夢と現実が混ざったので

金石みずき

第1話

 ふと気が付いたら隣に見知らぬ女の子が寝ていて、その寝顔があんまりにも可愛いもんだからうっかりキスしちゃったら、その瞬間にパチッといきなり目が開いてびっくりした。


「――ん?」

「うわぁぁああ、絢ちゃん!?」


 身体を起こした絢ちゃんは唇に人差し指と中指を当てて不思議そうにしている。そんななんてことない仕草ですらたまらないくらい色っぽくて見惚れちゃうし、やっぱり絢ちゃんはすごいなぁなんて、勝手にキスしたことすら忘れて思ってしまう。まぁいいよね、だって絢ちゃんは私の――ってなんで私、絢ちゃんの名前知っているんだっけ。……そうだった、絢ちゃんは小杉絢って名前で、私の恋人だった。なんで忘れていたんだろうって不思議だったけど、夢見した直後は記憶があやふやになっちゃうから仕方ないよね。むしろすぐに思い出したから逆にセーフだと思う。


「絢ちゃん、おはよう!」


 私が元気よく挨拶をすると


「おはよう、小鞠ちゃん――春日小鞠ちゃん」


 絢ちゃんは春の嫋やかさを感じさせる微笑みを添えて返してくれた。もしこれがアニメだったら絶対背景に桜の花びらがぶわぁって舞ったと思う。うっとりしちゃうね。


「で、なんで絢ちゃん、私のことフルネームで呼んだの?」

「一応みんなに説明しておかないとと思って」

「ん?」

「一応ね、一応」


 そう言って絢ちゃんは私の頬を両手でそっと包んで、おでこに軽くキスしてくれた。その瞬間、みんなって誰だろうと思っていたことなんて本当にどうでもよくなってしまった。でも、ま、いいよね。そんなちょっぴり不思議なところも、絢ちゃんの魅力の一つだと思うし。


「ねえねえ、今日は何する?」

「小鞠ちゃんは何したい?」

「そうだなぁ……私は雲の上をお散歩したいなぁ!」


 空には綿あめみたいなふわふわの雲がぷかぷか気持ちよさそうに浮いている。もしあの上で跳ねたら、トランポリンみたいに浮いちゃうのか、それとも高級なフランスベッドみたいに沈んじゃうのか、一度考え出すとすごく気になってきちゃう。


「うん、いいよ。行こうか」

「うん!」


 頷き合った私たちは、同時に地面を蹴った。重力加速度なんてどこにいってしまったのかといわんばかりにぐいぐいと、クレーンでつり上げられるみたいに空を昇っていく。そのまま勢いに身を任せていると、肌に感じる温度が少しずつ冷たくなってきて、もう少し厚着してくればよかったなぁとか思ってたところで、そうだ、それなら周りを変えちゃえばいいじゃんって気が付いた。


 えいって私が空に指さすと、途端に青空と雲に似合うメルヘンな陽気が私たちを包んだ。ぽかぽかとして、お風呂に入っているみたいに気持ちがいい。絢ちゃんも笑顔だから気に入ってくれたみたいだ。


 そうこうしていると、いつの間にか私たちは雲の高さを超えていた。すると急に重力が仕事を思い出したみたいに放物線を描いて落下を始めて、やがて綿あめの大地にぽふんと墜落した。


 頭から落下した私は、ぶふわぁっ! なんて女の子がとても出しちゃいけない声を出しつつも、必死に這い出た。顔を左右に振って顔についたふわふわを追い払うと、くすくすと笑い声が聞こえた。隣に目をやれば、そこにはやっぱり絢ちゃんがいて、上品に口許を抑えて肩を揺らしていた。間抜けな突っ込み方をした私とは違って絢ちゃんはきちんと着地出来たみたいで、可愛らしく女の子座りをしている。そんなところでも女子度の違いを見せつけられた私は、もちろん落ち込むなんてこともなくて、やっぱり絢ちゃんは可愛いなぁと世界の常識とも言える永久不変銅牆鉄壁を誇る事実を改めて認識するのだった。


 実際に触ってみた雲は、見た目ほど柔らかくもなければ飛び跳ねられるほど硬くもなくて、なんだか拍子抜けした。どれくらいかって言えば、子供が怪我をしないように敷いてあるうすめのマットをイメージしてもらえればちょうどいいかもしれない。私は内心でちょっとがっかりしながらも、その一部を引きちぎって口に運んだ。

「美味しい! 絢ちゃんこれ美味しいよ!」


 口の中いっぱいに、爽やかな甘味が広がった。確かに甘いんだけど全然しつこくなくて、どれだけでも食べられそうだ。美味しい、美味しい、とばくばく食べる私を、絢ちゃんはまるで子供でも見るかのように微笑ましそうな目で眺めていた。無論、絢ちゃんは食べてなどいない。そんな絢ちゃんの視線を意識した途端、なんだか自分がすごく子供っぽいと思っちゃって、恥ずかしさが背筋を伝って顔まで登ってきた。手に持っていた分を慌てて放り出した私は誤魔化すように「今度はあっちに行ってみよう!」と遠くの方に見えるお城を指さして立ち上がった。


 絢ちゃんの手を引いた私は、ずんずんと進む。だが、まるでお城に近づいているような気はしない。まるで幻で出来ていて、本当はないみたいだ。それでもあのお城にどうしても行きたかった私は頑張って進んだけれども、やっぱり辿りつけなくて、先につかれてへたり込んでしまった。はぁはぁふぅふぅと息をする私の頭を、絢ちゃんはちょっと強引に自分の膝へと導いた。そのまま優しい手つきでゆったりと撫でられてしまったら、永久にそのまましていてほしくなってしまう。とろんと瞼が落ちてきて、抵抗して一生懸命開いてみるけれど、やっぱりそこには慈愛に満ちた絢ちゃんの顔があって、安心しきっちゃった私は次第に意識を落としていき――そして世界が明転した。

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