭の打ち合わせが終わったところなの。今から参加するわ」
「気にしなくていい。それにしてもお前がクラスの実行委員――リーダーの一人か」
当然のごとく水瀬はがんがん引っ張っていくタイプではない。
それでも選ばれてしまった理由の一つは、彼女の運動神経が良いことがある。
なんだかんだで押しに弱い彼女はそのまま実行委員の座を戴冠したわけだ。
「何か思うところがありそうね、八神くん?」
水瀬とて自発的にやろうとしたことではない。
それは傍で見ていたオレがよく理解している。
あの場で助けてほしそうな彼女から視線を逸らして見捨てたこと。
それに多少の不満はあるだろう。
「正直に言えばお前の柄じゃない」
「……そうよね。自分でもそう思う」
それから憂鬱そうな吐息。
「どうしてこんなことに……」
「後悔先に立たず。後悔しないに越したことはないが、もうどうしようもないだろう。笹船精神でいた方が楽だぞ」
「……部活を創っている時に貴方が感じていたことが少し分かったかも。覚えておくわ、笹船精神」
彼女はうんうん、と納得すると分厚い印刷物の束を半分持つ。
話している間に規定の部数を印刷し終えていた。
それからオレたちは数学科準備室に向かい、依頼完了のサインを受け取る。
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